先日発表されたiRCタイヤ(井上ゴム工業株式会社)の新作オフロードタイヤ、GX20 SOFTのテストが関東某所で開催されるという情報をキャッチし、取材をさせてもらうことにした。スタンダードのGX20や、開発中というウワサのあるGX20 GEKKOTAとの違いはどの程度なのだろうか。
GX20 SOFTはなぜ生まれたか
iRC
GX20 SOFT
サイズ:140/80-18M/C 70M
公道走行可
GX20はFIMエンデューロ世界選手権で指定されているいわゆる“FIMタイヤ”で、通常のオフロード/モトクロスタイヤ(IRCだとIX-09wやVE33など)と違い、公道走行できる(DOT規格などの取得)こと、ブロックの高さが13mm以下であることなどの制限の元で開発されている。日本国内ではJEC全日本エンデューロ選手権やJNCC全日本クロスカントリー選手権のゲレンデステージなどが一部クラスにこのFIMタイヤ規制を採用している。今回新発売されたGX20 SOFTはその名の通り、GX20よりも柔らかいコンパウンド(タイヤに使われるゴムの材料)を使用したタイヤとなる(※1)。通常、柔らかいコンパウンドのタイヤは硬いタイヤに比べて、路面形状に合わせてより潰れやすくなるため、接地面積とグリップ力が大きくなるメリットがある。
編集部注※1:オートバイ用タイヤの場合、HARD/SOFTという表現はロード用とモトクロス用ではその対象となる物が違う。ロード用でのHARDとはコンパウンドそのものの硬さを指すが、モトクロス用は路面側の硬軟を指す。そのため、同じHARDでもコンパウンドは真逆となるケースがあるので注意が必要だ。若干ややこしいのだが、このFIMエンデューロタイヤではロード用と同じ表現となるため、今回扱うGX20のSOFTとはコンパウンドが柔らかいことを指している。FIM規格を求めるエンデューロシーンの多様化により、メーカー側もコンパウンド別にエンデューロタイヤをラインナップするケースが増えてきている。
無印のGX20はJECのトップライダーがテスト区間をハイスピードで走ることを想定して作られているため、もう少し走破力を向上させた方が初心者や中級者にはありがたいという意見があった。このGX20 SOFTはその部分をカバーするために作られたものだ。ところが実際に開発してみると路面によってはトップライダーにも恩恵があることがわかった。
iRCではエンデューロタイヤのラインナップに特別柔らかいコンパウンドを使用したGEKKOTAシリーズを発売しており、これらはまさに岩盤や木の根などに特化したタイヤとして、ハードエンデューロライダーを中心に国内外で愛用されている。
ではGX20 SOFTはこのGEKKOTAと比較してどのくらい柔らかいのだろうか? IRCの開発担当者によると、無印のGX20を0、GX20 GEKKOTAを10とすると、GX20 SOFTは4〜5、という位置にあるそうだ。
なお、柔らかいゴムを使っていると言ってもタイヤ全体が柔らかいわけではない。柔らかいのはブロックを含むトレッド面(サイドウォール以外)のみで、サイドウォールはGX20とほぼ同じ硬さを維持している。つまり、GX20 SOFTはJX8 GEKKOTAと同じようにデュアルコンパウンドを採用していることになる。
タイヤを横から見てみると、コンパウンドの違いで色がくっきりと分かれていた。実はGX20でもサイドウォールとトレッド面はコンパウンドが異なっているが、GX20 SOFTではその差がより大きくなっているのだ。
また、もう一つGX20からの変更点としては、トレッド面のゴムの厚みを少しだけ厚くしている。トレッド面のゴムは厚すぎるとタイヤが重くなってしまうが、薄すぎるとまるで風船のようにクッション性のない特性になってしまうため、そのバランスを追求して開発を進めていったのだという。
新しいオールラウンドFIMタイヤ
石や根っこだけでなくカチパン路面でも高性能
テストライダーを務めたのはJNCC2023 COMP-AA2クラス ランキング4位の内嶋亮。マシンはKTMの250XC(2024年式)だ。
コースは内嶋の所有するプライベートコース。ジャンプ、コーナー、ヒルクライム、ウッズ、ロック、丸太など豊富なシチュエーションが用意されており、土質は全体的にまぁまぁ柔らかめで一部ウェット、ウッズの中は落ち葉も積もっていて、タイヤのテストにはうってつけと言える。iRCのヘビーチューブを用い、空気圧はいつも内嶋がGX20で採用している0.4kgf/㎠でテストを行った。
フロント: 90/90-21M/C 54R GX20F(STD) 空気圧 0.5kgf/㎠
リア : 140/80-18M/C 70M GX20(SOFT) 空気圧 0.4kgf/㎠
この日の最高気温は9℃。新品タイヤということもあって最初はゴムがかなり硬く、30分ほど走行すると、程よい柔らかさになってきたようだ。
ブロックの高いモトクロスやエンデューロのタイヤでは、ブロックを使って土を掻き、バイクを前進させる考え方が一般的だ。それに対してブロックの高さに制限のあるFIMタイヤでは、タイヤをしっかり潰すことで接地面積を増やし、グリップを稼ぐことができるため、柔らかい土よりも硬い土の方がグリップ力が向上する傾向がある。
モトクロスコースではコーナーに轍やバンクがあり、タイヤを滑らせなくても走れるようになっていることが多いが、クロスカントリーではフラットなコーナーが多く、タイヤをうまく滑らせられるかどうか、はタイムの安定性に大きく影響する。iX-09W GEKKOTAなど、ブロックが高く柔らかいコンパウンドのタイヤを使うとコーナーでブロックがヨレてしまってスライドコントロール性が悪くなることがある。また、エンデューロタイヤの中でも特別ブロックが高いM5Bではブロックの角が引っかかり、思うようにスライドさせられなかったり……。その点、GX20はブロックを含むタイヤの外形が綺麗な円形を描いており、滑らせやすいというメリットがある。GX20 SOFTではブロックやトレッド面は柔らかいものの(GEKKOTAほどではないが)、サイドウォールの硬さとブロックの形状のおかげでヨレは軽減されており、GX20が持っていたスライドコントロール性能の高さをほぼそのまま受け継いでいる。
ガレセクションや丸太のグリップ性はもちろん、GX20よりも向上している。コンパウンドが柔らかいことでタイヤのゴムが石や木に粘りつき、空転を防止する。一度でもGEKKOTAシリーズを使ったことのあるエンデューロライダーならば、その恩恵に感動したことがあるはずだ。先述した通り、GX20 SOFTのコンパウンドはGEKKOTAに比べれば半分ほどの柔らかさだが、履き比べれば誰もがその効果を体感できるだろう。
土のヒルクライムはGX20とほぼ同等の性能だが、途中に根っこや石がある時にはやはりGX20 SOFTに軍配が上がる。
もう一つ気になるのが、耐久性だ。コンパウンドが柔らかいということは、ゴムが削られやすいということだ。内嶋が約1時間乗車したGX20 SOFTは開発陣の不安を他所に、想像以上の耐久性を示した。これならばJNCCのCOMP-GPでもレース中にブロックが飛んでしまったり、グリップを極端に失うほど削れたりすることもなさそうだ(一部トップライダーを除く)。
タイヤは新品の状態が最も剛性が高くなるように設計されている。使用開始とともにタイヤのトレッド面の中にあるカーカスと呼ばれる繊維が緩み、徐々に剛性が落ちていくという。実際に使用前と使用後のタイヤを触ってみると、明らかな違いがあった。トップライダーの中にはレース中にフィーリングが変化することを嫌い、レース前に30分くらい使用してから本番に投入するライダーも多い。内嶋もその一人だ。
内嶋曰く「新品タイヤを使うと、スタートした直後の硬さに驚くことがあります。30分くらい乗ると、だいぶこなれて性能が安定してくるので、僕はレース前に必ず30分くらい使うようにしています。これはMTBでは昔からよく使われてきたノウハウなのですが、バイクだとまだあまり広まっていないので、ぜひ試してみてください」とのこと。
JNCCは八犬伝以外、これ一択で良いかも
内嶋亮
「GX20と同じコースで乗り比べてみて一番印象に残ったのは、根っこの多いウッズの中でのコントロール性の高さですね。根っこに対して柔らかいゴムが吸い付くようにグリップしてくれるので、バイクが暴れにくくなります。
また、丸太に当たった時のクッション性もGX20 SOFTの方が良いですね。意図的に強く当ててみたのですが、思ったほど弾かれずに好感触でした。例えば周回コースの中に設置された丸太に1回強く弾かれてしまうと、2周目からもそれを思い出して臆病になってしまうんです。また、撫でるように丸太を越える時はゴム質に大きく依存すると思うのですが、試しに斜めに進入してみてもGX20に比べて滑りにくさを感じました。もちろん全く滑らないわけではありませんが……例えるならVE-33s GEKKOTAの感触に近いですね。
あと硬い路面の開け始めはやっぱりGX20よりもグリップしますね。明らかにゴムがしっかり食う感じがします。具体的に言うとゆるいコーナーの立ち上がりでスロットルを軽くひと開けする時に、バイクを前に押し出してくれる感じがあります。その反面、ちょっとぬかるんだ路面だとGX20に軍配が上がる気がします。とはいえさほど大きい差ではないですね。
JNCCだと晴れたテージャスランチとかプラザ阪下の硬い路面で使ってみたいと思いますね。あとはWEXのオフロードヴィレッジ。どこもFIM規制のあるコースではありませんが、路面が硬いとブロックが高いメリットは何もなくて、逆にブロックが高いと寝かせた時にブロックの角が引っかかったり、どこかで急にグリップを失ってしまう瞬間があるんです。実際に僕は去年のテージャスランチはGX20で走りましたし、他のトップライダーでもFIMタイヤをチョイスしている人がいました。ああいった路面はブロックが低くてヨレにくいFIMタイヤで、それでいてゴム質が少し柔らかいタイヤが向いていると思います。サーキットでハイグリップタイヤが使われるのと同じ理屈ですね。
または難しい登りがあるゲレンデ……例えば高井富士の“BBロック”とかも良いと思いますね。去年の芸北国際はガレて滑りやすい登りがあって、FIMタイヤ規制のあるFUN-A/Bクラスのライダーさんがすごく渋滞している横を、タイヤ規制のないFUN-Cクラスのライダーがスルスル登って行ったりしていましたが、これを履けばあの登りももう少しグリップするようになると思います。あとは丸太の多いエコーバレーですかね。
あとFIMタイヤを履くと下りが怖い、という意見をよく聞きます。今まではリアタイヤのブロックハイトに任せてリアブレーキを強く踏んでタイヤをロックさせて降りていたのが、FIMタイヤで同じことをするとブロックが低いから減速できず、急に滑って転んじゃうんですね。SOFTコンパウンドでも止まれないのは変わらないのですが、滑り出しが緩やかなので転倒のリスクは減ると思います。
おそらくJNCCに出ているライダーさんの多くは“速く走れるタイヤ”よりも、“ちゃんと周回できるタイヤ”を求めていると思います。今までブロックの高いエンデューロタイヤで登れていたヒルクライムが、FIMタイヤになったら登れなくなってしまったとか、何回もやり直して時間をロスした、というのは成績以前にレース自体が楽しめませんから、切実な問題ですよね。しっかり加速できたり、タイヤをちゃんと押し付けられるテクニックがあればGX20でも問題なく登れるのですが、それができない人はゴム質に頼るのが良いと思います。また、ウッズやヒルクライムで止まってしまって、リアタイヤの前に根っこや石がある時などはかなり再発進が楽になります。特に石に関してはGX20と大きな差があるように感じました。低速になればなるほど恩恵があると思いますね。
今まではiRCのFIMタイヤはGX20の一種類だったので、それがオールラウンドで使われていたのですが、今後はGX20 SOFTがオールラウンドになっていくと思います。少し極端に言うと、今のJNCCのコースだと八犬伝以外はこれ一本でいいかもしれませんね。トップライダーにも恩恵はありますが、COMP-RクラスやFUN-Bクラスくらいのライダーさんにとっては、かなり使いやすい特性になっていると思います」
iRCの厳しい社内基準をクリアし
公道走行可能となったGX20 SOFT
また、GX20 SOFTの開発テストにはJECやハードエンデューロ、さらには林道ツーリングまで幅広く活動する和泉拓が参加していたというので、電話取材をお願いした。
和泉拓
「柔らかいコンパウンドだけど剛性はあって、石や木の根での再発進に強いのが印象的でした。ガレているゲレンデにはかなり有効ですね。GX20で問題なく走れる人でも、GX20 SOFTを履けば、より気を遣わずに走れると思います。JECだとやっぱり日高、特にルートが難しくてオンタイムで回れるかわからないという人にとっては大きな武器になると思います。また、石や根っこでリアタイヤが横滑りしてしまうと、転倒しなくても疲労が蓄積してくるんです。例えばGX20だと5cm滑るところがGX20 SOFTを履くことで2cmの滑りに抑えられれば、それだけでスタミナの持ちが全然変わってくるんです。ちゃんとタイヤを潰せなくてもグリップが良いので、マディコンディションの山の中でも良かったです。ただし空気圧を0.2kgf/㎠以下にするとブロックがヨレ始めてグリップ力が低下してしまうので、下げたい場合でも0.35kgf/㎠くらいが適値だと思います。あと来年はJECにプラザ阪下が入っていましたが、阪下のような土なのにブラックマークがつくようなカチカチの路面にも向いていると思います。SOFTなのでブロックは減りやすいですが、ブロックが減ってもグリップ力はさほど低下しないのも特徴です。
僕は高速道路でのテストはまだできていませんが、GX20よりも接地面積が増えるのでアスファルトに強いと思います。雨のスリッパリーな路面でも滑り出しが唐突じゃないというか……。日本では公道走行の可否は法律では決められておらず、メーカーが判断して商品に対して謳うものなのですが、国産タイヤメーカーであるiRCが公道走行可と判断したということは、ものすごく厳しい社内基準をクリアしているはずなんです。例えばセロー250に履かせてタンデムで雨の高速道路を走っても大丈夫なようになっているのだと思います。そういう意味では林道ツーリングでも安心して使えるタイヤになっているはずなので、早く完成品を履いてみたいですね」