日本一、神社と旅を愛するバイク乗り「佐々木優太」の神社拝走記。今回は、世界一大きいものが点在する神社を探して岐阜県の関•瑞浪エリアへ。1番を目指した「大きいもの」には、それを作った人々の想いが宿っていた。
※この記事は月刊オートバイ2019年1月号(別冊付録 RIDE)で掲載したものを加筆修正しております。
口コミで広がった名もなき池

岐阜での神社巡りの旅で、あることを聞きました。「モネの池」と呼ばれる池が境内にある神社があると。
モネの池? モネって、画家のモネ? カタカナと神社が結びつきません。一体どういうわけなのか、これは行かなければ。瑞浪から美濃加茂、そして関へ向かいました。
東海環状自動車道を疾走り、板取川に沿うように北へ向かいます。川には巨大な岩石が、ちらほら。
川にも表情があり、全国各所に違いがある。こんな違いを見つけながら疾走るのも、楽しいですよね。
到着した根道神社は、いかにも「地域の小さな神社」でした。

根道神社
岐阜県関市板取

参拝後、上ってきた階段の下を見ます。そこに池があります。
近くに行ってみると…、これはスゴイ! 目を疑うほどの透明度で、泳ぐ鯉や周りの植物とのコントラストは、絶景です。

名もなき池(モネの池)
この地域には白っぽい岩が多く、いろいろな条件が重なり池底には白い砂だけが残ったそうです。それにより、元々の水の綺麗さも相まって、この景観になったとか。そこへ地域の人が植物を植えるなどして、いつしかモネの池と呼ばれるようになったそうです。
鯉がいることで、かろうじて水の存在がわかる程の透明度でしたが、全体の淡さが、まさに絵画のように綺麗でした。

池の周りには様々な案内板があり、紅葉の見頃な時期などが詳しく説明されています。
自然の条件や、地域の人のご尽力により今の姿になった根道神社の池。名前は特にないそうです。
それがモネの絵と似ていることから「モネの池」と通称が付いたようですね。

日本一の水車
恵那市の日本一大きい水車。この辺りには、陶石用の石を砕くための水車が多く存在していたそうです。ダム工事で見られなくなったものあるそうですが、こうして記憶とともに残っているんですね。
神社や境内にある池は、地元の人が守り抜かれてきたからこそ存在します。景観などを壊さないように注意して参拝させていただきました。
その帰りに見つけた「武芸」の地名。武道を稽古している僕には、気になって仕方ない文字です。ここは「むげ」と読むそうです。

武芸八幡宮
岐阜県関市武芸川町八幡1712

こちらの神社は、岐阜城から北東に位置しています。北東は魔が入ってくる方角と言われ、ちょうどそこに鎮座していたのがココ。信長をはじめ、織田家に厚く保護されました。広い境内はとても静かで、とても心地よかったです。
そして、ここにも神社がありました。参拝させていただいたのは、武芸八幡宮。武芸の部分もさることながら、八幡神社とは源氏をはじめ武士を中心に信仰された神様です。

全国の神社を巡っていると、まるでお寺のような神社に出会えることがあります。歴史もあり、広大な境内を有しているのに、無人で参拝者もほとんどいない。
大勢の人で賑わう有名神社にスポットが当たりがちですが、まだまだ全国には、ここのように知っていただきたい神社が多くあります。
境内はとっても広く、自然豊か。境内に入り、空気が変わるのを実感します。出会った氏子総代に、お話を伺うことができました。

「ここからは馬や駕籠を降りてください」という意味の下馬札。前評判を意味する「下馬評」の語源はこれからです。
普段は神職が常駐していないようで、広い境内の整備など、氏子の皆さんで維持管理をされているようです。
根道神社といい、こちらの武芸八幡宮といい、ほとんどの神社はこのように地元地域の人のお陰で成り立っていると、この日に改めて感じました。

湾曲している太鼓橋は、神様のために架けられている橋。人が渡りにくい形をしているのはそのためです。
武道や武芸だけに関わらず、スポーツや勝負事に挑まれる人はぜひ参拝してみてはいかがでしょうか。
無人の神社でも「書き置き」がある

拝殿の賽銭箱の横に書き置きの御朱印と、初穂料入れが用意されているので、お金を入れ、1枚を受け取る仕組みです。
こちらの神社には、神職が常駐されていません。となると、御朱印を受けられなくても仕方ないのですが…。何と書き置きが用意されています。
初穂料を納め、御朱印の書かれた紙を受けます。これを自身でご朱印帳に貼ります。
八幡神社といえば、源氏をはじめ武士たちに信仰された神様。さらに「武芸」と付いているので、僕は勝手に武道の神様だと思い込んでいます(笑)。
さらに信長とも縁のある神社なので、勝負運向上をあやかれそうですね!
