文・写真:西野鉄兵
首都高から中央道、チョー寒いんですけどぉ……
ようやく明るくなってきた。八ヶ岳の山肌が刻々と浮かび上がる。グリップを握る両手は震えっぱなしだ。SR400は何速の何回転だろうと収まることはない。その振動は手から腕へと伝わり、走行風でジャケットがバタつくのと合わせて、二の腕の血行がよくなる。
少し冷える程度の日なら「天然のグリップヒーターやぁ」なんて呑気に思うのだが、あまりに寒い。手の震えはSRによるものだけではなく、自ら発しているものも合わさっていた。ガチガチと震える生理現象にはシバリングっていう名があるんだってね、最近知った。
時刻は5時50分、気温は2度、我慢の限界、八ヶ岳PAに入る。
東京新宿の家を出たのは3時過ぎだった。シートバッグを積んで、SR400に跨ると、懐かしさがこみあげてきた。小ぶりに見えて不思議と窮屈さはない。足つきが空荷の状態よりさらによくなる。もともとフロントが軽いSRだが、よりいっそう軽くなる。センタースタンドを立てると思いっきりフロントタイヤが浮く。
こんな風にSR400の細身のリアシートに荷物を積んで、10代後半から20代前半の頃、北海道や九州など各地を走った。いま思うと初めて所有するマニュアルミッション車だったため、「ギア車ってこういうもんなんだな」としか感じず、SRの特徴はよく分かっていなかった。
あらためて乗ると、一般的な現行ネイキッドとのちがいを随所に感じる。自分が経験を積んだこともあるが、時とともに周りも変わった。
SRはまず、細い。車体もスレンダーだが、タイヤも細い。で、軽い。ハンドリングも異常に軽い。サスが柔らかい、めっちゃ動く。タンクが低い、荷物を積むとタンクとシートの間に座っているときがある。そしてキックスタート。これが正直面倒くさい。オーナーだったのにも関わらず、毎回ちゃんとかかるかドキドキする。軽く祈りながら踏み込む。
走り出すと、手と足、お尻といったバイクに触れている部分がすべて震える。この振動で引き締まった肉体が手に入ればいいのに、と思う。地面を押し付ける力も強く、ものすごくグリップ力のあるシューズで一歩一歩無駄に力を入れて走っているような感覚だ。
先進装備は何もない。ABSすら備わっていないし、リアブレーキにいたってはドラム式のまま。メーターには、トリップメーターをゼロに戻すダイヤルが備わるのみ。速度と回転数が分かるだけで、時計も燃料計もない。
そんでもって、それらすべてが好きなんだ。
国道152号線で旧木沢小学校に向かう
中央道を諏訪ICで降りて、給油をした。99%高速道路で205km走行、7.4L消費。実測燃費は27.7km/L。
道にも日が差してきたが気温は5℃。頬はずっと冷たい。杖突峠というショートワインディングから、国道152号線の旅が始まる。
進むにつれて山は色づきを増す。木々の香りが濃くなる。美和湖からゼロ地場で有名な分杭峠へ。国道152号線は直線基調の道とタイトな峠が交互に訪れライダーを飽きさせない。
しかし長野県のなかで抜群に人気がある道かというと、そうでもない。ときおりすれ違うバイクはソロのアドベンチャーモデルが多い。
“酷道”と呼ばれることもあり、大鹿村から飯田市上村へ抜ける部分には一部未舗装路もある。大雨の影響などで、通行止めになることもざら。
一部の冒険好きライダーに愛される道だ。今回も完抜けはかなわず、一部迂回して南下した。
正午過ぎ、目的地の飯田市木沢にある旧木沢小学校に到着。ずっと日陰ばっかりの道を走ってきたが、ここはいつも日差しが降りそそぐ。インナーを一枚脱いだ。暖かい。
イベント「モトカフェ木沢小学校」は今回も盛況の様子だ。
2015年から2019年まで、年に数回、この校庭でライダーズカフェが行なわれてきた。2020、2021年はコロナの影響で中止となっていた。
個人的な話だが、あらゆるバイク関連のイベントでこのモトカフェ木沢小学校がもっとも好きだ。何がいいかって、何もないところ。木造校舎の校庭で、美味しいコーヒーを飲む。それだけ。それだけで2015年から毎年一度は参加している。
このイベントは、国道152号線のツーリングをきっかけに知り合った有志の方々と、地域の方々の寛容さによって実現している。入場は無料。
訪れるライダーは、旅慣れたベテランがほとんど。それは装いやバイクのカスタムを見ればひと目でわかる。爆音のマフラーをぶんぶん吹かしたり、騒ぎ声をあげるような人は見たことがない。陽だまりの校庭には、都市部の日常よりもだいぶゆったりとした時間が流れている。
新宿を出て、少しの休憩を取りながらたんたんと約7時間走った。諏訪ICからでも4時間かかった。最寄りの飯田ICからでも約1時間。この行きにくさ、遠さが自然と“ふるい”になっているのだろう。旅好きライダーの楽園は、初開催時から何も変わらない。
旧木沢小学校は、内部も自由に見学できる。木造校舎は昭和7年(1932年)に建てられ、平成12年(2000年)に廃校となった。当時のまま残された教室とともに、資料館的に使われているスペースもある。
この校舎を普段から守り続ける通称・校長先生がいる。猫の“たかね”ちゃんだ。
到着時、たかねちゃんの姿が見られなかったが、帰り際に校庭にやってきてくれた。来場者一人ひとりに挨拶するかのように、回っていく。少し痩せたように見えたが、かわらずにしっかりと歩けていて安心した。
撫でたあとにカメラを出すと、そそくさと離れていった。「野暮なやつだな」とでも言わんばかり。たかねちゃんに会うのはたぶん7回目になるが、顔がしっかり写った写真は一枚も撮れていない。
モトカフェ木沢小学校は、2023年も開催予定とのこと。開催日はじきにホームページでお知らせされるはず。
何か南下の気分、静岡県へ
モトカフェ木沢小学校に訪れる際、いつもそのあとのことは決めていない。というか、遠すぎて決められない。走り切ったあとの気力・体力がどのくらい残っているのかは分からないし、必ず無事にたどりつけるという自信もないからだ。へとへとで到着し、木造校舎の中で昼寝をさせてもらったこともあった。
また、そこで仕入れた情報で旅を続けることも多い。夜の街が面白いと聞いて長野県上田に向かったこともあるし、無料で利用できる陣馬形山キャンプ場がいいよ、とすすめてもらったこともある。ここまでの通り道にある「ライダーハウスR152」に泊まったこともあった。山を上がったところにある日本のチロル・下栗の里で星空を満喫したことも。幸いなことにいつも晴れた。どの夜もいい思い出だ。
今回はどうしようかなと、スマホの地図を眺めていると、ふと思いついた。まっすぐ南下したら、浜松。そのとなりはヤマハ発動機の本拠地・磐田だ。
国道152号線の難所のひとつ兵越峠をのんびり越える。長野県から静岡県に入った。
峠を降り切ると天竜川に沿った快走路が続く。日陰の区間が増えてきた。日の短さを痛感し、ずいぶん久しぶりのツーリングになっていたことを悔やむ。
SR400は絶えず力強い鼓動をあげる。ファイナルエディションは「まだまだ俺はやれるぜ!」とでも吠えるかのように元気だ。
あって当たり前のものがなくなるのは、寂しいものなんだな。
天竜川の河口付近へ着いた。エンジンを一度切ると、何発キックしてもかからなくなった。跨ったまま車体をギリギリまで寝かし、残り少ないであろう燃料を無理やりめぐらせる。目の前を通り過ぎた軽トラが引き返してきた。「兄ちゃん大丈夫か? ああ、SRかぁ大変だなあ」と心配される。
内心恥ずかしいし、焦る。そんなそぶりを見せずに「これがSRのよさじゃないですか!」と強がって踏み込んだ。おそらく20数発目、何事もなかったかのように始動した。
オーナー時代にも思っていたが、なぜか人に見られていると、エンジンがかかる。何発キックしてもかかならいときは、だいたいひとりのときだ。いいかっこうしい、なのか? 機械でありながら人のぬくもりや人間味をこういったところにも感じる。
磐田の街は想像していたよりも静かでこぢんまりしていた。高い建物が少ない。でもお店はたくさんあり、住み心地がよさそう。ビジネスホテルにチェックインし、いい感じの町中華でチャーシュー麺とライスを頼んだ。
家を出てから17時間ほど経っていた。疲れた身体に背脂の浮く醤油スープが沁みわたる。
SRとのかつてのツーリングはほとんどがキャンプか相部屋のユースホステルだった。ただ長旅であまりに疲れたときは格安のビジホを見つけ、食堂でラーメン・ライスを食べた。
いまはチャーシュー麺を堂々と頼めるようになったが、名物そっちのけで町中華を選んでしまったのは変わらない。
久々にSRに乗ってひと安心した。バイク旅の面白さもずっと変わっていない。
文・写真:西野鉄兵