文:太田安治/写真:松川 忍/車両協力:ウエマツ
※この記事は2014年3月15日発行の『東本昌平RIDE82』の特集から一部抜粋し、再構成して掲載しています。
900スーパーフォアの発売開始は1972年(昭和47年)の秋。日本企業の順調な業績や海外進出を示す記事が並んだ経済面には関心がなかった僕も『川崎重工が大型オートバイを北米向けに開発』といった見出しには敏感に反応し、すぐに本屋に行ってオートバイ雑誌を手に取った。
想像どおり900スーパーフォアの高性能ぶりを称賛するページ作りだったが、僕が気になったのは日本で買えるのか、いくらになるのか、の2点。すると国内には排気量の自主規制というものがあるため900ccでの販売は絶望的で、エンジンだけを750ccにして売られると書かれていた。予想価格は42万円ほど。
CB750Fourよりも3万円くらい高かったが、DOHCというなんだか凄そうなメカニズムだし、CBより2馬力大きいし、なにより格段にカッコいいから高いとは思わなかった。というより、高校生の分際で新車が買えるわけもなく、いつかは……と夢想するにとどまった。
それからの顛末は前頁までに書いたとおりだ。3年落ちの中古をやっとやっと手に入れ、磨きまくってピカピカにした。
75年の免許制度改正で400cc超の大型車が憧れの存在になったこともあって気分よく乗っていたある日、知人が売ってくれないかという話を持ち掛けてきた。しかも僕が買った値段よりもはるかに高い値段で。大学に入ってひとり暮らしを始め、貧乏生活にあえいでいた僕は、差額の大きさに負けてアッサリ売ってしまった。心に穴が開いた気分だったが、素晴らしく割のいい磨き賃だと自分を納得させた。
70年代、80年代は日本のオートバイ市場が凄まじい勢いで盛り上がった時代。メーカーの開発費も潤沢だったはずだ。大学在学中からオートバイ雑誌の編集部でアルバイトを始めた僕は、続々と登場するニューモデルに片っ端から試乗し、進化のペースがどんどん早まっていくのを肌で感じた。2年前のオートバイは古臭く、5年落ちとなれば話にならない。あんなに気に入って乗っていた750RSでさえ、70年代後半にはすっかり色褪せて見えた。
だが、アニメの世界やカスタムマニアの世界での『ゼッツー』人気は衰え知らずだった。『オートバイ』誌が連載していた最高速チャレンジ企画で何台かのカスタムZに試乗したが、エンジンは1200cc近くまで排気量アップされ、大径キャブレターやハイカムを組み込んで150馬力程度を発生する。
フレームやスイングアームには補強が入れられ、前後サスペンションやブレーキも別物。そして太いホイールにハイグリップタイヤを履かせたZ1やZ2は、僕が乗っていたRSとは似て非なるオートバイだった。
隙あらば暴れてやろうとする車体をなだめ、ねじ伏せながら必死の覚悟で到達したメーター読み200km/hの世界さえ陳腐な話。高度なモディファイが施されたZたちは実測で250km/hを超えても、何事もないようにビシッと走る。
だが、80年代後半からのレーサーレプリカの時代になると、750ccのノーマル車でさえ、改造費数百万円のZたちをすべての走行性能面で上回った。90年代以降、ノーマル状態のZたちが珍重されるようになり、やっと本来の姿に戻ったようで安心した。
雑誌の旧車特集でZ1、Z2系にはかなり乗ったが、そこそこ元気よく走るなら高回転まで軽く吹け上がるZ2のほうが楽しい。だが、40年も前のオートバイをガンガン走らせるのは、部品供給や修理技術を考えると不安になる。ゆったり走って古き良き時代の空気に触れるなら、低中回転域トルクの太いZ1のほうが合っている。
今回の撮影で乗ったZ1はかなり初期に生産されたモデルで、僕が見た限りではまったくのノーマル状態。再生新車のようにピカピカツルツルではなく、年式なりにくたびれた部分があるが、かえってそこに仲間意識を感じて嬉しくなった。僕が手に入れた中古のZ2のように、自分で磨き上げて甦らせる喜びも味わわせてくれるだろう。
撮影では峠道を走ったが、流して乗っていればなんら不満はない。最新オートバイではほとんど楽しめない走行中の吸排気音が耳から体全体までに響き、素直なハンドリングと併せてリズミカルにコーナーを抜けていける。
100km/h以上でフルバンクするようなコーナーになるとタイヤの接地面を含めて車体全体がユラユラと揺れるが、挙動が穏やかなので不安になるようなものではなく、僕と似たような歳のライダーなら「そうそう、この感じ。この動きだよ」とニンマリしてしまうはず。
さらに揺れが大きくなるようならアクセルやリアブレーキの操作で前後の荷重配分を変えたり、シートの着座位置、左右ステップの踏ん張り具合、ニーグリップの強弱、ハンドルを握る力の加減で、強引に抑え込むか、体で吸収して力を逃がすか。そうして臨機応変に揺れを収束させるのが、Zに限らず古いオートバイを操る作法。僕の父の言葉ではないが「体と腕と頭を使い」「単車に負けてはいけない」。そんなことを思い出させてくれるZは、僕のオートバイライフの師なのだろう。
文:太田安治/写真:松川 忍/車両協力:ウエマツ
※この記事は2014年3月15日発行の『東本昌平RIDE82』の特集から一部抜粋し、再構成して掲載しています。