感動するほどのパワーデリバリー
市販モデルでこれに勝るものはない!
これまで何度も乗ってきたRC213VーSですが、今回は初めてクローズドではない、一般公道での試乗レポート。取材中、普通に国道の渋滞にハマったりもしたので、「なんでこんな超高級バイクで、渋滞にハマってるんだろう?」なんて、ふと我に返ったりしました(笑)。道行く人たちからの、注目度も凄かったですね。
もともと213VーSは、プロトタイプのサーキットテストから自分が携わってきたマシン。テストコースはSUGOだったんですが、クローズドコース専用の別売りスポーツキットを装着した状態で、全日本ロードレース選手権JSBクラスのワークスチーム・ライダーと同等のタイムで走れることを、ひとつの目標にしていました。それから欧州向けのフルパワー仕様車では、他の1000㏄のスーパースポーツ市販車と乗り比べて、最も速いタイムを出すことを目指しましたね。結果、どちらもクリアしましたし、馬力よりも運動性能を前面に出したマシンとして、スペックの数字以上に速くて楽しめる公道用市販車になっていると思います。今日も久しぶりに乗ってみて、やっぱりいいバイクだと、あらためて感じました。
初めてテストで乗った時の印象は、「モトGPマシンのRC213Vそのまんまだな」ってこと。当時はまだ、モトGPマシンが16・5インチだったので(2016年から17インチに変更された)、ホイールサイズがちょっと大きくなっただけで、あとは本当に変わらないなと思いました。自分はホンダのモトGPマシン開発に、211Vと213Vで関わってきたので、どんなマシンなのかはよく分かってます。それだけに、こんなにそのままの市販車を作れるってことに、まずビックリしました。SUGOでサーキットテストした時も、タイヤ以外の足周りやセッティングを変えたりはしていないんです。サスペンションのバネレートも変えてないですし、コンプレッションをちょっと調整した程度。あと、スポーツキットにはユニットプロリンクサスが付いてくるので、車高が上がったくらいですね。それ以外は何も変えないままで、それだけのタイムが出せちゃうんですよ。
最初は2190万円という価格ばかりクローズアップされてしまいましたが、そもそもこの作りのバイクがこの価格で市販されたのは、本当に凄いことです。213Vと同じプロセスで作られている、同じスペックの車輌なわけですから、価格的にはむしろ安いくらい。例えば、わかりやすくパーツごとの値段の話をすると、通常ワークスチームで使われるモトGPマシンのフレームは、大まかに一本1800万円くらいするんです。スイングアームが1500万円くらいかな。それと全く同じ作りのものだと考えたら、いくら熊本工場で量産しているとはいえ、かなりお得になっているのがわかります。
そして価格以上にもっと価値があるのが、213VーSでしか味わえない、上質なフィーリングです。中でも、自分が1番感動するのはスロットルレスポンス。スロットル開度に合わせて、本当に自然にエンジンの回転がついてくるんですよ。反応が敏感すぎるわけでもなく、遅いわけでもない。ライダーにとって1番気持ちのいいちょうど良さが、開け始めから全開まで続いていく。スポーツキットを装着すると、それがさらに凄くなるのですが、おそらく市販車の中で、最も優れたパワーデリバリーだと思います。最初の試乗会をスペインのバレンシアでやった時、僕も現場にいたんですが、参加した名だたるジャーナリストやテスターの方たちが、「こんな感覚は初めて」、「本当に凄い」と口を揃えて言っていましたから。
213VベースのV4エンジンの出来の良さはもちろん、電子制御スロットルのスイッチも良いですし、ECUもいい。とにかくすべての工作精度が素晴しくて、自分がいままでのキャリアで乗ってきたレーシングマシンと比較しても、そのレベルの高さに感心します。それを実現する技術力も含め、他には真似できないバイクであることは間違いありません。
それでいて、誰もが驚くほど普通に乗れるバイクであるのもスゴいこと。取材中、編集部の皆さんにも試乗を勧めたんですが、最初は価格と性能にかなり怯えてましたけど、すぐに慣れて、その後は普通に乗れてました。試乗後に「峠道をもっと走りたかった」なんて言ってたくらいです(笑)。でもそれくらい、誰が乗っても良さが分かりやすいバイクなんですよ。
確かに昔のレーサーレプリカマシンは、町で走るとまったく乗れたもんじゃなかった。いかにも「レーサー!」って感じで、手に負えなくてね。でも213VーSは、誰もが乗れるレベルまで進化しているし、その乗りやすさが50キロ、60キロの街中でのスピードから、サーキットでの300キロ以上まで変わらない。本当にスゴいバイクだなと思います。
滑らないシートは走りの基本!
薄くても高い衝撃吸収性を発揮するRC213V-Sのシート。伊藤さんも「8耐でも使える」と高評価だった。また伊藤さん曰く、速く走るにはシートが滑らず、お尻がグリップすることが絶対条件とか。プライベートでも、中古車購入時は必ず新品の純正シートに張り替え、1万㎞ほど走ったらまた買い替えるそうだ。
SPECIFICATION
全長×全幅×全高:2100×790×1120㎜
ホイールベース:1465㎜
シート高:830㎜
車両重量:170㎏(乾燥)
エンジン形式:水冷4ストDOHC4バルブV型4気筒
総排気量:999㏄
ボア×ストローク:81.0×48.4㎜
圧縮比:13.0
最高出力:70PS/6000rpm
最大トルク:8.8㎏-m/5000rpm
燃料タンク容量:16ℓ
変速機形式:6速リターン
キャスター角:24.6度
トレール量:105㎜
タイヤサイズ(前・後):120/70ZR17・190/55ZR17
ブレーキ形式(前・後):ダブルディスク・ディスク
価格:2190万円
これほど価値の詰まった市販車はあと50年、いや100年くらい登場しないかも…?
「ほぼレーサーのスーパースポーツの割に」という前提は付きますが、ポジションもキツくないし、足着きも良く、乗り心地はとても良いので、ツーリングにも使えると思いますよ。駆動系に変なスナッチもないし、車体はめちゃくちゃ軽くて、取り回しもいい。ただ実際にツーリングするには、一速がロングで、ギアレシオが二速くらいの感じなので、発進時のクラッチのツナギにちょっと気を使いますね。マシンの特性上仕方ないことですし、つながり自体は凄くいいんですが。ミッションのタッチも非常に良いので、そこにも工作精度の良さを感じます。アップ側のオートシフターが付いているのもラクです。
重心が低くて軽いので、低速時のふらつきもありません。パッと乗った時に、前後の接地感がちゃんと伝わってくる。橋との境目など、一般道の鋭角的なギャップに乗った時も、とてもスムーズにショックを吸収してくれます。前後のオーリンズサスの特徴と、チューニングの良さの相乗効果で、路面の情報はしっかり伝えつつ乗り味はしなやかにという、絶妙なさじ加減になっていると思います。
日本仕様の70馬力と欧州仕様のフルパワー仕様(159馬力)では、90馬力近い差があるので、正直、やはり違いは感じます。そこは、サーキット用のスポーツキットを装着した時のお楽しみが別にあると考えるといいですよね。それに街中を走るには、日本仕様くらいのパワーの方が扱いやすいと思います。
なんかいつにも増してホメてばかりですけど(笑)、本当に悪いところがないんですよ。確かに2190万は高価だけど、実車を見て、特にカウルを外した状態でつくりを見れば、「それだけの価値が十分にあるバイクなんだ」ってことが理解できると思います。なかなかそんな機会がないのは分かっていますが、本当に皆さんに、このフィーリングを体験して欲しいですし、チャンスがある方は買っておいた方がいいですよ、と声を大にして言いたいです(笑)。
下手したら、あと50年とか100年とか、こんなバイクが市販モデルとして出て来ることはないかもしれないですからね。
PHOTO:柴田直行、まとめ:宮崎健太郎