高橋選手は2014年〜2019年まで6年連続でG-NETチャンピオンに輝いている、誰もが認めるハードエンデューロの「走る伝説」。全9回となる本連載ですが、今回は記念すべき第1回。テーマは「スタンディング・スティル」です。
「スタンディング・スティル」とは、バイクに乗った状態で足を地面につかずに停止するトライアルの基本テクニックのこと。高橋選手はトライアル出身ということもあり、ハードエンデューロにおいてもトライアルテクニックを取り入れたライディングを得意としています。この連載ではその中でも、トライアルバイクではなくトレールマシンやエンデューロマシンでもできるテクニックを伝授してくださいます。特にハードエンデューロの初心者~中級者を対象として連載していきます。そのなかで、基礎となるテクニックの一つに「スタンディングスティル」というのがありますので、第一回目はそこにスポットを当てました。
まずは動画でテクニックを学ぶ
いきなり動画を見ていただきましたが、約20分もあるため、時間がない方、音が出せない環境で読んでくださっている方のために、記事でも同じ内容を解説していきます。
先に記事を読んでくださった方も、時間のある時にぜひ動画も見てみてくださいね。なお、動画のアップ先はiRCタイヤのYouTubeチャンネルになります。他にもたくさん役に立つ動画がアップされていますので、ぜひチャンネル登録をお願いいたします。
スタンディング・スティルがなぜ重要か?
「世界でも日本でも、ハードエンデューロで活躍する多くのトップライダーがトライアルを嗜んでいて、マシンを操る非常に高度なテクニックを持っています。そのテクニックの最も基礎となる部分が、実はスタンディング・スティルにあるのです。ハードエンデューロでは競技中にストップ&ゴーが多いことから、スタンディング・スティルができることで、その体勢を起点として様々な技を繰り出すことが可能になります」
と高橋選手。
高橋選手のようにトライアル出身のトップライダーはもちろんですが、2020年G-NETチャンピオンの水上泰佑選手のようにエンデューロ出身のライダーでもトライアルを学んでいます。
それでは、いよいよスタンディング・スティルのやり方をレクチャーしてもらいます。いきなり完璧なスタンディング・スティルをやろうとしても難しいため、まずは補助を使ってバランス感覚を養うところからスタートし、段階的に難易度を増し、完成形を目指しましょう。
溝にタイヤを固定し、感覚を掴む
いきなり完璧なスタンディング・スティルをやろうと思っても、なかなか難しいものです。そこで高橋選手が提案してくれた練習方法が、フロントタイヤを溝に固定する方法。
まずフラットな地面を足で削り、V字型の溝を作ります。この溝は深ければ深いほど簡単になります。
その溝に対して垂直にフロントタイヤを差し込み、フロントタイヤが前後に動かないように固定します。この時、ハンドルは必ずフルロックさせてください。
写真のように、手で押さえなくてもバイクが倒れないところまで安定させます。
次にフロントブレーキをしっかりかけて、バイクに跨がります。
バイクに跨ったらリアブレーキをしっかり踏みます。この時はまだ左足は地面につけています。もしこの状態で足がつかなければ、何か踏み台を用意しておきましょう。
フロントとリアのブレーキをしっかりかけたまま、左足をゆっくりとステップの上へ。
これでシッティング・スティルです。ここからフロントタイヤを少し揺さぶってみて、バイクが動かないことを確認し、ゆっくり立ち上がります。
はい、スタンディング・スティルができました!
この時、膝は真っ直ぐ伸ばします。膝が曲がってしまうと下半身に余計な力が入り、バランスを崩したり疲れたりする原因になってしまいます。また、目線は手元やバイクの真下を見るのではなく、2〜3m離れた地点を見ると安定しやすいです。
よくある悪い例としては目線が下がってしまうこと、そして膝が曲がってしまうことです。
膝はまっすぐ伸ばす
目線は少し遠くの動かないものを見る
バランスはハンドルではなく足の裏で取ります。足でマシンを挟み込むのではなく、膝と膝の間でバイクを遊ばせるイメージです。動かせる範囲は左右2〜3cmくらいが限界で、それを超えるとバランスを崩して足をついちゃうので注意しましょう。
ハンドルでバランスを取っていない証拠に、両手を離しても倒れません。ただしこの両手離しはフロントブレーキを使えないため、かなり上級テクニックになりますので、まずはしっかりとフロントブレーキを握ったスタンディング・スティルがマスターできてから挑戦してみましょう。
うまくできない人はブレーキペダルのセッティングを見直そう
これでもうまくできないという人は、ブレーキペダルの高さを見直してみるといいかもしれません。高橋選手のマシンはステップに対してブレーキペダルの位置を高くしています。
そのため、リアブレーキをしっかり踏んだ時の足の状態が、上の写真のようにステップと平行になり、バランスを崩しにくいというわけ。
もちろんこれだと走行中に誤ってリアブレーキを踏んでしまうリスクはありますが、これは慣れることで解決できます。下り坂でもリアブレーキを使いやすくなりますので、ハードエンデューロをする場合はこういったセッティングもオススメです。
一般的なブレーキペダルの高さだと、リアブレーキをしっかりかけると上の写真のようにつま先が下がってしまいます。こうなることで膝が入ってしまい、直立したスタンディングフォームが取りづらくなります。
また、タイヤの空気圧を低くすることで「スタンディング・スティル」がやりやすくなります。空気圧が高いとどうしてもタイヤのラウンド形状が影響してしまい、バランスが取りづらくなりますね。体重やマシンによっても変わってくるので数値は一概に言えませんが、バイクに跨った時に手のひら一枚分潰れるくらいが最良です。また、タイヤもブロックが高く、ブロック間隔の広いエンデューロタイヤより、TR-011 TOURISTのようなトライアルタイヤの方がやりやすいです。
自宅でもできる! ステップアップトレーニング
この地面に溝を掘る方法が最も簡単ですが、次のステップとしてフロントタイヤを岩に当てるという方法があります。
上の写真のように岩にフロントタイヤを当て、ほんの少しだけ左にもたれるイメージです。この時もハンドルはフルロック、フロントブレーキ・リアブレーキはしっかりかける、目線は遠く、膝は伸ばす、などポイントは先ほどの溝を使った時と全く同じです。
フロントタイヤがロックされているV字溝に比べると難しいのですが、補助のない完璧なスタンディング・スティルに近い感覚を養うことができます。
僕もこの方法で練習してできるようになりました。これならば、練習場に行かなくても自宅のガレージや庭などでもトレーニングが可能です。毎日5分でもいいので、やってみましょう!
補助ありの中では最も難易度が高いのが、ハンドルを切らず、フロントタイヤをまっすぐ岩に当てたスタンディング・スティルです。
ギアをニュートラルに入れて、岩に対してフロントタイヤをまっすぐ当てます。しっかり押し当てながらフロントサスペンションを縮めるように、リアブレーキ、フロントブレーキをしっかりかけます。トランポにバイクを積載する際、リアシートにまっすぐタイヤを当てるのと同じですね。
そこからゆっくりとバランスを取りながら立ち上がります。ポイントはこれまでと同じですが、これまでのハンドルを切ったスタンディング・スティルよりもかなり難しいです。
この状態での両手離しは高橋選手でも「おおっ、これ難しいぞ……」と漏らしてしまう難易度。でも不可能ではないようです。
より実践的なテクニック「セミ」
これは助走のない状態での岩超えなどで役に立つ「セミ」と呼ばれるテクニックです。そもそも、この状態に持っていくためには、次の記事で紹介する「フロントアップ」ができなければいけないのですが、これができることで難所での走破力が抜群に向上します。
これは難しそうに見えますが、ある程度スタンディング・スティルの練習を積んでいれば、そんなに難しくないかもしれません。ハードエンデューロでもよく使われるトライアルテクニック「ウーポン(この姿勢からクラッチを溜め、リアサスの反動を利用してクラッチリリースと同時にアクセルを開けて岩の上に飛び乗るテクニック)」に繋がる姿勢なので、できるようになっておくと良いでしょう。
これがスタンディング・スティル完成形
そうしたらいよいよ何も補助のないスタンディング・スティルに挑戦してみましょう。フラットな広場でゆっくり走っている状態から、なるべくバランスを崩さないようにゆっくり、しかし強くブレーキをかけて停まります。そしてそのままハンドルを切ってバランスを保ちます。
ポイントはこれまで学んできたことと同じ。
・前後ブレーキをしっかりかける
・ハンドルはフルロック
・足裏の荷重に集中する
・2〜3m先を見る
・膝は伸ばす
この時はバランスを取るために足を出すこともあります。あとは集中力です。足の裏にものすごく集中してください!
「ハードエンデューロにものすごく大切」
スロー走行のススメ
コースを走破するスピードを競うハードエンデューロのレースとは真逆の練習に聞こえるかもしれませんが「スロー走行=ゆっくり走る」ことはものすごく大切です。
写真のような広場を使って、1速ギアでゆっくり走ります。まずはフラットなところだけを使ってサークルを描いて走ってみましょう。その際に、フロントとリアそれぞれのタイヤが毎周同じラインをトレースできるように意識してみましょう。
この時のコツとしてはアクセルを急激に開けないこと。アイドリングか、それより少し開けるくらいのパーシャル域を使い、一定のスピードで走れるトレーニングをしましょう。速度を落としすぎてエンストしそうになったら半クラッチを使っても構いませんが、なるべくクラッチを使わずに走れるようになると良いですね。
フラットな路面に慣れてきたらちょっとした石や段差を取り入れて走ってみてください。ただし、適当に走るのではなく、狙ったラインを意識して走ることが大切です。実際のハードエンデューロレースでも、助走の短いヒルクライムの進入などでトップライダーはよくこのテクニックを使っていますね。
スタンディングのまま力みのない姿勢でゆっくり走ることによって、グリップ感覚やバランス感覚を養います。また、正確なライン取りの練習にもなります。基本的には体の力を抜いて立ち、膝も伸ばして乗りますが、石や段差を超えるときは軽く膝を曲げてショックを吸収してあげると良いでしょう。
実際のレースでも僕が常に気をつけていることなのですが、エンストや転倒をしないことはもちろん、バイクの動きを止めないことがものすごく大切です。一度止まってしまうと場合(特に滑る場所)によっては再発進がすごく難しくなります。
また、スロー走行中に意識的に停まってスタンディング・スティルを取り入れることで、いつの間にかできるようになるはずです。石にもたれかかったり、フラットな中にもちょっとした起伏を見つけては停めてみてください。
いかがでしたでしょうか? 次回、Vol.2はフロントアップ編になります! お楽しみに!!