ヤマハ「YZF-R1」|回想コラム(宮崎敬一郎)
柔軟なボディが峠で極上の喜びをもたらす
現代に続く「YZF-R1」ブランドは1998年に登場した。この頃、大型のスーパーバイク系レースは750ccのスーパースポーツ系モデルをベースに行われていたものの、ベースとなる750モデルはほとんど売れていない状態。理由は、レースを意識しすぎたベースモデルたちが、かなり偏った性格になっていたからだ。
この傾向は1990年代初頭から始まっていた。だからホンダはレースに関係ない排気量クラスにCBR900RRを投入。750サイズでそんな運動性を持ちながら低中回転域から格段に扱いやすいモデルだ。よく似たコンセプトでカワサキも1994年にZX-9Rを。ヤマハは1996年に美しい造形のサンダーエースというスーパースポーツをリリースした。
これらは純粋にビッグパワーの大型スーパースポーツを楽しむためのモデルたちだ。レースを意識していないので、車体やエンジンも常用域でフレンドリーな方向性で造れる……それを具現化したのだ。
前置きが長くなったが、そんな状況の中でYZF-R1は登場した。当時の750スーパースポーツよりも軽く、そのパワーは750スーパーバイクレーサーを超える150PS。発表されたスペックを見ているだけで、とんでもない走りをするだろうという期待でワクワクしたものだ。しかし、こんなもんサーキットでしか使えないんじゃなかろうか? と心が萎えてもいた。
ところがこのYZF-R1、サーキットで戦闘することなど全く考えていなかった。車体はこのクラスのモデルにしては柔軟なので、峠道でもサーキットでも扱いやすいのが特徴。基本的にしっとりとした安定感のあるハンドリングだが、しっかりと体重移動すると軽快で俊敏に動いてくれた。無理にパワーを使いサスを動かすような気遣いはまったく必要なかった。とにかく気楽に遊べるのだ。
しかもどこでも750スーパースポーツ以上によく曲がり、コーナリング中のライン変更なども気楽にやってのけた。そんな懐の深い車体だが150PSはしっかりと受け止める。足まわりとその車体は、当時のレベルでは規格外なほど強力なスタビリティを生んでいたのにも驚いた。つまり、一般道にあるような荒れた路面も想定済みのハンドリングなのだ。この威力は絶大で、どこでも安心してアクセルを開けられた。
このような走りでYZF-R1は一世を風靡した。ただサーキットでの超高速域において無茶な挙動を与えると、重いハンドリングに変化した。このようにして初代YZF-R1は、コンセプトの狙いをはっきりと乗り手に伝えていた。