ちょっとドラマな名車ブランドヒストリー
この記事をアップするのは2023年11月1日。本日、月刊オートバイの23年12月号が発売されます。
12月号、ということはもう月号の上では2023年、もうすぐ2024年です! そこで、Webオンリーの新企画、スタートします。題して「あの時きみは若かった~名車列伝」。スパイダースの名曲からタイトルをいただきました。
本誌でも何度も取り上げている名車列伝ですが、それを時系列じゃなくて、車種とブランドで切り揃えていきます。タイムリーな切り口をフックに、数ある名車をブランドごとに、タテ軸ヨコ軸を取り混ぜて紹介していこうと思います。
終わりゆく2023年といえば「周年記念」でいうと、1973年から50周年。83年から40周年、93年から30周年、2003年から20周年。1963年というと、ホンダはベンリィ、スズキはコレダなどのネーミングのモデルが発売されていた時代で、トーハツやライラック、ブリヂストン、メグロといったメーカーもあった、クラシックすぎる、オールドタイマーな時代。20周年も、まだまだ記憶の新しい頃なので、このコーナーでは30~50周年くらいまでをピックアップします。
1973年と言えば、カワサキ750RS(=Z2)のデビュー年。
83年は ホンダMVX250FやCBR400F、スズキRG250Γが誕生し、93年はRVF(=RC45)、国内仕様のGSX1100Sカタナが生まれた年。この中では、やはり「40周年」、1983年の印象が強い。その後に吹き荒れる、俗に「レーサーレプリカブーム」前夜、バイクブームが巻き起こります。
時は1980年にRZ250が「250ccスポーツ」の扉を力強く開けたあと。
それまでは、250ccといえば400ccと車体を共有してエンジン排気量を250ccとした「お下がり」だったり、軽量コンパクトを前面に押し出したスモールモデルだった。スポーツバイクではRG250/Eやホーク250T、XL250SやZ250FTが人気。それを、RZ250がひっくり返すのだ。
それくらい、RZ250はライバルとはレベチのスポーツバイクだった。高出力の2ストロークエンジンは、当時誰も予想していなかった水冷エンジンで、リッターあたり140psをマーク。先代モデルRD250の30psから35psにアップし、エンジン単体重量はRD400と比較して12%、フレームも20%の軽量化を果たしていた。モノクロスサスペンション、チャンバー型マフラーも、ヤマハのロードレーサーTZ250をイメージしたものだった。TZレプリカ、なんて言葉も生まれていたように思う。
まだまだ大型免許が高嶺の華だった時代、当時は中免と呼ばれていた普通二輪免許クラスの人気をひとり占めしたRZ。79年11月の東京モーターショーでニューモデルとして発表されると、全国のヤマハ販売店に予約が殺到。納車半年待ちは当たり前、12カ月待ちなんてことも珍しくない大人気で、80年8月に発売されると、81年まで250ccのベストセラーに輝いてみせる。あまりのRZ人気に、RZ以外のヤマハスポーツまで売れに売れた、そんな時期だった。
すると当然、そのRZを打倒せんと、ライバルメーカーも動き出す。
その先鋒はホンダVT250F。2ストロークのRZに4ストロークのVTで戦いを挑むのは、まさに当時の世界グランプリレースで、YZR500にNR500で挑んだホンダらしいチョイスだったが、VTはRZの快進撃をストップさせたものの、こと「速さ」でいえば、まだまだRZの圧勝。VTは4ストロークエンジンらしい乗りやすさで爆発的人気を得たのだった。
RZとVTが250ccスポーツを大人気カテゴリーに押し上げたのちの83年。ついに第3の男が動き出す。RZ以前のナンバー1スポーツだったRG250を擁していたスズキだ。
RZの大成功を見て、RGの2ストロークエンジンを水冷化したニューモデルを開発しよう、と進めていたスズキがRG250Γを発売するのだ。
このΓショックが、250ccスポーツのカテゴリーをさらに大炎上させる。
<つづく>
写真/モーターマガジンアーカイブ 文/中村浩史