文:宮﨑健太郎
アルミニウムという材料
周知のとおり、鉄や銅に比べ約1/3の質量、耐食性の強さ、加工性に優れる・・・などの理由から、アルミニウムは様々な工業分野で広く活用されている。18世紀末に明ばん石(ばん土=今日のアルミナ)が金属の酸化物である説が発表されてから約100年後、19世紀末の「電解精錬法」の確立を契機に、アルミニウムは普及の歩みを急速に早めた。
同じく19世紀末からその歴史がスタートした2輪車の分野において、アルミ合金はまずクランクケース、ピストン、そしてシリンダーヘッドなどのエンジンまわりに用いられた。そしてバイクの車体まわりに関しては、ハブ、ブレーキドラム、ホイールリム、そしてテレスコピックフォークのスライダーなどに、アルミ合金は順次導入されていった。
このようにアルミ合金はバイクの各構成部品に採用されていくのだが、1970年代の声を聞くまでなかなかアルミ合金化が果たされない部品もあった。その代表例がハンドルバーである。燃料タンク、シート、ステップと並び、ライダーがバイクを支えるためになくてはならないパーツであるハンドルには、まず第一に丈夫さが求められた。
もちろん当時すでに、強度にも優れるジュラルミン系アルミ合金などは開発されていたが、生産コストの高さもあって航空機など高コストな製品に用いられるのが常あった。ゆえにバイク用ハンドルバーとしては鉄製が費用対効果が最も高い、とされた時代が長らく続いたのである。
はじまりは"自分用"から
オフロード向けバイクのアルミ合金製ハンドルバーの源泉を求めると、辿り着く先のひとつがレンサルになる。産業革命発祥の地である英国マンチェスターに、レンサルは1969年に設立された。その社名はアンドリュー レンショーとヘンリー ローゼンタールというふたりの創業者の名前を組み合わせたものだ。
バイク好きのローゼンタールは転倒時に交換するハンドルの代金を惜しんで、自らハンドルを作ることを考えた。彼の両親はアルミ合金などの金属を扱う会社を営んでおり、在庫されていた使うあてのない特殊アルミ合金のパイプをこのプロジェクトに用いることを目論んだわけである。
試行錯誤の末完成したアルミ合金製ハンドルは、思いの外丈夫で具合が良かった。そこで彼は親友のアンドリューに話を持ちかけ、独自に製作したハンドルを販売するビジネスの可能性について相談したのだ。まずは地元のバイクディーラーが最初の顧客となり、その後1975年からは本格生産がスタートするほど順調に彼らのビジネスは軌道に乗った。
そしてスーパークロスのトップライダーたちから、レンサル製アルミ合金ハンドルバーに絶大な支持を寄せられるようになるころには、見た目の良さという実用性とは別の部分でも評判となり、晴れてレンサルは人気のアフターマーケットパーツの仲間入りを果たすことになった。
2004年、純正パーツとしても採用されたレンサル製アルミ合金ハンドルバー
2000年前後の時代まで、モトクロッサーを購入した人が最初にやることといえば、純正の鉄製ハンドルバーを取り外し、自分のポジション、スタイルに適合するレンサルなどのアフターマーケット向けアルミ合金ハンドルバーを装着することだった・・・。いささか誇張表現かもしれないが、それくらいアルミ合金ハンドルバーは装着して当たり前、という感じに広く普及していた。
日本の4メーカーはそれぞれの市販モトクロッサーに、頑なに鉄製ハンドルバーを長年採用し続けていた。コストをなるべく抑えること、そして市販車としての品質保証がその理由である。昔のアルミ合金製ハンドルバーを愛車に使ったことがある方ならばご存じかもしれないが、それらは金属疲労によりクランプ部にくわえられたところから、ポキリと折れることもままあった。いわば消耗品という考え方が、昔のアルミ合金製ハンドルバーには求められたのである。
だが2004年、レンサルのアルミ合金ハンドルバーはついに日本製モトクロッサーに純正採用されることになる。同社の製品がいかに高品質で、純正採用するに値する信頼性を有することが、品質管理に厳しい日本のメーカーにも認められたのだ。
なお2000年に、レンサルは大規模な火災で工場を焼失するという不幸に見舞われたが、それに屈することなく近代的な工場を再建して復活。2010年には自転車業界にも進出し、短期間のうちにモトクロス業界同様、自転車業界においても高い評価を得ることに成功している。
文:宮﨑健太郎