文:小松信夫
「YZF-R6」をベースにヤマハが自ら本気で造り込んだ「YZF-R6 GYTR」
ヤマハは1973年のTZ250を皮切りに、プライベーターに向けて2ストエンジンを積んだ市販ロードレーサー・TZシリーズを次々にサーキットへ送り出した。レギュレーションの変遷や、レースカテゴリーの盛衰などの状況に合わせ、小は50ccから大は750ccまで豊富なバリエーションを用意。世界GPからサンデーレースまで、世界中で幅広く多くのライダーに愛用され、長い間ロードレースというジャンルを支えた存在だったわけです。
そんなTZシリーズも2000年代初頭、世界中で急速に進んだロードレースマシンの4スト化によって、2009年モデルのTZ250とTZ125を最後に、その長い栄光の歴史に幕を下ろす。以来、ヤマハ製の純粋な市販ロードレーサーは存在していないんですが。でも…
TZの消滅以後、MotoGPを除けばヤマハのレース活動は、市販スーパースポーツ・YZF-Rシリーズを中心に展開。当初はレースベース車の供給といった形だったが、現在ヨーロッパ各国ではYZF-R6をベースに、レース用のパーツをあらかじめ組み込んだレース用コンプリートマシン・YZF-R6 GYTRが販売されてます。GYTRとは「GENUINE YAMAHA TECHNOLOGY RACING」の略で、「ヤマハ純正レーサー」的な意味ね。
YZF-Rシリーズのミドルバージョンとして、1999年モデルで登場したYZF-R6。2000年代以降、スーパースポーツ世界選手権をきっかけに世界中で盛り上がった600ccクラスのプロダクションレースにも使用され、勝利のためにモデルチェンジを繰り返して進化していった。YZF-R6 GYTRのベースとなったのは、2017年にモデルチェンジしたモデル。
YZF-R6の日本国内向けモデルは販売はされなかったものの、レースベース車は今も販売されている。国内向けレースベース車は市販車用外装から保安部品を取り除き、レース用ECUを同梱したもの。その他の部分は基本的にノーマルで、あくまでもレーサーを製作するための「ベースモデル」という扱い。同様のモデルはヨーロッパでもYZF-R6 RACEという名で販売されているんですが。
これに対してYZF-R6 GYTRは、最初からある程度レース用のパーツが組み込まれていて、レーサーを一から製作するのにかかる手間が省かれているのが特徴。まず目につく外装は、基本デザインこそノーマルのものを踏襲するが、軽量なFRP製のレース用カウルに置き換えられていたり。
あくまでもサーキットでの速さを追求したパフォーマンスのために、エンジンの燃料噴射量や点火時期などをセッティングできるGYRT ECUも標準装備になってて。軽量ワイヤーハーネス、セッティング用のPC接続ケーブル、GYRT ABSエミュレーターも付属。 レーサーでは必要のないキーホールの代わりに、綺麗に始動スイッチが装着されてるのがやっつけではない感じ。
エンジン自体のメカニズムはノーマルと同じですが、アクラポビッチの軽量なチタン製エキゾーストシステム、エアインテークなどのGYTRレーシングパーツもあらかじめ装備されております。公道用モデルでは525サイズだったチェーンは、抵抗を減らすために520サイズにサイズダウン。合わせてスプロケットも変更して最終減速比がショート化されてたりと、レーサーらしく細かな部分までこだわった造りね。
軽量、高剛性なアルミデルタボックスフレームや、高精度でフルアジャスタブルな前後サスペンションはノーマルに準じたものだが、YZF-R6の持つレーサーに限りなく近いポテンシャルの高さをそのまま活かしたといえるのか。
2021年モデルからYZF-R6のラインナップはYZF-R6 GYTRとYZF-R6 RACEのみ。公道用モデルが存在せず、その高性能をクローズドコースで純粋に味わうためのモデルとなった。かつてTZは、公道用スポーツモデルのRDやRZとのメカニズム面での関連が深かったが、公道用スポーツモデルから発展した結果〝市販レーサー〟になったYZF-R6 GYTRこそ、ヤマハ市販レーサー復活への第一歩!…になるといいなぁ。
文:小松信夫