世界への近道、アジア・タレント・カップ
この週末、鈴鹿で行なわれたアジア選手権。その併催イベントとしてIDEMITSUアジア・タレント・カップ(IATC)が行なわれました。言うまでもなく、この選手権は2014年からスタートした、セレクションを勝ち抜いて参加できる若手育成のジュニアカップ。昨年まではシェルアドバンスが、今シーズンからは出光興産(=IDEMITSU)が支援してくれています。MotoGPのオーガナイザーとして知られているDORNA管轄で行なわれている、世界グランプリを見据えた選手権ですね。
IATCは現在、世界グランプリへの最短距離と言われている選手権。かつて80年代中盤あたりには、全日本選手権を勝ち抜いて、それが認められてメーカーのワークスチームに抜擢され、そこから世界グランプリへ、というルートがあったんですが、現在は全日本選手権に参戦するワークスチームはJSBクラスのヤマハ・ファクトリー・レーシングのみ。
かわってクローズアップされてきたのが、この「タレントカップ」シリーズで、今シーズンから世界選手権moto3に参戦している佐々木歩夢がこのアジア・タレント・カップ(=ATC)、さらに2017年の「レッドブルルーキーカップ」を勝ち抜いたチャンピオンです。ちなみに、同じく今シーズンから世界選手権moto3に出場している鳥羽海渡もATCチャンピオンを獲得してグランプリ参戦を手繰り寄せたのです。同じような意味合いを持つ「レッドブル・MotoGPルーキーカップ」にもアジア・タレント・チームとして参戦枠を設けられています。
今シーズン、この選手権に参戦している日本人ライダーは8人。22人が参加する選手権に日本人8人は多いんじゃないの、って言ったって、セレクションを勝ち抜いての8人なので、国別比率なんかは関係なし! ちなみに日本以外からは、オーストラリア、インド、マレーシア、フィリピン、タイ、トルコからライダーが参加して、年齢は13歳から21歳。中学生高校生が出場してるってことです。
マシンはホンダNSF250Rワンメイク。同時に、ライダー装具もワンメイクで、ツナギやブーツ&グローブはアルパインスターズ、ヘルメットはアライヘルメットがサポートしています。僕ら取材する側からしてみたら、誰が誰だか、なんとも分かりにくいシステム(笑)なんですが、なるべくイコールコンディションに近く、ジュニアライダーに一流のギアを使用させる、という趣旨ですね。ヘルメットもツナギも、この世代のジュニアライダーはガンガン行きすぎるので、運動性や安全性も一流でなければナラヌ、というわけです。
さすがにヘルメットのカラーまで統一されちゃうとコレハもうお手上げなので、そこは助かった(笑)。大集団で同じカッコのライダーが迫りくるシーンは、ちょっと不気味というか圧巻というか、まぁそれが各種タレントカップの特徴なんですね。
走りだけでなくトップライダーの帝王学も学ぶジュニアたち
ここで、参戦ライダーたちはレースをするだけじゃなくて、ワールドクラスのライダーになるためのトレーニングを受けます。走り方やレースの組み立てはもちろん、インタビューの受け答えや、英語とかスペイン語、つまりGPのパドックの供用語のレッスンです。
「セレクションの時もですが、受かった後も、自転車トレーニングやランニングをして、語学、メンタルトレーニングの時間もあります。もちろん、バイクに乗る時間も多いし、日本で自己流で練習やトレーニングしている時とは大きく環境がかわりました」というのは、セレクションを通過した斎藤魁。斎藤も、そうやってワールドクラスへの階段を踏みだすきっかけをもらえたわけですね。
こうやってジュニアのライダーが速くなり、上手くなり、強くなり、一人前のライダーに育っていく、ってこと。もちろん、その成果は、佐々木歩夢や鳥羽海渡が証明し始めようとしています。
通常IATCは、各インタナショナル選手権に併催されます。これまで日本で開催されていたのは、ツインリンクもてぎで行なわれる日本グランプリでの併催だけだったんですが、この鈴鹿で初めてアジア選手権と併催されました。今シーズンのスケジュールは、開幕戦がWSBKのタイ大会、第2戦はMotoGPのカタールGP、第3戦がこのアジア選手権で、第4戦はWSBKマレーシア大会、第5戦は日本GP、第6戦はMotoGPのマレーシア大会に併催されます。ローティーンのライダーに、早くから海外レースを体験させるシステムですね。特に今回は、同時にエリア選手権である鈴鹿選手権(しかも同じマシンを使用するJ-GP3クラス)が開催されていたので、鈴鹿選手権のライダーはIATCのライダーの走り、雰囲気、そしてアジアレベルを知るに絶好のチャンスだったんじゃないでしょうか。IATCの走行時間には、ピットまわりに国内のジュニアライダーが鈴なりで、食い入るように走りを見ていたのが印象的でした。いつかはオレも――と思わなきゃウソだもんね。
レース1、レース2とも勝負は最終ラップのシケインへ!
そしてレースは、土曜と日曜に2レース制で開催されます。
土曜のレース1は、スタートから埜口遥希(15)、山中琉聖(15)、アズロイ・アヌア(マレーシア・17)、國井勇輝(14)、カン・オンジュ(トルコ・13)、さらにデニス・オンジュ(トルコ・13)がトップグループを形成。レース中盤には、トップ争いにさらに3台くらいが加わり、やがて4台ほどに減り、この中からデニスが転倒で姿を消すものの、あとはずっと5台による集団のままバトルが続きます。最終ラップまで続いたトップ争いでは、シケインに真っ先に飛び込んだ埜口を山中が抜きにかかり、しかし止まりれなかった山中を横目に、理想のラインで立ち上がった埜口がシーズン初優勝を挙げました! フィニッシュラインぎりぎりまで埜口を追い詰めたアズロイが2着、さらに國井が3着に入りました。
そして日曜のレース2では、スタートから埜口と山中が逃げ始め、そこに今大会に急きょ出場することが決まった全日本ライダー、中島元気(17)、カン・オンジュ、アズロイが加わって5台が先頭集団を形成。しかし、その後方にはまた3台ほどが追いついてきて、一時は10台近くがトップ争いをすることになります。最終的にはオンジュ、山中、アヌア、埜口、國井の5台が残り、またも勝負はファイナルラップ、シケイン勝負!
ここでシケインに山中がトップで進入すると、シケイン通過直後にハイサイドを食らって単独転倒! そこに僅差で詰めていたオンジュ、アズロイが突っ込み、埜口がイン側のダート、國井がアウト側のオンコースへ逃げ、加速できなかった埜口を制して國井が優勝を挙げたわけです。國井はカタール大会に続いて今シーズン2勝目。レース1を勝った埜口がランキングトップへ、レース2を勝った國井がランキング2位に浮上したレースとなりました。
速く走る以外に、勝つために必要なことを学べるタレントカップ
土を曜、日曜とも、勝った埜口と國井はもちろん、トップグループにつけていたライダーがすべて戦略を持って、最終ラップのどの位置で何番手あたりにつけておくか――というレース組み立ての駆け引きと、そこにつなげるようにレース運びを逆算するというか、そういう老獪なレースするなぁ、って感じでした。これは、これまで数シーズン見てきた中でも、この戦略的駆け引きという側面がより複雑になっているような感じがしました。ただ速いだけじゃ勝てないのはもちろん、ではフルタンクのバイクが重いとき、タイヤが消耗してきた終盤戦、そして競り合いになったらどういう走りをするか、という面を勉強しながら走ってるんです。すげぇ、こんなジュニアがどんどん育ったら、またGPで日本人がばんばんトップグループを走るようになるかもしれないなぁ。
IATCの総合ディレクターは、トップライダー製造機、名伯楽といわれるアルベルト・プーチ。長く務めたダニ・ペドロサのマネージャー兼コーチののち、このタレントカップのコーチに就任しました。
「スズカのコースはライダー目線で言うと、すごく興味深い。難しいトラックだけれど、ここでレースすると、ライダーはすごくいい勉強ができる。レース1は転倒もなく、ライダーがクリーンにフェアに戦った。レース2の最終シケインでの転倒は、好レースではよくあることだ。深刻なケガがなくてよかったと思うよ。日本大会はいいレースになった。どちらもトップグループ、セカンドグループに分かれたし、それは予期していたこと。次にレースが楽しみだよ」
考えてみれば、いまグランプリで走っている、特にmoto3のライダーは、日本がちょっとレースブームにウカレて、若手育成をうまく線でつなげられていなかった頃に、そういう育成システムを作り上げていた国のライダーがほとんどですからね。遅まきながら始まったタレント・カップを見ていると、スペインやイタリアに追いつくのも、そう遠くはないかもしれない気がしたIATCでした。
そんな目でグランプリのmoto3クラスを観戦すると、もっと楽しいよね。たとえば(ネタバレになっちゃうけど・笑)スタートからゴールまで20台もの大集団でトップ争いを繰り広げたイタリアGPを勝ったアンドレア・ミーニョはVR46、つまりバレンティーノ・ロッシの育成プログラム出身だし、アーロン・カネットはエストレージャ・ガルシアがCEV(スペイン選手権)から育ててきたライダーだし、ジョン・マクフィは文字通りブリティッシュ・タレントチーム。
もちろん、この中に8位フィニッシュを遂げた佐々木歩夢がいるってのも忘れちゃいけないこと! 佐々木も、レース終盤についに一瞬だけトップにたちましたし、これで次のレースからはひと回り経験という鎧を身につけた佐々木が見られるかもしれません!
日本の夜明けは近いぜよ!