雨中の試乗でも楽しめてしまう素性の良さと電子制御の恩恵
試乗当日、ヤマハはこのMT-10を「YZF-R1からカウルを外しただけのモデルではない!」と紹介していた。嘘つきめ。ロボットに変身しそうな個性的なルックスはたしかに別物だが、骨格はどう見てもR1だ…。
確かに性格はずっと穏やかだ。ライディングポジションだってアップライトだし、ピークパワーも40馬力近くダウンし、発生回転も2000回転ほど落ちている。エンジンはピークパワーより低中回転域に目を向けた味つけだ。フレームだって剛性バランスを変更して、ストリートへの適応力をプラスしている。しかもクルーズコントロールまで標準装備。コレはツーリングスポーツだぞと、のぼりを立てているような装備だ。
でもたぶん、これは便利なオマケ。ざっくり言うと、MT-10は快適なクルーズ性能まで持ったスポーツネイキッドなのだ。でも、なかなか濃くて深い隠し味が効いている。
ヤマハの強い否定とは裏腹に、乗ってみると色々なところにR1のDNAが見え隠れする。確かに街中でもツーリングでも、峠道でも、びっくりするほど普通に操れる扱いやすさがあったり、快適だったりもする。でも時折、コイツは棲む場所と目標を変えた、R1以外の何者でもないような気にさせられるのだ。
まずはMT-10に用意されているふたつのバージョンについて見ていこう。パワースペックやトラコン、クイックシフターの標準装備は同じ。上級グレードのSPは電子制御のオーリンズを前後に装備し、カラー液晶メーターとR1M風のカラーリングで上級グレードをアピールしている。スタンダードモデルの前後サスはKYB製だ。
だが、このスタンダードに装着されているKYBを侮ってはいけない。動きがとても滑らかで、しっかりした減衰力をスムーズに発揮する。動きが掴みやすいのも魅力だ。
最初は大雨の中をSTDで走ったが、スリッピーな状況の中でも、その足回りからくる情報がわかりやすく、掛ける荷重を自在にコントールすることができた。コースでは路面が波状に荒れているところなどもあるが、そんなのおかまいなしにかなり深くリーンでき、アクセルを開ける事もできた。
トラコンの介入がもっとも少ないモードにしておくと、さすがにスピンさせた時の反動が大きいが、ウェットでも十分に対応できる。唯一、気になったのはパワードライバビリティ。もっともリニアに応答し、思い通りのパワーを得られるので、当日はDモードのスポーツモードを多用していたが、滑りやすい雨の中、ゆっくりパーシャルからスロットルを開けていくと急激にトルクが立ち上がるポイントがある。レインモードに相当する、穏やかなレスポンスをするモードだとかなりマシだが、雨中では、アクセルを開ける時のパワーの立ち上がり方はもっと滑らかな方がいい。気になったのは場違いなモードで走った時のこんな事ぐらいだった。
まるで魔法にでもかかったかのようにペースが上がる!
こんな調子で、STDで思う存分走れたため、次に乗るSPは、ラインアップさせる必要性があるのか?と思いつつ、スタートしてみたのだが、SPはさらに乗りやすく、ペースも上げられる。サスはスポーティな自動可変減衰モードのA1で、やはり雨の中、コースの荒れた路面をさらに深くリーンできる感じ。スロットルも大きく開けられる。難しい事は一切考えなくていい、バイクなりに乗れば、確実なスタビリティを感じながらスロットル操作ができ、気楽に速く走れるのだ。
これは後日、ドライの峠道に持ち込んだときにも感じた。SPとSTDではリーンしている時の安心感が格段に違う。ウェットの時ほど両車のペースに差はないが、とにかくSPは楽で速い。乗っている自分に認識はないのだが、このクラスのスタンタードなスポーツモデルやスポーティなミドルネイキッドより、コーナーでの立ち上がり速度が1割強ほど速かったのには驚いた。
MT-10のハンドリングは、駆動力をしっかりと加える事でバランスよく強力に旋回する、というヤマハのオーソドックスなハンドリングだ。だらりと流しているときにはリーンの手応えがとても軽く、気楽な操作ができるが、ペースが上がってくるほどよく曲がるという傾向にある。そういった扱い方をしているうちに、ペースが上がっているという、まるで魔法にでも掛けられたかのようなライディングフィールを生んでいる。R1の猛烈な速さや旋回時の鋭さこそ消されているが、これらのタッチははどう見ても「R1の血」だ。
ただ、R1なら1速で回し切らないと走れないところを、MT-10は2速でゆとりをもって走りつつ、立ち上がりではパワーリフトもできる。さらに4速で何不満なく流せるところが違うし、ドライ路面だと、パーシャルからゆっくりスロットル操作をする事も少ないので、パワーがリニアについてくる領域を自然に使えて、力も滑らかに応答してくれる。コレが気持ちいい。
でも、MT-10はこういったスポーティな走りだけに特化したキャラクターではない。SPもSTDも乗り心地はスゴくいいし、振動も少ない。ストリートメインでセットアップされている、極めて上等なサスもある。これらはどこでも活躍してくれるし、一度使ったらクセになるクルーズコントロールを起動させて、快適なロングランもこなせる事も忘れてはいけない。
一見すると、そのあまりに個性的なスタイルが、荒くれた走りを連想させてしまうかもれないが、さにあらず。どんな場所を走ろうが、その扱いやすさが、より多くのライダーの技量にフィットする間口の広いバイクだ。だだ、やはりボクには住処と狙う走りを変えたR1に見えて仕方がない。ついつい、ペースを上げてしまう。
主要諸元
全長×全幅×全高 2095×800×1110㎜
ホイールベース 1400㎜
最低地上高 130㎜
シート高 825㎜
車両重量 210㎏(※SPは212kg)
エンジン形式 水冷4ストDOHC4バルブ並列4気筒
総排気量 997㏄
ボア×ストローク 79×50.9㎜
圧縮比 12.0
最高出力 160PS/11500rpm
最大トルク 11.3kg-m/9000rpm
燃料供給方式 FI
燃料タンク容量 17L
キャスター角/トレール 24度/102㎜
変速機形式 6速リターン
ブレーキ形式 前・後 ダブルディスク・ディスク
タイヤサイズ 前・後 120/70ZR17・190/55ZR17
RIDING POSITION(MT-10 SP ABS)
個性的なフォルムだが、人が跨がると、このバイクのコンパクトさがよくわかるだろう。アップライトなライポジで、ステップはR1より前へ、低くなっている。ヒザにゆとりが生まれてとても楽だ。足着きも標準的なレベルで良好。自然にステップの前に足が出る。身長:176㎝ 体重:68㎏
RIDING POSITION(MT-10 ABS)
SPとポジションは同じだが、シートの表皮などが違い、尻のグリップ、落ち着きはSPの方が良い。見ての通り、メーターバイザーがもう少し大きければカウルスクリーンのような働きをするはずだが、このレベルだどほとんど防風効果はない。
身長:176㎝ 体重:68㎏