観客動員数8000人、全日本トライアル選手権としては異例のギャラリーの多さ。4度目のシティトライアルジャパンは、大成功のうちに幕を閉じた

類を見ない難易度。IASですらためらうセクションの数々

過去のシティトライアルジャパンが単独のイベントだったのに対して、今年の同イベントは全日本トライアル選手権の第5戦として開催された。これはもちろん日本史上初の試みで類を見ないものであった。オフロードレースの場合、「開催されるクラスが限定される」ラウンドは珍しいが、このシティトライアル大会はIASクラスのみの開催に限定したレースである。これは、第一回の通天閣開催時から主催の藤原慎也が明言していることで、“見せる競技“にするためにセクションを一定水準以上の難易度にする必要がある。またストリートで開催する以上、マシンを飛ばしてギャラリーに突っ込ませてしまうようなことは絶対に避けなければいけないから、最高峰クラスのIASに限定をしている。

これまでは、“見せる競技“にする設定の方が優先順位が高かったこともあり、競技の内容には多少なりとも余裕があった。例えば、一発逆転を狙えるラインがあったり、トップレベルのライダーであれば派手にアクションできるような「遊びしろ」がそこにあったのである。

だが、全日本トライアル選手権の一戦に組み込まれた今大会は、“選手に順位を付ける”ことの優先順位が上がった結果、これまでのシティトライアルジャパンと比較すると圧倒的に難しいセクションが用意されていた。

たとえばこの“バッカン”セクション。まるでBMXのように空中で軌道を変えながら向こう斜面へ降りる必要がある。

こちらは原木セクションだが、マシンが乗る面積が微妙にホイルベースより短く、助走ゼロというか……マイナス助走というべきなのか。

画像: 類を見ない難易度。IASですらためらうセクションの数々

この立て丸太の距離感はみてのとおりギリギリ。

アンダーガードにマシンをひっかけたまま、恐るべき体重移動の妙技で耐える。終始この調子だから、雨でぬれた日曜午前中のセミファイナルはDNF(5点。DNFはシティトライアル独自の表現)が続出してしまった。

複雑なライン取りが想定される原木セクション。写真のライダーは小川友幸で、まずは縦丸太から同じ縦丸太に飛び乗る。この時点で非常に難しいのだが、さらにマーカーが横丸太にあるため空中でターンをしながら手前方向へ降り、超絶に狭い空間でUターン。マーカーの間をのぼってクリアしていくというものだ。残念ながらこのトライはミス。古傷を傷めた小川はその場に倒れ込み苦悶の表情を浮かべていた。

間近で見られる集中力に、惜しまぬ歓声

トライアルという競技の特性上、観客はオープンフェイスのヘルメット越しに選手の表情を間近で見ることができる。特にこれまでのシティトライアルと違っていたのが、この表情の豊かさだ。単独のエキシビションイベントではなく、選手たちが己の人生を賭けて挑んでいる選手権であり、その意気込みや表情の真剣度はまるで違う。

優勝した黒山健一のセクションを追ってみよう。ギャラリーの歓声に応えて笑顔を見せたのち、周囲の時間がとまる。大きく両手を広げてパンっと一拍。表情が切り替わり、セクションへゆっくり入っていく黒山。多くのライダーの失敗を誘ってきたブリッジ入り口を果敢に攻めて成功、クリーンの証「0」点のボードをもったコンパニオンが颯爽と登場し黒山は再び笑顔へ戻る。わずか1分ほどの息のつまりそうな戦いに、ギャラリーも集中して見守るのだった。その空気感はプロゴルフのそれに近いのかもしれない。

黒山は今回の大会についてこう評価する。「普段のトライアルでも自然の地形を利用して作られたステアなどを使ってはいますが、完全に人工的に組み立てたものはなかなか走りにくいものがありますね。地面が固かったりとか、平地から高いところに飛び乗ったりするのはこれまでの全日本ではない動きなので難しいです。少しでもタイミングがずれてしまうと上れないし、降り方を間違えるとマシンを壊してしまう。そういう緊張感は大きかったと思います。

また、これまでのシティトライアルとは全然レベルが違いました。以前なら正直トップ6ぐらいだったら全員オールクリーンで通過できていたし、これまではアピールのためにわざと難しいラインを選んで観客を沸かせたりしていたんですが、その余裕は一切ないくらいの難易度でした。全日本選手権としてのレベルにしっかりあげてきたんだなという印象がありますね」。特に当日はマシンの調子がよくなかったこともあって精神的にも強さが求められたレースだった。「セミファイナルあたりでもう少し、メンタルの強さを見せつけられればよかったんですけどね。最終的には、いい結果を残せてよかったと思います」

同じくヤマハの野崎史高は、この異例のレースにまだ違和感を拭えないと語る。「シティトライアルはイベントであってほしいな、という気持ちもあります。全日本としてルールもどんどん変わっていっちゃうし、難しい点はまだ残っているかなと思いますね。雨で難しくなって怪我してしまうような場面もあったので、そういう対策も必要だろうと思いました。ただ、こういう場所でトライアルのレースをやるっていうのはすごい大切なことです。知らない人たちが突然目にする機会にもなりえるし、トライアルやバイクに対して興味を持ってもらえることはとても嬉しいことです」

画像: 間近で見られる集中力に、惜しまぬ歓声

次のステージに踏み出したシティトライアルジャパン

第1回からプロデューサーとして活躍、このシティトライアルジャパンの立役者であり、自身IASクラスのライダーでもある藤原慎也はこう語る。

「これまでのシティトライアルジャパンは、あくまでエンターテイメントを重視したレースイベントだったんですが、今年からは全日本選手権の一戦に組み込まれたので、セクション難易度をもうむちゃくちゃ上げました。

昨日の予選落ちした選手たちを見る限り、本当にきつい戦いでクラッシュ続出だったんです。今までのシティトライアルじゃそこまでのクラッシュ続出は起きないような設定でしたから。トップ選手でも本当にミスをしてしまうような設定にしました。みんなからも今回はやばい、っていう声がひたすら聞こえてましたね。

僕は、ライダーっていうのはピエロでも何でもなくて、アスリートなんだと思っています。彼らが日々切磋琢磨した技術を、本気で発揮できる舞台を作ることが僕の使命。手を抜いて挑戦できるようなセクション設定では、駄目だと考えたんです。今までシティトライアルはデモンストレーション的な要素があったので、お客さんを盛り上げる演出としてジャンプしてくれたりとかっていろんな場面があって。もちろんそれはそれでいいところだったんですけど、やっぱり選手が本当に集中して挑めるアスリートファーストな大会であるようにっていうことを重視しました。選手の顔つきも違うし、息の上がり方も違いましたね。セクション設定自体は作った本人としてはとても満足しています。

短期の計画ではなくて中長期の計画性を持ってシティトライアルというプロジェクトを進めてきているのですが、初開催した2018年からこの全日本選手権の一戦に入るような大会にするっていうのを一つの目標としていました。今後はさらに発展をして、例えばもう一つバイクのフェスみたいなものと併催して、バイクの楽しさ、レースの楽しさを伝えたい、とさらに高い目標として描いてます。

予選の土曜日に関してはレースフォーマットなどいろんな変更点があって、関係各所やライダーにいろいろご迷惑おかけしました。決勝の日曜には反省点を改善できたこともあって、日曜に限って言えば大成功だったのではないかと自己評価しています」

画像: 次のステージに踏み出したシティトライアルジャパン

MFJに限らず全日本選手権と標榜するシリーズ戦の運営は、レースのレベルを上げることの難しさに皆一様に苦労している。代表的なところでいえば、全日本モトクロスはトップクラスのIAに限らずIBクラスやレディスクラスを同じサーキットで開催していることもあって、コースの難易度を思い切りあげることは安全対策上難しい。だが、トップクラスに続く多くのレベルのレースを同時に開催することは、今後のトップクラス開催を支えるためにも当然必要だ。プロクラスしかないAMAやMXGPと比較してもしょうがないだろう。シティトライアルの場合、思い切って単独のイベントとしてセクションのレベルを上げたことで、結果的にまったく見た目の違うイベントに進化した。

見せるレースに集中していた以前のシティトライアルは、すべての歯車ががっちりとかみ合ったショーイベントだった。しかし、あくまで藤原はアスリートファーストにこだわり、全日本格式という次のステップへ踏み出した。「より多くの人にバイクに興味を持ってもらいたい、トライアルに興味を持ってもらいたい」という着地点は同じであっても、真剣な競技性をここに交えるだけで関わる人のベクトルがずれはじめてしまう。ここからさらに先へ進むことは決して簡単ではない。今回の観客動員数、延べ8000人。さらなる高みを目指して藤原は2023年大会の準備を始める。

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