クロスカントリー・ラリーとは、複数の国や地域をまたぐルートを走るモータースポーツの総称だ。ルートには移動区間と競技区間があり、前者をリエゾン、後者をスペシャルステージと呼ぶことが多い。
ルートはロードブックで指示される。ロール状にして専用のケースに入れ、モーターや手で巻き上げながら読み取っていく。ロードブックには、スタートからの距離と目印から目印までの区間距離と分岐点などのイラストが記されている。スタートから210km地点、前の目印から12kmの交差点を左に進め、って感じだ。ライダーはメーター付近に取り付けたトリップメーターとロードブックを頼りにルートを探し、走っていくわけだ。
モンゴルを舞台に開催されているFAコート・ラリーモンゴリアでは、ロードブックに加えGPSとコンパスによる指示もある。通過しないと行けない地点の経緯、緯度は事前にGPSに入れてあるので、行く方向はそれを見ればわかる。だから、ミスコースした場合はGPSを見て行くべき方向を探し復帰することもある。
僕は結構注意散漫でズボラな正確なので、ロードブックの指示とトリップメーターが合わなくなってきて「ミスコースしたな」と思った時、次のGPSポイントがそう遠くなければ、道を無視してその方向に走って復帰していた。
その日も山の中でミスコースした。でも、2、3kmほどの場所にGPSポイントがある。そこまで行けば復帰できる、と踏んだ。
ただ、GPSポイントがあるのは小高い丘の向こう側だ。でも丘の斜度はあまりきつくないし、表面もなめらかなので丘を越えて走ってみようと思ったのだ。空に向かって一気にアクセルを開け、丘の上に出た。GPSポイントに少し近づいた。1つ目の丘を下り、次の丘をまた上る。それを何度も繰り返した。だが、数個目の丘の下りで思った。この坂は、一度下ったらもう戻れないな、と。角度がかなり急で、下りられても上るのは難しい角度だったのだ。
だが、GPSポイントは目前だ。ええい、行っちゃえと坂を下った。下った先は、雨に深く抉られた沢だった。水はないけど、大きな岩がゴロゴロしている。その沢に入り込んでGPSポイントの方向に向かう。
ところが、しばらく進むと3mくらいの高さのある崖に出てしまったのだ。とてもじゃないが、バイクに乗ったままじゃ下りられない。バイクを停めて、足で下ってみて見上げてみる。バイクを落とすしかなさそうだ。
でも、ここはそれで通過できたとしても、もっとひどい場所が先にあったら俺はどうなる?
モンゴルの、誰もいない山の中。人が住む場所からは数十キロは離れているだろう。物音ひとつない沈黙の世界で、僕は自分の状況のヤバさに気づいた。もっときちんとロードブックを見て、慎重に走ればよかった。そう思っても、もう遅い。空を見上げる。大きな鳥が、ゆっくりと飛んでいった。2017年の夏のことだった。
文・写真:三上勝久