古くは「コンチネンタルサーカス」なんて呼ばれたレース活動。正式にはワールドグランプリ(今でいうMotoGPですね)転戦を指す言葉だったけれど、今ではもちろんMotoGPだけでなく、ワールドスーパーバイク(=WSBK)も同じこと。GPと同じく、ヨーロッパだけでなく、アジアやアメリカも含めて転戦するのは、アルゼンチンやインドネシア、中国も転戦するモトクロスの世界グランプリにも当てはまりますね。
そのWSBK、今週末に灼熱のタイ・ブリラム大会を終えています。現在、レースの各ラウンドを終えて、メーカーやチームからオフィシャルのニュースリリースが出されるのは当たり前ですが、ヤマハのWSBKチームから一風変わったレポートが出されたのでご紹介。タイトルは「サウナで生き残るために」。サウナとはもちろん、高温に悩まされたタイ・チャーンサーキットのことです。
サウナで生き残るために
~PATAヤマハ WSBKチーム
タイ・ブリラムでのレースは、いまのWSBKのカレンダーの中でも、ほかの大会とは違う課題を突き付けてきます。気温は40℃に迫り、路面温度は60℃にまで達します。ピットからレースを見ているだけでも、たくさん水分を摂らなきゃいけないし、たくさんの着替えも必要。ではヤマハのライダーとヤマハYZF-R1は、この過酷な状況での20周のレース、しかもそれを2回、それに10周のスプリントレースを、どうやって生き残ったのか、紹介しましょう。
■ブレーキとエンジンが重要。マシンの熱対策
一般的に、レーシングマシンは熱に弱いものです。これがタイ大会での一番大きな問題ですね。いくつか問題があって、それを調整するのが難しいんです。
まずはブレーキ。高い気温と、2本のストレートからのハードブレーキングを要求されるチャーンサーキットは、フロントブレーキの限界を超えて攻めたててきます。そこで我々は、この過酷な状況でブレーキングパフォーマンスをきちんと発揮させるべく、タイではいくつかの変更を施しています。
アレックス・ロウズとマイケル・ファン・デル・マークは、フロントフォークのボトムケースに、カーボンファイバー製のエアダクトを取り付けています。これにより、いつもはフォークの陰に隠れて走行風を受けにくいキャリパーに、圧のかかった走行風を導入します。
他チームは過去にこのシステムを使用していますが、うちのチームは以前は使用していなかったものの、ブレーキングはどんどんハードになり、ラップタイムも上がっている今、必要なものになりました。今では、うちのシステムが全チーム中いちばんエレガントなんじゃないかな、と思います。エレガントなYZF-R1に合わせてね。
さらに、通常より厚いブレンボ製ディスクローターも使用しています。厚くなる=体積が増えると、温度上昇も穏やかになりますからね。厚くなることで重量が増えるのはネガティブポイントですが、このコースではブレーキ性能が一定であることの方が優先されますから。
スチール製のディスクローターの温度は、円周部分に塗った感温ペイントでモニターしています。3色のペイントを使用して、グリーンなら430℃、オレンジなら560℃、そして赤だと610℃まで退色しない。でも、レース後には、その赤さえ完全に褪せてしまいます。つまり我々は、このローターを600℃オーバーで運用しているんですね。ピットにマシンが入って来た時には、メカニックたちはすごく注意しないと!
このコースでは、ブレーキ管理は本当に重要なんです。走行セッションが終わるたび、メカニックたちはキャリパーをチェックし、ブレーキフルードは変更、あとはブレーキパッドやディスクローターが完全な状態であることをチェックしないとね。
エンジンはもっと厳しい熱管理を必要とします。冷却水とエンジンオイルをきちんと管理しておかないと、エンジンパワーも失われるし、耐久性にも問題が及ぶことになります。冷却水が高温になるのがひとつの大きな問題ですが、これはライイダーたちが走行中に頻繁に使用する「スリップストリーム」が引き起こすこともあります。他のライダーの背後について走行風を避けることは、空気抵抗を減らしてトップスピードは上がりますが、これはバイクにフレッシュエアが入ってこないことでもありますからね。
我々のYZF-R1は、最高の冷却水とラジエター、オイルクーラーを使用していますが、この「熱対策」が完璧にできることは簡単ではありません。このレースでは、ラジエターコアガードを取り外すことで、エアフローが少し改善されましたが、これは飛び石でラジエターが破損する可能性も高くなるわけで、うちのライダーやライバルたちの安全性の観点からも、あくまでも最後の手段なんです。
そのため、我々はラジエターにいかに空気を当て、上手くそのエアを抜くか、ということを重要視しています。カウルは、エアを取り入れる前面をタイトに密閉して、エンジン周辺にたくさんエアが流れるようにレギュレーションに沿ってモディファイ。これは、エアロダイナミクスという点ではベストではありませんが、冷却はもっと重要な優先事項ですからね。
さらに冷却水も気泡がないように常に気を付け、定期的にフレッシュなMOTUL300Vに交換します。ここまでやって初めて、我々はヤマハYZF-R1表彰台に押し上げることができたのです。
■圧力鍋の中の、ふたりのライダー
ヤマハYZF-R1に過酷な環境を突き付けるタイは、当然ライダーにも厳しさを課してきます。アレックスとマイケルのふたりは、7月の日本で行なわれる、高温多湿の過酷な「鈴鹿8時間耐久ロードレース」で優勝していますが、ワールドスーパーバイクは、もっと早いテンポでレースが進む、周回ごとに強靭なフィジカルが要求されるスプリントレースです。
ここで、アレックスとマイケルに話を聞いてみましょう。
――タイ大会で戦うもっとも重要なことは何ですか?
アレックス・ロウズ(以下AL)「まず最初に大事なことは、タイに入った最初にきちんと適応することだね。僕はその準備のためにトレーニングしてきているけど、ここの高温は体力を奪ってくるし、脱水症状のことも考えなくちゃならない」
マイケル・ファン・デル・マーク(以下MvdM)「そうだよね。ちゃんと準備してきても、ここで高温にさらされると、すぐに体調を悪くしちゃう。アレックスと僕はここの温度にきちんと対応できているうちのベスト2だと思うけど、ライバルたちは苦しんでるよね。それはライディングでミスをしたり、ラップタイムが安定していないからよくわかる」
AL「マイケルはいいよな、インドネシアのクォーターでしょ? おれイギリス、20度以上にならないダービーだもん」
MvdM「そうだけどさ、僕は今(オランダ)ロッテルダムの湖のほとりに住んでるから、あそこどんだけ寒いか!(笑) 1月に遊びにおいでよ、わかるから!」
――このレース用に特別なトレーニングはしていますか?
AL「少しね。いつもはいやな高温でのトレーニングをしてきてるよ。あとは、いつもより栄養と水分を摂るようにして、エアコンもつけないように。マネージャーのデイブとは、バンコクからブリラムまで5時間エアコンなしのクルマできたんだよ! 不快だったけど、それでタイ入りした最初の慣れができたよね。デイブが座ってたシートは、ブリラムに着いた時はエラいことになってたけどね」
MvdM「アレックスと同じ感じかな。そんなに特別なことはできるものじゃないから、20周のレースを走り切れるように、万全な状態でスタート地点にいられるようにしないとね、。これ、冬の間のトレーニングからしっかり準備しておかないと! 急に準備できるものじゃないからね」
――ライディングの装具はいつもと違うの?
AL「RSTレザースーツの背中のこぶ部分にウォーターバッグを入れてるけど、300mlしか入らないから、そんなに役には立たないよね。ツナギは通気性のいい仕様だけれど、こんなに暑いんだから、そんなに涼しくはないよ。あとはヘルメットをかぶってから汗かかないのは大事だよね。だから僕はシャークのヘルメットを使ってるんだけど、汗用のパッドを追加してる」
MvdM「アルパインスターズは、レース前に使うすごいクーラーベストを作ってくれたんだ。グリッドでも、体温を下げるために使ってたよ! 僕もツナギの背中のこぶ部分にドリンクを仕込んでるけど、少しはいいけど、数ラップでぬるくなっちゃうもんね。レザースーツのインナーは重要で、汗をしっかり吸って、インナーが肌に貼りつかないんだ。これはイイよ」
――走行セッションのインターバルは? 走行が終わったらどうしてるの?
AL「ふたりとも走行が終わったら冷たいプールに一直線さ。プールは僕専用ね、使ってるときはだれも入らないでほしい。ヘルパーのアシュリーがきちんと見てくれているから、それは助かるよ」
MvdM「プールは体温をきちんと下げてくれるし、筋肉疲労も取ってくれる。オーブンの中にいるみたいな気分から、ちょっとだけ逃れられるのもいいよね」
AL「あとは水分補給もね。タイでの走行45分の1セッションは、汗だけで1~1.5kg失うからね。水分とミネラルはできるだけ早く補充しないとだめ。タイにはたくさんあるココナッツから作るココナッツウォーターは、プールに入りながらの水分補給にベストな方法のひとつだよ」
MvdM「次に乗るまでの時間で、水分補給を計画的にやっています。水分をたくさん摂るのも重要だし、この暑さでは食欲もなくなりがちだけど、なにをどれだけとればいいかわかってるから、体力は大丈夫。グリッドで自転車トレーニング用のエナジージェルを摂れば、いったん疲れちゃっても、また復活できるよ!」
わかっちゃいるけど、灼熱のタイではマシンもエンジンも大変なんですねぇ。もちろん、アレックスもマイケルも、また7月の鈴鹿8耐で会いましょう!
写真/PATA Yamaha WBK 翻訳/中村浩史」