文:太田安治、オートバイ編集部/写真:南 孝幸
ホンダ「Eクラッチ」と「DCT」の大きなちがい
ライダーの「意思」を大切にしたシステム構成
ホンダがクラッチ操作と変速操作の両方を自動的に行う「DCT(Dual Clutch Transmission)」をVFR1200Fに搭載したのは2010年。メディアはAT変速のイージーさ、Vベルト変速では得られないスポーツ性を絶賛したが、僕はクラッチを手動操作できないことにもどかしさを感じた。試乗会で撮影のためにUターンを繰り返したが、途中から雨が降って路面が濡れたとたん、Uターンが怖くなったからだ。
DCTで発進加速をコントロールするのはスロットル開度だけ。Uターン時は右足を出すので、リアブレーキを使った駆動力の調整が不可能。通常は路面の傾斜やバンク角、速度に合わせてスロットルと半クラッチを組み合わせて駆動力を微妙に調整するが、クラッチレバーがなければそれも難しい。
ただ、その後DCTは着実に進化を続け、現在ではクラッチ制御も大幅に洗練された。それでもX-ADVのように左レバーがリアブレーキになっているモデル以外では、濡れていたり砂利が浮いていて滑りやすい路面ではやはり気を使う。個人的には「慣れれば大丈夫」と納得するには至っていない。
だからEクラッチがクラッチ操作の自動化とマニュアル操作が共存する機構なのは大賛成……というよりも安心した。
Eクラッチはエンジン回転数と車速、スロットルの開度、ギア段数を電気的に検出してモーターコントロールユニット(MCU)がクラッチ操作を行う。シフトペダルを踏み込んでスロットルを開くだけでスキルのあるライダーの操作と同等以上にスムーズに発進し、停車すれば自動的にクラッチが切れ、クラッチレバーを握る必要は全くない。
ではなぜレバーがあるのか? それはライダーが自らの感覚でクラッチをコントロールするという、オートバイにとって当たり前の操作を大事にしているからだ。そのこだわりはEクラッチが機能中でもクラッチレバーを握ると一時的にマニュアル操作に切り替わること、さらにモーターアシストを切り、通常のマニュアル車として操作できるモードが用意されていることからもうかがえる。
セレクタブルなので普段使いでのイージーさとスポーツライディングでのメリハリの効いた走りが両立でき、僕が不満に感じていた滑りやすい路面でのコントロール性も確保できる。クラッチレバー1本で走行感覚は大きく変わるのだ。僕がEクラッチを高く評価する理由はここにある。