文・写真:西野鉄兵
【ツーリングレポート】CRF250ラリーでゆく知多半島の旅
4月頭の朝はまだ冷える。CRF250ラリーで西へ
ボコボコしたタイヤが高速回転をしながらアスファルトを蹴り続ける。オフロード車特有の感覚はあれど、思いのほかに不快ではない。
ビルの照り返しが眩しい首都高から東名に入ると、徐々に車間が広がっていく。3車線道路は心地がいい。行動範囲を極力狭め、締め付けられていた生活からほんの少しだけほどかれるように、気持ちも軽くなってきた。
海老名・中井・鮎沢・足柄と、見慣れていたはずの風景がどれも懐かしい。ヘルメット内のBluetoothスピーカーから不意に、松たか子『明日、春が来たら』が流れる。YouTube Musicよ、いい選曲だ。
朝は冷え込んでいたため、ダウンジャケットの中にフリースまで着てきた。分厚いウインターグローブとオーバーパンツも履いている。暑くもなく寒くもない。明日春が来たら、脱げばいい。
ほどなく新東名にスイッチし、もう一段階スロットルをひねった。
CRF250ラリーは、6速で約6000回転で時速100km、約6500回転で時速110km、7000回転強で時速120kmに到達。僕の体重は70kg。シートバッグと背負ったリュック、装具を合わせれば約90kgといったところだ。
力強いエンジン、スクリーンとハンドガード、脚をカバーするカウルのおかげか、覚悟していたよりも快適だ。お尻が痛くなるのが心配だったが100km走った時点では気にならない。
レッドゾーンは10500回転なので、メカ的には時速120km走行をし続けても問題はないだろう。ただ時速110kmを越えたあたりから、みるみる平均燃費が落ちてきた。振動も強まる。私的には時速90kmから110kmくらいが快適と思えた。
新東名はトンネルと橋の連続だ。トンネルはいいが、出口は怖い。無風状態から一瞬で強烈な横風が吹く橋へと状況は一変する。クルマならほとんど気にならないが、軽くてカウル面積の広いラリー号はちょっと不安。なのでトンネル内で時速120kmを出すことがあったが、出口では時速100kmほどまで落としていた。
ちなみにCRF250ラリーは、7250回転でメーター中央上部のREVインジケーターが白く点滅し始める。これが加速時の6速・時速120kmとシンクロしていた。トンネル内ではとくに目に入る。新東名で速度超過になることはないと安心できた。
一気に遠州森町PAまで走った。思いのほかに楽だ。ヘルメットのシールドとスクリーンに付着した虫を拭きとる。昼食は不要、エナジードリンクを1本飲んで、再び走りだす。
浜松を過ぎ、県境を越えると、遠出感が強まってきた。日が傾き始めているのを見て、嬉しさがこみあげてくる。旅行の楽しさを知った小学生の頃から、人生で最も旅と疎遠になった期間だった。長距離を走り続けているという喜びが体中に染み渡る。
走行距離が280kmを超え、燃料計の目盛りが残りひとつになった。メーターに表示される平均燃費は37~38km/Lで推移している。燃料タンク容量は12L。計算上は450km程度走れそうだが、残りひとつの状態で走り続けるのは、精神衛生上好ましくない。新東名の最後のSAとなる岡崎で初の給油をする。
311.3km走り、給油量は8.8L。やはりまだまだ残っていたか。実測燃費は35.3km/L。この燃費でも420kmは走れる計算となる。
ここで「Yahoo!カーナビ」をセットし、音声案内モードを起動する。目的地は知多半島のセントレア。分岐では飛行機のマークの方を選択し続ければ間違いないはずだが、知多半島はほとんど走ったことがなく不安だった。
「空港島」に突入、名古屋名物を食す!
大府料金所から知多半島道路に入った。片側2車線の自動車専用道路だが、なぜか40km/h規制が出ている。しかし、なぜか周りは80km/h程度で走っているように見える。なぜなんだ。
次第に工場地帯の特有のにおいから土の香りへと変わり、景色ものどかになってきた。半島を南下しているという雰囲気が高まる。
半田中央ICでセントレアラインにスイッチ。飛行機のマークを追い続ける。空に赤みが出てきたころ、セントレア大橋を渡った。空港島に突入だ。明日から始まる名古屋モーターサイクルショーは島内の愛知県国際展示場で開催される。
空港島にはその名の通り、セントレア空港があった。コンビニが目に入る。ホテルが立ち並ぶ。道なりに走っていくと愛知県国際展示場に行き当たった。道はそこで折り返す。飲食店は見当たらない……。
16時、本日から4泊予約していた東横インにチェックイン。ほどなく、ともに取材をするカメラマンの若林浩志さんが到着した。
愛知県在住の若林氏は、webオートバイで連載企画「スーパー・カブカブ・ダイアリーズ」を担当してくれている。そのタイトル通り、カブにまつわるあれこれを基本週1、ときには週2でアップしている。この日も愛車のスーパーカブ90DXで現れた。え、橋はどうしたの?
「クルマに載せてきました!」と得意げな若林氏。せっかくなので名古屋モーターサイクルショーの会場の下見がてら5分で走れる島内をツーリングした。
日本全国どこでも毎日のように見かけるスーパーカブだが、空港島の中では希少な存在のはずだ。
さて飲食店問題である。これはもう空港に行くしかない。空港には名古屋名物台湾ラーメンの「味仙」があることはリサーチしていた。
で、食べたのは……味噌カツだ。
「味仙は東京にもあるんですよね? ここは“矢場とん”一択っしょ」と若林氏のゴリ押しによって決まった。
矢場とんだって東京にもある。本当は辛い麺が食べたかった。しかし、味噌カツが信じられないほど美味い。食べ慣れていないものに恐れをなし、ソースカツとのハーフセットを頼んでしまったのを後悔する。すりごまをかけるのが名古屋流なんだとか。若林氏はドバドバかける。僕は食べなれないものに恐れをなし、一切れずつかけた。やばいくらいに美味すぎる。
お互いお酒を一滴も飲むことなく、解散・就寝。旅でありながらも、我々には名古屋モーターサイクルショーのレポートをアップするという任務があった。
旅を再開、知多半島の突端を見てみたい
大盛況の3日間だった。とくに土日はすごかった。大阪・東京・名古屋と続いた今年のモーターサイクルショー、そのフィナーレにふさわしい盛り上がりだったと思う。
空港島の東横インで家を出てから5日目の朝を迎えた。天気は良好。疲れは残っているが、晴れやかな気分だ。旅の続きが始まる。
セントレア大橋で祭りのあとの静かな空港島に別れを告げ、一般道に降りた。知多半島を南下する。突端の景色が見てみたい。
シタミチはいい。旅をしている気分が高まる。草木の香りは来た時とは大きく変わり、春を通り越し初夏を感じされるものになっている。初日に着てきたフリースやオーバーパンツは、バッグに詰めた。体も軽い。
昨夜、不思議な現象が起きた。名古屋モーターサイクルショー最後の現地レポートを書き終わり、床に就いた瞬間だ。モーターサイクルショーの印象的なシーンが脳内を無数に駆け巡った。時間にすると数秒、いや1秒にも満たないかもしれない。スマホの写真フォルダを超高速でスライドしているイメージだ。
コロナ以降、華やかな場に出向く機会は激減した。3月に大阪から始まり東京を経て名古屋の3会場で開催された今年のモーターサイクルショー。全9日間参加し、祭りを堪能させてもらった。
久々の忙しない日々、情報過多、脳が慌てて整理整頓をしたのかもしれない。フラッシュバックは得も言われぬ心地よさだった。その感覚をぼんやりと思い出しながら、時速40kmでトコトコとシタミチを走る。
「師崎」が知多半島・突端の町だ。風景は半島の先っぽ特有の寂しさを含んだものに変わりつつある。
しばらくは周りのクルマの動きを注視した。合流車両の積極性や後続車の距離感、黄信号での反応、その土地の運転マナーを見ながら、自分の走り方もアジャストする。
オフローダーがタイヤの空気圧を調整するように、もしくはワインディングでのスポーツ走行が好きなライダーがサスのセッティングを調整するのにも似ているかもしれない。安全第一は大前提として、その上で郷に従うではないが、リズムを把握することに努める。
一般道ではCRF250ラリーの1速・2速の力強さや瞬発力が頼もしい。軽くてグリップ力のあるトレイルランシューズで地面を駆けているかのようだ。アシスト&スリッパークラッチが搭載されていて、左手が疲れることもない。
内陸部を走り続けていると、ふと潮の香りが鼻を抜けた。ほどなく唇にしょっぱさを感じる。海だ。
ツーリング中に海岸線に出たときの喜びは昔から変わらない。それからわずか数キロで知多半島の突端・羽豆岬に着いた。
別に何をするでもない。ただ先っぽの景色を見てみたかった。学生時代にバイクに乗り出したころから、とにかく端っこに行くのが好きだった。またひとつ自分の端っこコレクションが増えたのが嬉しい。
缶コーヒーを一本飲んだら、充足感に満たされた。さあ、帰りますか。まだ高速の旅が400kmも残っている。普段はだるいな、と思いがちだが、それも今日はワクワクする。
文・写真:西野鉄兵