「新品のタイヤは滑りやすい」というのは、一般的な常識として知られていることだと思います。しかし、なぜ滑りやすいのか? どのくらい走ると本来の性能を発揮できるのか? などは、経験と知識がなければ分からないことでしょう。ベテランテスター・太田安治氏が長年行ってきた皮剥き方法は、初心者の方にも参考になるはずです。
以下、文:太田安治

新品タイヤが滑りやすい理由

納車時やタイヤ交換後に、お店の方から「新品タイヤは一皮剥けるまでは滑りやすいので気を付けてください」と注意されることがあります。とは言ってもタマネギのように表面を覆っている皮がペロリと剥けるわけではありません。『タイヤの表面が僅かに擦り減った状態』をイメージしてください。

新品タイヤが滑りやすい理由として、タイヤはゴムを金型に入れて熱成形するため金型から外した状態では表面が平滑、かつ熱による皮膜が形成されていることと、金型からタイヤを外しやすくする離型剤が表面に付着していることがある、の二つが挙げられます。

トレッド部(タイヤが路面と接する部分)を指で撫でると、新品タイヤはツルツルで硬く、走行したタイヤはザラザラで柔らかい感触です。これは走行によって表面の皮膜が削れ落ち、同時にトレッド面が動いてゴム質が活性化するからです。この状態を「一皮剥けた」と表現しています。

画像: ▲識線(写真ではフロントタイヤの赤い線)は普通に走っていれば自然に消えるので気にする必要はない。 IRC・RX-03 SPEC Rのサーキットテスト|写真:南 孝幸  www.autoby.jp

▲識線(写真ではフロントタイヤの赤い線)は普通に走っていれば自然に消えるので気にする必要はない。
IRC・RX-03 SPEC Rのサーキットテスト|写真:南 孝幸

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新品タイヤでの走行で意識したいこと

僕を含めたメディアのテスターは、支給されたタイヤのテストはもちろん、車両メーカーの広報車が新車だったり、タイヤ交換直後だったりと、新品タイヤを扱う機会がよくあります。そこでの経験を元に、皮剥きの具体的な方法を紹介しましょう。

画像: ▲テストではタイヤのキャラクターを云々する以前に、皮剥きとウォームアップが必須。 ダンロップ・ロードスマート4の試乗会|写真:南 孝幸 www.autoby.jp

▲テストではタイヤのキャラクターを云々する以前に、皮剥きとウォームアップが必須。
ダンロップ・ロードスマート4の試乗会|写真:南 孝幸

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濡れた路面は摩擦力が低いので「急」の付く加減速や深いバンク角でのコーナリングを避けることは常識ですが、これは摩擦力の低い新品タイヤにもそっくり当てはまります。

トレッドの中央からトレッド面の半分程度までは普通に走っているだけで接地するので、市街地で右左折を丁寧に行いながら3km程度走れば最低限の皮剥きは完了です。走行後にトレッド面を触り、剥けた部分と剥けていない部分の感触を確認してください。トレッド面にヒゲ(専門用語でスピュー)や赤、緑、黄色、白などのライン(専門用語で識線)や文字が残っていると気になるでしょうが、これらは製造工程と管理の都合で付いているものなので無視して大丈夫です。

特に注意が必要なのは、ショルダー(トレッドの端部分)までの皮剥きです。これが不充分だと、寝かし込んだ途端にフロントタイヤがイン側に切れ込んだり、スロットルを開けたときにリアタイヤがアウト側に流れ出すことがあります。バンク中にタイヤが滑るとバンク角は深くなっていくので、転倒の危険性が加速度的に増えます。「走り出して最初のコーナー(または交差点)で転んだ」という話をよく耳にするのはこれが原因です。

この対策として特効薬的な方法はありません。『徐々にバンク角を深くし、皮が剥けた面積を広げていく』しかないのが現実です。

画像: ▲新品タイヤの皮剥きはウエット路面の走行をイメージして丁寧に操作する。 ミシュラン・ロード6の試乗会 www.autoby.jp

▲新品タイヤの皮剥きはウエット路面の走行をイメージして丁寧に操作する。
ミシュラン・ロード6の試乗会

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僕が新品タイヤで走り出すときは「ベッタリと濡れている路面」をイメージします。ブレーキとスロットル、ステアリングといった操作すべてを「じんわり」と行い、手足に伝わってくる感覚に集中しながらペースを上げていくのです。タイヤ銘柄と路面温度で差が出ますが、多くのツーリングタイヤやスポーツタイヤは本格的なサーキットなら2周、ミニバイクコースなら5周、峠道なら2km、市街地で5km程度走れば手応えが安定してきます。

なお、市街地走行だけでショルダー部まで完全に皮を剥くことはかなり困難です。俗に言う「あまリング」は、リム幅とタイヤ幅、装着しているタイヤのプロファイル(断面形状)によっては接地しない部分が残って当たり前なので、神経質になることはありません。ただし、サーキット走行性能を重視した純正装着以外のスポーツタイヤは、皮剥きが完了してもタイヤの表面温度が上がらないとグリップ力が高まりません。レース専用タイヤのようにタイヤウォーマー必須ではありませんが、慎重なウォームアップが必要です。

画像: ▲トレッド面を手で触り、全体にザラついた感触になっていれば皮剥きは完了。 IRC・RX-03 SPEC Rのサーキットテスト|写真:南 孝幸 www.autoby.jp

▲トレッド面を手で触り、全体にザラついた感触になっていれば皮剥きは完了。
IRC・RX-03 SPEC Rのサーキットテスト|写真:南 孝幸

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画像: ▲俗に言う「あまリング」は、公道走行なら残っていて当たり前。僕のBMW・S1000Rは中古での購入時走行距離が3000kmだったが、リアタイヤ(ダンロップ・スポーツスマートMK3 )は200/55-17と太いこともあって両端25mmほどが残っていた。

▲俗に言う「あまリング」は、公道走行なら残っていて当たり前。僕のBMW・S1000Rは中古での購入時走行距離が3000kmだったが、リアタイヤ(ダンロップ・スポーツスマートMK3 )は200/55-17と太いこともあって両端25mmほどが残っていた。

画像: ▲タイヤ銘柄によってはスピュー(ヒゲ)の多い製品もある。走り始めの数kmはハンドリングにグニャ付き感があるが、すぐに消えるので心配は要らない。 IRC・スノータイヤSN26|写真:柴田直行 www.autoby.jp

▲タイヤ銘柄によってはスピュー(ヒゲ)の多い製品もある。走り始めの数kmはハンドリングにグニャ付き感があるが、すぐに消えるので心配は要らない。
IRC・スノータイヤSN26|写真:柴田直行

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新品タイヤの裏技的皮剥き方法と注意点

最後に、皮剥きに関してとかく話題になる方法を紹介しましょう。パーツクリーナーをウエスに吹き付けてショルダー部を拭く、クレンザーや家庭用洗剤を付けてブラシで洗う、平ヤスリや柔らかい真鍮ブラシで擦る、という作業です。ロードレースやジムカーナといった競技で実行している人が居ることは事実で、僕も現役時代には走行直前にパーツクリーナーでせっせと拭いていました。

確かにこれらの作業でトレッド面の光沢は薄れ、指で触ったときの摩擦も増えます。しかし路面との摩擦、荷重変化による接地面の動きが加わらないのでゴムの活性化は起きていません。表面の皮膜を落としても走行による皮剥きと同じ効果は得られないので、「おまじない」程度と考えたほうがいいでしょう。しかも溶剤やアルカリ成分、界面活性剤がゴム質に悪影響を与えることも考えられます。

厳密に言うと、新品タイヤは皮剥き以外にも「慣らし」が必要です。新品タイヤを装着しただけの状態ではタイヤのビードとリムの嵌合が均一ではない場合があること、走行によって外径成長(膨張)が起きることが理由ですが、公道走行で気にすることはありません。50km程度走れば「慣らし」は自然に完了するので、空気圧の再調整を行ってください。

新品タイヤの皮剥きは慎重さが要求されますが、それだけにライダーのセンサー能力を鍛える絶好のチャンスです。タイヤ銘柄や空気圧を云々する以前に、加速、減速、バンクでの反応を感じ取ってください。さらに前後タイヤの特性バランス、サスペンションセッティングとの関係までが気になってくれば、あなたのセンサーは上級者レベルです。

と偉そうに書いている僕も、タイヤの進化に遅れないよう、センサー能力と判断力のブラッシュアップを現在進行形で心がけています。

画像: ▲最も手早く皮剥きとウォームアップが行えるのは、小さなコーナーが多いミニバイクコース。写真は新品タイヤで走り出して5周目のカット。よく見るとフロントタイヤに青い識線が残っている。 IRC・RX-03 SPEC Rのサーキットテスト|写真:南 孝幸 www.autoby.jp

▲最も手早く皮剥きとウォームアップが行えるのは、小さなコーナーが多いミニバイクコース。写真は新品タイヤで走り出して5周目のカット。よく見るとフロントタイヤに青い識線が残っている。
IRC・RX-03 SPEC Rのサーキットテスト|写真:南 孝幸

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画像: 「新品タイヤの皮剥き」について考える【5000台のバイクに試乗したテスター太田安治の雑学コラム】

太田安治(おおた やすはる)

1957年、東京都生まれ。元ロードレース国際A級ライダーで、全日本ロードレースチーム監督、自動車専門学校講師、オートバイ用品開発などの活動と並行し、45年に渡って月刊『オートバイ』誌をメインにインプレッションや性能テストなどを担当。試乗したオートバイは5000台を超える。現在の愛車はBMW「S 1000 R」ほか。

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