全日本ハードエンデューロ選手権G-NETのトップランカーであるロッシ高橋こと、高橋博選手がハードエンデューロに必要なテクニックを伝授してくれる連載第5回
高橋選手は2014年〜2019年まで6年連続でG-NETチャンピオンに輝いている、誰もが認めるハードエンデューロの「走る伝説」。全9回となる本連載ですが、第5回目となる今回のテーマは「ヒルクライム」です。
まずは動画でテクニックを学ぶ
今回もまずは動画を見ていただきましたが、時間がない方、音が出せない環境で読んでくださっている方、動画を見てくれた方の復習用として記事でも同じ内容を解説していきます。
なお、動画のアップロード先はiRCタイヤのYouTubeチャンネルになります。他にもたくさん役に立つ動画がアップされていますので、ぜひチャンネル登録をお願いいたします。
スタンディング時のフォーム管理
ヒルクライムの基本はスタンディングです。スタートする時もシッティングからアクセルを開けてスタンディングに移行する方法だと、時と場合によりスムーズに立てないケースがあります。そういった際には最初からスタンディングでのスタートがとても有効なのです。この連載のVol.1で習った「スタンディング・スティル」をヒルクライム練習の中にも取り入れ、スタンディング・スティルからスタートする練習をしてみましょう。
路面の凸凹を肘と膝で吸収し、常に最適なトラクションをかけ続けるためにも、なるべくスタンディングで登ることを意識しましょう。
フォームはなるべく自然に、後ろにのけぞって腕が突っ張ってしまっても、逆に前傾になりすぎてハンドルにしがみつきすぎてもいけません。
これがロッシ選手的に正解のフォーム。膝をしっかり入れて(※詳しくは後述)、上半身は地面に対して垂直。これをベースに路面の形状やスピードに合わせて、ハンドルを引いたり膝を曲げたりして微調整していきます。この動きは経験で身体に覚えさせるしかありませんが、ヒルクライムに限らず、Vol.1のレッスンで習った凸凹の道をゆっくりスタンディングで走る練習からも習得することができます。
なお、この姿勢ではニーグリップやくるぶしグリップはほとんどしていません。ガニ股とまではいきませんが、多少つま先を開き気味にして、足とシートが密着しないようにしているとのこと。
ヒルクライム中は身体のどこにも力を入れていません。ニーグリップもしてません。では何を意識しているのかというと、バイクが体の下でどう暴れようとも自分の上半身、胴体と頭だけは常に中心を保とうと意識しています。シッティングだとこれがなかなかできないため、スタンディングがベターなのです。
「膝を入れる」ということ
では、ニーグリップなしでどのようにして身体が遅れないようにしているのかというと、それが「膝入れ」です。
「膝を曲げる」とは少し違い、骨盤から連動して膝を前に押し出すイメージです。こうすることでニーグリップしなくても上半身を地面に対して垂直にキープすることができます。
加速した瞬間など、少し肘が伸び気味になった瞬間でも、膝がしっかりと入っています。
さらにトラクションを調整するために膝を大きく入れ、シッティングに近いフォームになることも。でもお尻をシートに預けることはありません。
シッティング時のフォーム管理
最初に説明した通り、ヒルクライムはスタンディングがベターですが、状況によってはシッティングで登らないといけない時があります。それは助走区間がぬかるんでいたりしてトラクションが乗りにくい場合など。あえてシッティングすることでリア荷重を増やしてあげましょう。
シッティングの場合によく見られるのが、身体が後ろに遅れてしまってフロントが上がり、捲れてしまうパターンです。捲れないためには腕でハンドルにしがみ付く必要があるのですが、それを続けているとすごく疲れてしまうため、ロッシ選手はある工夫をしています。
それがこのシート。シートの中央部分のアンコを抜き、抜いたアンコを後端部分に集めてコブが作ってあり、ここにお尻を預けることで腕にかかる負担を軽くすることができます。スピードを出して登っている時はもちろんですが、途中で止まってしまって再発進する時などにも恩恵があります。
実はこちら、ロッシ選手が40代、まだハードエンデューロと出会う前、スズキW1レーシングチーム(チーム監督はミスタースズキの水谷勝氏)に所属し、スクーターでシンクロウィリーをしていた時に発明したアイデアなのだそう。
実際に登っている時はこうなります。腕でハンドルにしがみつかなくても上半身を地面に対して垂直にキープすることができます。
それでもスタンディングに比べるとかなりリア荷重になっており、グリップの良い路面だとフロントが浮いてきて捲れそうになることがあります。これはスピードが乗っていればある程度ごまかせてしまうのですが、もしフロントが浮きそうな気配を感じたらアクセルを一瞬戻してあげたりすると微調整ができます。
足はできるだけステップの上が基本なのですが、もし足を出す場合はバランスを取るための杖代わりに地面に着くイメージで、ずっと出しているのではなく、地面を蹴ったらすぐにステップの上に戻してください。
両足を地面につけて、さらにお尻がシートから浮いてしまうパターンは、トラクションが抜けてしまうので一番良くありません。もし両足を地面に着ける場合でもシートのお尻は絶対に浮かさないでください。
「スピードがないと登れない」
アクセルとクラッチ
ヒルクライムにとってスピードはとても大切です。ヒルクライムを登るときはできるだけ助走区間でマックスのスピードまで持っていきましょう。助走距離が短い時などは半クラッチも使って瞬発力を高めたりするのですが、スピードが乗り始めたらクラッチはすぐに離すようにしましょう。
ヒルクライム中はできるだけ、十分に上まで登り切れるようなスピードで余裕を持って登っていきます。
そして8〜9割に到達して頂上が見え、もう登り切れるな、と思ったらアクセルを緩めたりクラッチを切ったりしてスピードを落とします。
排気量的にギリギリな斜度や高さなら仕方ありませんが、スピードが足りないのにギリギリまで登ろうと頑張ってしまうと、登れなかった時に捲れたり、リカバリーが難しい止まり方をしてしまい、無駄に体力を消耗したりバイクを壊してしまうことがあります。途中でスピードが足りないことに気づいたら最後まで粘らずに、なるべく早い段階で諦めてやり直すことも大切です。
長いヒルクライムになると地形の変化に対応するためにアクセルのオン/オフやクラッチ操作が必要なシーンも出てくるのですが、必要ないところでも半クラッチを使っている人が結構いるように思います。なるべく半クラッチは使わずに微妙なパーシャル域のアクセル操作だけでグリップを回復できるのがベストです。僕は300ccのバイクということもあって、ほとんどクラッチを当てることがないため、一年間一回もクラッチを交換しなくても大丈夫だったりします。
なお、125ccのような小排気量では半クラッチを使わないと登れないヒルも多く存在します。それでもパワーバンドをうまく使い続けて登る鈴木健二選手のような例もありますが……それは達人の域。
ギヤ選択の考え方
ギヤ選択はヒルクライムを攻略する上でとても重要なポイントですが、マシンの排気量やファイナルによっても変わってくるところなので、一言では言えません。今回取材で使用しているいなべモータースポーツランド(三重県)のヒルは1速だとかなり回転数を上げないと登りきれませんでしたが、グリップがかなり良いので2速だと助走を詰めてもだいぶ余裕がありました。
様々なヒルクライムを経験し、自分のマシンならどのギヤが最適かを判断する能力を磨くのもスキルの一つと言えるでしょう。もしわからなければ高めのギヤでアタックし、最後にちょっと届かなそうだったら瞬時にギヤを落とすというテクニックもあります。また、トラクションの悪そうな路面の場合は一つ高いギヤを選択してみると良いでしょう。
例えば125ccとかの小排気量ですと2速が使えないようなシーンも出てくるかもしれません。僕のマシンは300ccなので1速から3速まで幅広く使えます。特に3速が使えるのが大きくて僕は「必殺のサード」と呼んでいます。斜度がキツくなるにつれて3速のスピードと、300ccのパワーが効いてきます。
目線は頂上へ
また、目線はヒルクライムの頂上を見てください。2〜3m先ではなく、頂上です。ついつい大きな木や斜面のコブに目が行きがちですが、やはりバイクは目で見た方向にしか進みません。これはシッティングでもスタンディングでも同様ですね。
途中に段差のあるヒルクライム
写真ではちょっとわかりづらいのですが、実はこのヒルクライムは中段くらいに段差があります。そういった場合にはフロントを沿わせていく方法と、フロントを上げていく方法がありますので、解説していきます。
下から眺めても坂の形がわかりづらいことが多いので、本当は登る前に一度歩いて下見するのがベストです。下見で覚えたラインを正確にトレースする練習をしていると、どんどん上手くなると思いますよ。
レース前の下見ではベストラインを見つけることも大事ですが、スタートして最初のヒルクライムは一番簡単なラインが他のライダーで埋まっていて使えない可能性が高いため、第2、第3のラインを見つけておくことが大事です。僕の場合は一番難しいラインを使うことで一気に順位を上げることが多いです。
①フロントを沿わせていく方法
2枚目の写真だけ斜面の角度が緩やかになっているのがわかると思います。この部分に到達する直前に少しアクセルを緩め、フロントタイヤを斜面の角度に沿わせて走ります。そしてすぐにアクセルを戻し、緩やかなところで加速して次の急斜面を登ります。この方法は登りながらラインを変えることができる反面、フロントタイヤが地面のギャップを全て拾ってしまうため、挙動が不安定になってしまうリスクがあります。また、リアのトラクションも減りますね。
②フロントを浮かせていく方法
この方法はフロントを浮かすためにある程度スピードが必要です。フロントタイヤが浮いているのでギャップの影響も受けず、リアのトラクションが高いのでとても安定して登ることができます。特に路面が濡れていたり、グリップが悪い時には有効です。この方法にデメリットがあるとすればヒルクライム途中でのライン変更が難しいことくらいですね。
どの場面を切り取っても膝が入っていて、上半身はニュートラルなポジション(地面に対して垂直かやや後傾)にあることがわかると思います。
段差が3段になっても同様です。
段差のあるヒルクライムでは身体が遅れないように気をつけています。途中でアクセルのオン/オフがあるため、再加速するときに身体が遅れてしまうと捲れてしまう可能性があるので、それを一番意識しています。また、助走区間が十分にある時は登り始める前に最高速に乗せておくことが基本です。
いかがでしたでしょうか? 次回Vol.6は「ジャックナイフ」になります。お楽しみに!