※月刊オートバイ2019年9月号掲載「現行車再検証」より
ツーリングを最優先にしたNCのパッケージ
ちょっと仕事もひと段落、お父さんは天気もよくなりそうな次の日曜に、ちょっとゆっくりツーリングでもしてこようか、とコソコソ準備を始めている。
「あれ? どこ行くの」
ヤバい、カミさんだ。——ち、ちょっと日曜に出かけてこようかな、って。だ…だめ?
「ふーん、いいんじゃない?」
これがコワい。きちんとナニナニがあるから出かけないでよ、って言われたほうがどれだけマシか。さりとて、一緒に行く? と水を向けても、そうそうタンデムは好きじゃないし。
「日曜は買い物いかなきゃだし、マーくんのおむつだってなくなるから買い足してこないと。いいよねー、パパはバイクで出かけるだってさー」
マーくん1歳、まだ言葉わからんだろうに、わりと大きな声で、こちらにしっかり聞こえる声量で言ってくれる。ここは父の威厳でビシッと言わねば!
「ま、ツーリングはいつでもいいよ。日曜、買い物どこ行く?ヨーカドーにする? おむつはアカチャン本舗かな」
よ、ヨワい。これはフィクションです。私の妻はそんなこと言わない……んじゃないかな。
けれど、こんな危険性は、どこの誰でも持っているんじゃないかな、と思う。なにも妻の無言の圧力でなくとも、子どもの遊びに行こうよ攻撃かもしれないし、町内会の清掃日かも、行きたくもない付き合いゴルフかもしれない、たまの休みにはゆっくり体を休めたいかもしれない。
少なくとも妻や家族の怒りを収めるのはおみやげだ。妻は、家族は、特に食べ物にヨワい。せっかく出かけるんだから地元の名物でも買ってくるか、って言ったって、ナントカ銘菓とか、なんとか饅頭なんてハコ詰めのおみやげは、なかなか人気がない。
とはいえ海沿いの町で美味しそうな干物があったって、これデイパックにしまって帰るわけにもいかないしなぁ。サービスエリアでリアシートにくくりつけやすいのもハコものだし。
次の日曜は、北関東のほうでもぐるっと回ってこようと思ってたんだよなぁ。茨城、群馬は今の時期スイカが美味いんだけど、スイカなんか、バイクに積めない最たるものじゃないか。
スクーターだったらメットインスペースがあるけど、スズキアクロス250はもう古いし、アプリリア・マーナ850ももう売ってない、ホンダNS1って原付だったし……。
そんなお父さん、NC750シリーズがありますよ! 現行モデル唯一の、メットインスペースを備えたスポーツバイク。もちろん、メットインだけじゃなくても、いまNC750シリーズの「目標設定」が再確認されているのだ。
エンジン、車体とも徹底的にツーリングに振ったパッケージ、スポーツ性よりも快適さを最優先し、荷物の積みやすさ、そして驚異の好燃費! おサイフにも優しいとは、うちの山の神も納得してくれるに違いない!
「今度の日曜、ちょっと伊豆いってサカナでも買ってくるよ」
そんなツーリング、いいなぁ。
10年後のバイクづくりが、10年たってわかり始めた
NC750Xの前身のNC700Xは、ホンダのオートバイづくりの中でも、かなり「異質」なモデルだった。
ホンダのスポーツバイクと言えば、大なり小なり、まずは「スポーツ性」ありき。けれどNCは、登場時の2010年に、当時の10年後のモデル作りを提言する「2020年ビジョン」を発表。
それが「いい商品をより早く、安価で省エネルギーでお届けする」というもの。もちろん、スポーツ性をないがしろにするわけではなく、こっちの方向性もあるんじゃない、というトライだった。
ヨーロッパを中心にミドルクラス以上のユーザーの用途を調査してみると「速度域は140㎞/hが90%、回転数は6000回転が80%」というものだった。これを日本で当てはめれば「100㎞/hが90%、回転数は使っても6000回転」といったところだろう。
それがNC700シリーズ。その2年後に発売されたNC750シリーズは670㏄だった排気量を745㏄に拡大し、出力こそ4PSアップにとどまったが、NC700よりも常用回転数が少し上がって、すごく好ましいエンジンに仕上がっていた。
排気量アップの分だけ低回転域のトルクも厚くなって、アクセルの開け方ひとつできびきび走っても、のんびり走るにも気持ちがいい。
今回はDCT仕様に乗ったんだけれど、「普通走り」のDモードだと、どのギアでもいつも2000回転台を使っていて、3000回転を境にシフトアップする感じ。6速3000回転でちょうど100㎞/hでクルージングできる。
高速道路を100㎞/h目安に走るのがこんなに気持ちのいいオートバイ、そうはない!
もっとほかのモデルにも収納スペースが欲しい!
NC750Xの並列2気筒エンジンは、低回転域からドロドロッと回るフィーリングがあって、特に今回のDCT仕様は、キビキビ走りたいときはスロットルを開度を大きめに早く操作、のんびり走りたいときにはゆっくり開けるように走ると、その通りにパワーを取り出すことができる。
ハンドリングは安定性をベースにしたもので、決してクイックじゃない、もちろん鈍重でもない。サスペンションの動きもしっとり穏やかで、路面に張り付くように走る——やっぱりツーリングが楽しい!
そしてNCには、圧倒的な魅力がひとつ。それが、通常のタンクの位置にある収納スペース、俗にいうメットインだ。
ちょいとデイパックを背負ってのお出かけでも、走っているときは荷物を放り込んでおけるし、目的地に着いたら荷物を出して、かわりにヘルメットをしまう——こんなにストレスフリーなお出かけができる!
さらにライバルを圧倒的にリードする好燃費は、ライバルの範疇に入るVツイン650の2割増し、並列ツイン700の5割増し、並列3気筒900の4割増し——このライバルたちだって決して燃費悪くないのに、NCは歴代750㏄モデルでも明らかに燃費がいい!
決して目立たないけれど、長く付き合えそうな、オトナのオートバイ。10年前にホンダが語った「近未来のバイク」は、なんとも好ましいものだった。
文:中村浩史/写真:島村栄二