文:宮崎敬一郎
ホンダ「VFR750R」(RC30)【回想コラム】
超がつく高値だったが飛ぶように売れた
ホンダは直4のCBR系とV4のVFR系それぞれにF1やF3のベースモデルのポテンシャルを持たせていた。その中で、このRC30は最も突き抜けた戦闘力を与えられていた。その車体レイアウトを含め、すべてがセンセーショナル! まるで、これからはV4をホンダのトップブランドとする、といったアピールのこもったバイクにも見えた。
その車体ディメンションやエンジンの基本素材などはRVFそのままで、さらに本格的なレーサーに改造するためのHRC製の純正パーツも用意されていた。
77馬力に落されていた国内仕様でも、限定1000台という甘美な誘惑つきで発売されたもんだから、注文は殺到した。そして、怪しいものからしっかりしたものまで、フルパワーキットが高価で取引されていた。
フルパワー112PSの逆輸入車の人気は絶大で、在庫があっても売約済みになっていることが多かった。国内外仕様ともに、並みの750スーパースポーツの倍ほどのプライスだったが、飛ぶように売れた。
そして、その翌年も、また「限定」で登場。そのお陰で、RC30の限定はどうやら通常販売のことらしい……と皆が疑いだしてしまった。
RC30の走りだが、当時のビックバイクスポーツの常識を超えていた。特に光っていたのが、運動性と旋回性能。750クラスでは、ホンダのそれまでのどの直4スポーツよりも身軽で、旋回性も強力。程よくコシのあるV4パワーも機動性にいかしやすい。高回転域で力を完全な頭打ち状態にしてしまう国内仕様はもとより、伸びと絶対的力量のあるフルパワー車も、中回転域からのトルクを運動性能に活かせるような、エンジン、車体のセッティングが施されていた。パワーバンドの「核」部分を使おうが、そのずっと下を使おうが、スロットルワークで旋回性の強弱を制御可能だった。
スタンダードタイヤを使っている限り、鈴鹿サーキットのS字でひとつ高めのギアを使おうが、タイムが変わらなかったのには驚いた。この走りを支える前後サスは、それ自体、オンロードモデルとしてはグレードが非常に高く、衝撃吸収能力と踏ん張りがいい。逆バンクなどは、それまでの市販モデルでは不可能な深いリーンアングルで、大きくスロットルを開けられたのには感激した。スタビリティが非常に良かったのだ。
走行ラインを動かしやすいとはいえ、スロットルに過敏なわけじゃない。乗り手がモーションをかけなければ節度はしっかりしてる。だが、ひとたび乗り手が何かを入力してやれば、コーナリング中でもバトルラインへの軌道変更も素直にできた。それがイージーで、大袈裟に言えば、コースが広く見えるようなバイクなのだ。
今ではリッタークラスのスポーツモデルで実現できるような機動力だが、この当時は驚異の走りでしかなかった。
かつての月刊『オートバイ』の誌面で振り返る「VFR750R」(RC30)
文:宮崎敬一郎