表彰台に上がれば確定、の難しさ
その瞬間は、突然やってきた。
前戦MotoGP第13戦・バレンシアGPを終わって、ポイントランキング首位のジョアン・ミル(SUZUKIエクスター)と、ランキング2位のファビオ・クアルタラロ(ペトロナスYAMAHA)とのポイント差は37。さらにランキング3位の盟友アレックス・リンスもクアルタラロと同ポイントで、ランキング4位のマーベリック・ビニャーレス(モンスターYAMAHA)も41ポイント差、さらにフランコ・モルビデリ(ペトロナスYAMAHA)とアンドレア・ドビツィオーゾ(DUCATIチーム)も45ポイント差で続いている。
ここまでの6人がチャンピオン候補。9人も優勝者がいる波乱のシーズン、もはや何が起こってもおかしくない。ランキング上位のライダーが転倒やトラブルで軒並みノーポイント、40ポイント以上もポイント差がある、わずかな可能性しか残っていないライダーが連勝して大逆転、なんてことが起こったって誰も驚かないシーズンだ。
シリーズは残り2戦、今回のバレンシア02でチャンピオンが決まるには、最終戦を前に25ポイント差をつける必要がある。つまり直近のチャンピオン争いのライバル、クアルタラロにこのレースで12ポイントしか縮められてはいけないのだ。
正確には優勝回数の差で同ポイントではクアルタラロが上位となるため、最終戦を前に26ポイント差が必要、11ポイントしか縮められてはならない。
たとえばクアルタラロかリンスが優勝すると、4位ではクアルタラロと同ポイントとなり、チャンピオン決定は持ち越し。つまりミルは、3位表彰台を獲得すればワールドチャンピオンが確定する、決してイージーじゃないレースに臨んでいたのだ。このバレンシア02で決めてしまわないと、最終戦は絶対優位とは言え、最高にプレッシャーがかかるレースを戦わなくてはいけないのだ。ライダー本人もチームも、きっとそれは避けたいはずだ。
「チームメイトのアレックスを2位に、チャンピオンシップをリードしているなんてすごいこと。この週末はいつものように自分の仕事をして、レースが終わったらどうなってるか楽しみにしておきます」と戦前のミル。プレッシャーを感じていないわけじゃないだろうけど、なにがなんでもここで何位に入って――なんて心境ではなさそうです。
23歳のミルは、まだMotoGP2年目のライダーとはいえ、2017年にはMoto3のチャンピオンとなっているし、この年もMoto3フル参戦2年目のシーズンでした。
先週の同じコースでGP初優勝、リンスと1-2フィニッシュを決めているから、これはひょっとして――。いやいやそう簡単にはいかないだろう――。世界中のMotoGPファンの胸中も、こういうふうに二分されていたでしょう。
金曜からミルの調子は上がらない
そして決戦。ミルは金曜のFP1で8番手、FP2で11番手。土曜のFP3とFP4では5番手に入ると、Q2にストレート進出したものの、公式予選ではQ2最下位の4列目12番手グリッドとなってしまう。ミサノ02では11番グリッドから2位、アラゴン02では12番グリッドから3位表彰台を獲得したこともあるだけに、同じく2連戦のここバレンシアでも可能性はゼロではない。
そして、となりの11番グリッドには、Q2ストレート進出できずにQ1を勝ち上がってきたクアルタラロがつけている。他のチャンピオン争い対象ライダーでは、ドビツィオーゾが6列目17番グリッド、リンスが5列目14番グリッド、ビニャーレスが2列目6番グリッド、そしてモルビデリがポールポジションからのスタートだ。
「土曜のフリー走行では5番手に入れたけれど、予選ではあんまりいいフィーリングを見つけられず、いいタイムも出せなかったね。でも、全体としては悪くないから、決勝はいいレースができると思う。いいスタートをして、順位を上げて行けるいいペースでも走れる状態には仕上がっている。明日は自分の走りにしっかり集中して、他のライダーやチャンピオン争いのライバルのことは考えないようにするさ」とミル。
そして迎えた決勝レース。スタートしてすぐ、集団でコーナーに進入していく2コーナーで、1台のマシンが大きくオーバーランしてコースアウト。最後尾までポジションを落とすが、なんとそれがクアルタラロ! なんと直接対決のライバルが、開始わずか20秒で警戒圏外まで脱落してしまった! それもミルをインから抜いた直後にオーバーランしていったのだ。
対してミラーは大事に行ったか、スタート直後にジャンプアップすることもなく、グリッド通りあたりのポジションでレースをスタート。レースはモルビデリがトップをキープし、リンスが7~8番手あたりでスタート。スタートで出遅れたビニャーレスはオープニングラップのうちにパスし、ドビツィオーゾはさらに後方にいる。
TV画面隅に写る「タイトルチャンス」では、その時に走っているポジションのままレースが終わったら、のランキングが表示されていて、1周目を終わった「ライブチャンピオンシップ」では、ミルがトップ、2番手モルビデリには26ポイント差をつけている。すでにリンスは34ポイント後方、クアルタラロは43ポイント後方だ。つまり、このままの順位で終わっても、ミルのチャンピオンは確定。あとはこの順位を落とさないことだ。
この時のミルの心境はどんなだっただろう。クアルタラロ脱落は知らなくとも、自分より前を走っていないことは分かっていたはず。では誰をケアすればいい? トップを走っているモルビデリ? 数台前にいる盟友リンス? じゃぁ僕は何位までに入ればいい? いや、自分の走りに集中しよう――そんな心の揺れ動きだっただろう、きっと。チャンピオン確定を安堵するのは、自分がノーポイントに終わってもランキングが変わらない、と知る時だ。
レース序盤は10番手、6周目にはヨハン・ザルコ(エスポンソラマDUCATI)が転倒して9番手で、そして9周目にはなんとクアルタラロが転倒リタイヤ。これでまず、ハードルをひとつ越えた。
8番手を走るミル、さらに19周目には中上貴晶(LCRホンダIDEMITSU)が転倒して7番手に上昇すると、ミルは結局その順位のままフィニッシュ! レース後に振り返ってみればわかる、ミルはとにかくポジションをキープするレースに徹したのだ。ほんの1週間前には優勝したコースで、ひたすらポジションをキープ。誰にも抜かれることなく、7位でフィニッシュした!
チャンピオン争いの直接ライバルでは、モルビデリが優勝、リンスが4位に入したが、モルビデリが優勝した場合でも10位入賞で6ポイント獲るだけでよかったし、リンスは4位入賞でも13ポイントしか獲得できず、これではミルは14位に入るだけでいい。そんな状況下で、初のMotoGPワールドチャンピオンを決めてみせた。
「ワールドチャンピオン……すごい言葉だよね。今は言葉にするのが難しいけれど、たくさんの人に感謝したい。こんなチャンスをくれたスズキにタイトルをプレゼント出来て、本当にハッピーだ。20年ぶりにスズキにワールドタイトルをもたらす人になれたなんて信じられないし、本当に名誉なこと。今日のレースは簡単じゃなかったけれど、必要とされた結果を残すことができた。最終戦も、ニューチャンピオンとしてふさわしい、すばらしいレースをしたい」とミル。
スペイン人がスペイン・バレンシアでワールドタイトルを決めてみせた。MotoGPチャンピオンで初めてのMoto3タイトルホルダー(マルク・マルケスはMoto3ではなくGP125タイトルホルダー)。そしてスズキ創立100周年、スズキのGP参戦60周年の節目でのMotoGPタイトルは、先のスズキ・エンデュランス・レーシング・チームによる世界耐久選手権チャンピオンに続く、2つめの2020年シーズンのワールドタイトルだ。
さらにケニー・ロバーツ・ジュニアのGP500タイトル以来、20年ぶりのグランプリ最高峰タイトルで、このレースを終わってスズキはライダータイトルと同時に「TeamスズキECSTAR」がチームタイトルを獲得し、マニュファクチャラータイトルでも、最終戦を残してドゥカティと同ポイント、つまり3冠タイトルにも王手をかけている。
3冠タイトルとなると、当時はそんな呼び方はなかっただろうけれど、1982年にフランコ・ウンチーニがGP500タイトルを獲得したシーズン以来だ。
それにしてもミルとは! 今年がMotoGP2年目で、去年は表彰台にすら上がれなかった9月に23歳になったばかりのライダー! 今シーズンだって、開幕戦ヘレスGPでは、2020年まっさきに転倒してリタイヤしたライダーだというのに!
それでもここまで13戦、序盤3戦で2度のノーポイントレースがありながら、第4戦からは、第9戦フランスGPの11位をのぞいて2位→4位→3位→2位→2位からのフランスGPを挟んで3位→3位で迎えたバレンシアGPで初優勝、そして今回7位……終わってみれば圧倒的に安定した成績を残したのがミルだった。
これで最終戦は、スズキの3冠タイトルと、現在ランキング3位にいるリンスが、ランキング2位にいるモルビデリを抜いてランキング2位となって、スズキのふたりが1-2フィニッシュを決めるかに最大の注目! 最終戦は、もう来週末です!
写真/SUZUKI MICHELIN 文責/中村浩史