AMAのスーパークロス・モトクロス両シリーズを束ねるスーパーモトクロスシリーズの最終戦へ下田丈が挑んだ
まるで90年代のスーパークロス、空前の盛り上がり
「あれはセバスチャン・トーテリが勝った年だったかな。98年のスーパークロス最終戦だよ。その前の年はダグ・ヘンリーが連勝したんだ。ここLAコロシアムでレースが見られる日が再び来て、嬉しいよ」取材班を呼び止めた老人が、突如思い出話しを始めた。ヘイデンのオヤジ(ブライアン)さんがぶっ飛んだのも、その頃なんですか? と問うと「あれは97年の2戦目のことだよ」と。今回プレーオフ第3戦が行われるこのLAコロシアムでは、ブライアン・ディーガンのマシンと、その“GHOSTRIDE”と呼ばれるフィニッシュジャンプでマシンを飛ばして喜んだポーズのポスターが大きく展示されている。
前日の金曜日には50周年のカワサキKXシリーズを記念して、90年代のグラフィックが施された新型KXがグローバルローンチされた。それにあわせて、カワサキファクトリーやプロサーキットも90年代風のグラフィックやパーツでドレスアップ。下田丈らにもヴィンテージルックのウエアがFOXから特別に用意され、メカニックらスタッフ、マシンのセンタースタンドに至るまで、徹底して90sテイストで彩られた。
特別に敷設されたLAコロシアムのレーストラックも、往年のファン落涙ものだ。村上もとか氏の漫画『風を抜け』でも描かれた、コロシアムの観客席を駆け上って一旦外に出てからスタジアムへ飛び出して戻ってくるレイアウト。「そう、これも当時あったんだよ」と老人は教えてくれた。
今シーズンより始まったスーパーモトクロスは観客動員的な観点で大成功を収めていることだろう。LAコロシアムの中は歩いていてもなかなか進まないほどの混雑ぶりで、レースが始まる8時間も前にコロシアムの駐車場は満車となり、取材班は空車のある公共駐車場を捜すのに4時間をかけた。コロナ禍で北米に限らず世界中でダートバイクが飛ぶように売れたというが、その勢いをスタジアムイベントで維持していく姿は、さすがアメリカといったところだ。
さて。肝心のレーストラックだが、プレーオフの第1戦・第2戦がスーパークロスともモトクロスともつかないミックステイストだったのに反して、このLAコロシアムではほとんどスーパークロスと言うべきものになった。観客席から飛びだしてきてすぐにあるサンドのリズムセクション、パッシングの難しいレイアウトは激しいバトルを予感させるものだ。スタートのゲートピック順を決めるタイムアタック予選では、トップ8台が1秒以内の差におさまっていて、スタートの安定感が鍵を握ることになりそうだった。下田丈はトップからわずか0.6秒差にも関わらず7番手。3番手にはピアース・ブラウン、6番手にジョードン・スミスなど普段はみられない面々も好タイムをマークしている。なお、このプレーオフで暫定トップだったハンター・ローレンスは前日の練習走行でクラッシュしてしまい、背中の痛みを抱えて14番手。結局、決勝はキャンセルすることになった。これにより、下田丈の敵はヘイデン・ディーガンに絞られた。
強烈な爆発力、下田が魅せた好調ぶり
2ヒート制でおこなわれるものの、ポイントはヒートの順位ではなく総合順位にのみ与えられるスーパーモトクロス。ラウンドが進むごとに獲得ポイントも累進的に増加するため、最終ラウンドでの大逆転もありうる、という実にTVショー的な演出が効いている。1〜2戦のリザルトによる獲得ポイントではそれほど大きな差をトップ陣に与えることはないため、下田丈がエントリーする250クラスでも、ハンター、下田、ディーガンの順でトップ3が並んでおり全員に自力優勝が残る状態だ。
迎えたMOTO1。下田丈は予選の結果からアウト気味のゲートをチョイス。ストレートでしっかり前に出たものの、第1コーナーのこなしが上手く決まらず9番手あたりからの立ち上げを強いられてしまう。序盤トップに立ったのはトム・ビアルだったが、スミスがこれをパスしてトップへ。今季目立った動きの見られなかった伏兵スミスの活躍に会場は大いに沸くことに。しかし、それを上回る大きなどよめきを生んだのは、下田丈だった。いつになくアグレッシブなスタイルで追い上げていく下田は、4番手を走行しながら先行するビアルに仕掛けていくディーガンの隙をついて猛チャージ。イン側からコンタクトしつつ4番手に上がると、すぐにビアルの背後へ。終盤、ビアルを仕留めたかと思われたシーンもあったが、イン側から下田を弾き出そうとするビアルのアタックを避けて引く形に。4位でのフィニッシュとなってしまったものの、ディーガンを下したことでランキング首位へ立つことになった。
MOTO2はコース整備がしっかり入り、路面が固められ轍やギャップの少ない状態へ整えられることに。このヒートも下田はアウト側のゲートをチョイス。アナウンス、観客の注目がディーガンとの勝敗の行方に絞られていく中、下田は5番手で第1コーナーを立ちあがっていく。トップで集団を引っ張るリーバイ・キッチンの背後、2番手を走行するのはディーガンだ。下田はすぐに4番手へ上がり、3番手ジャスティン・クーパーを挟んでディーガンと対峙する様相へ。しかし、ここからしばらく、各ライダーのラップタイムにも変動がなく、レース展開が膠着してしまう。スタジアム内の掲示板にはわかりやすく、現順位でのランキング順が表示されていた。ディーガン1位、下田2位、その差-5pt。ディーガンのMOTO1は5位で下田は4位だったから、このままいけば5+2=7のディーガンが優勝(総合順位はオリンピック方式で、順位の和で決定する)。下田は前を行くクーパーをパスして4+3=7になるだけでは足りず(同点の場合、MOTO2の好成績が優先される)、さらにディーガンを仕留める必要があった。だが、クーパーを追い詰めた終盤、あと一歩というところで時間切れ。ベストラップには、ほとんど差がなかった。史上初のSMXタイトルは、アメリカンヒーローに捧げられた。
いいスタートなだけでは不足。毎回ホールショットが必要だ
レース後、下田はインタビューに応えてくれた。
「僕とチームで全力を出して戦ったんですけど……。MOTO2の前にコースが整備されてたこともあって、みんな同じようなペースで走っていました。大体インドアのレースはワンラインでオプションが少なくなる(得意を活かしづらい)のでパッシングが難しいんです。特にコース整備をしたあとが難しい。スタートのポジションが致命的でしたね。今回のコースでは2秒速く走ろうと思ったとしてもできませんでした。前になかなか追いつけなかったのは、まだラップチャートなどを見ていないのでよくわかりませんが、体力不足とかじゃないですね。変わったことはしていなくて、終盤にクーパーに追いついたのもペースが変わったのではなく少しずつ差を詰めた結果だと思っています。来年はスタートでいいところを狙うのではなくて、ホールショットを毎回取れるようになれれば結果に繋がると思います。
アウトドアの終盤でバイクのセットアップのベースが決まったんですが、それでだいぶ助かったなと思います。スーパークロスのシーズンが終わってから新しいエンジンになり、セッティングがバラバラになった状態だったんですが、少しずつ改善されていきました。100%のポテンシャルを出しきれる状態ではなかったので苦戦しましたが、いろいろと今シーズンは学びが多かったです。
シーズン序盤は少しダウト(調子の悪さ)とかありましたけど、時間があれば消えていくものなので今は大丈夫です。来シーズンは1戦目からしっかり戦える状態に持って行きたいです。去年はアウトドア終わってからそのまま調子のいい状態を開幕に向けて維持したかったんですけど、いろいろあって……。今年はいい経験になりました。ラーニングレッスンとして、受け止めたい。来シーズンにこのまま好調を持って行きます」
プロサーキット監督が語る下田の未来
2020年、ホンダのセミファクトリーチームであるガイコホンダから、メインスポンサーであるガイコが降りた。チームの母体ファクトリーコネクションはこれ以上のチーム継続を断念、2020年でその長い歴史に幕を閉じることを決意した。2017年アマチュア時代から同チーム(アムゾイルホンダ)で戦ってきた下田は、2021年から名門プロサーキットカワサキへ電撃移籍。以降、早々とチームのエースとして3年間戦ってきた。
プロサーキットの名監督であるミッチー・ペイトンは語る。
「丈は素晴らしい才能を持っていると思うし、彼が私たちのために乗ってくれたことを本当に嬉しく思っています。毎年成長していて、特に今年のスーパーモトクロスでは非常にアグレッシブなスタイルでした。今夜はパッシングできる直線が少なかったから、レース自体がスタートに依存していましたね。ゲートピックが少しアウトすぎるのではないかと話をしていたのですが、結果として私は丈の仕事に満足しています。
今年、丈はレンサルのファットバーを使いました(編注:長年、同チームでは入念にテストしたプロダクトのみを使うしきたりで、ツインウォールバーしか使ってこなかった)。それは丈がよりコンフォートなファットバーを使いたいと言ったからです。私は信じていないけど、他のライダーもそれを見て真似したがったんですよ。サスペンションも、エンジンも一緒により良くしようと取り組んできたのですが、うまくいったと思っています。丈の自信にも繋がったと思っています。
私は丈に会えて幸運だったと思っています。近い将来もっと活躍するでしょう。250だけでなく、450は特にメローなライディングを好む丈に向いているはず。きっと成功するはずですよ!」