※この記事は月刊オートバイ2019年4月号(別冊付録 RIDE)で掲載したものを加筆修正しております。
鉄馬に乗って出世を狙う⁉
かなりの暖冬と言われていますが、寒暖差が激しくて、着るものに悩みますね。まぁ、万年白シャツ&下駄の自分にはあまり関係ないのですが…。寒さにも、雨にもマケズ疾走り続ける神社拝走記で、今回訪れたのは、東京都港区にある愛宕神社です。
本連載初の都内の神社の登場に、「佐々木優太も寒さに日和ったか?」と思われるかもしれませんが、決してそんなことはありません! とは言っても、じつはこちらの愛宕神社。オートバイ&RIDE編集部から徒歩10分足らずの場所にあります。
バイクで向かうには近すぎて、神社拝走記で参拝するにはちょっと違うかな…? と思っていたのは確かです。ですが、今回は2019年最初の神社拝走記の撮影でした。
新年らしく、おめでたいことを…と考えた時に思いついたのが、愛宕神社にある、有名な「出世の石段」を上ることだったのです。
さまざまなメディアに取り上げられているので、ご存知の方も多いかもしれません。愛宕神社の正面にある急な石段の「男坂」は、別名「出世の石段」と呼ばれています。
その由来は、有名な講談「寛永三馬術(かんえいさんばじゅつ)」に記されている、四国・丸亀藩の家臣、曲垣平九郎(まがきへいくろう)の故事にちなみます。
故事の内容は、山から漂う梅の香りに誘われた三代将軍・家光公のために、平九郎は急な石段を馬で一気に駆け上がり、山上の梅を手折って献上した、というもの。
他の家臣が誰も登れない中、鮮やかな手綱さばきで石段を駆け上った平九郎は、家光公に「日本一の馬術の名人」と讃えられ、見事な出世を果たしました。
我々バイク乗りは、バイクをよく鉄の馬に例えます。その意味では、この伝承とバイクがシンクロする…と思ったのですが、こじつけでしょうか(笑)。
江戸の街を一番高い場所で見守る
愛宕神社の主祭神は、防火や防災のご利益がある火の神様です。
木造の家屋がひしめいてた江戸の街では、頻繁に起こる火事が何よりも恐れられていたのでしょうね。
出世の石段に関する都市伝説
高層ビルが立ち並ぶ、まさに都会のど真ん中に、愛宕神社は位置しています。
入り口の大鳥居をくぐるとすぐに、神社正面に向かう急坂の石段が「出世の石段」なのですが、その勾配のキツさは下から見上げてもちょっと圧倒されるほど。
というのも全部で86段の石段は、40度に近い傾斜なんです。
石段の左右には手すりがあり、中央には鉄鎖が張られていて、参拝客の多くは鎖や手すりを掴みながら上り下りをしています。
僕自身は、下駄で石段を行き来しても怖くなかったのですが、高所恐怖症の人は上りよりも、否応なしに外界が視界に入ってくる下りの方が、恐怖心を覚えるそうですね。
でも、たとえ怖くて石段を降りられなくなっても大丈夫!神社に向かって石段の右側には、傾斜がゆるい「女坂」があるからです。
ただし、実際に女坂を下ってみたら、こちらもなかなかの傾斜でしたけどね…。
もしも、もっとラクに参拝したい時には、境内のお隣にあるNHK放送博物館のエレベーターを使う、という裏技(?)もあるそうですよ(笑)。
そうそう、近年はこの「出世の石段」は上りだけに使うべき、という説が流布しているようです。
石段を下りたら出世しなくなる、ということらしいのですが、僕に言わせれば、そんなことあるわけない(笑)。
今回お話を聞かせていただいた愛宕神社の禰宜である松岡由里子さんも、「都市伝説ですね」と笑っていました。
「人生と同じように、上りも下りもしっかり足を踏みしめてください」と続けた松岡さんのお言葉は、まさにそのとおりだと僕も思います。
そもそも基本的に、神社で◯◯をしてはいけない、もしくは、必ず◯◯をしなくてはいけないということはないのです。
例えば、参道の真ん中を通ってはいけないとよく言いまよね。確かに正中(真ん中)は、参道で一番尊い場所です。ですが、通らない方が望ましいというだけで、歩いたら絶対にダメというわけではないのです。
もちろん、神社はあくまで御神域ですから、神様を敬う気持ちを忘れてはいけません。神様に失礼のないように、守った方が良い参拝の作法はあります。
ですが、その作法に縛られすぎる必要はないと思うのです。
僕の考える基準は、どんな神社もその場所を大切にしている人がいるのだから、その人達を不快にさせないように礼儀を守ろうよ、ということだけです。人間だって、たとえルールを間違えていても、丁寧な気持ちで接してくる人にイヤな感情を持たないですよね(笑)。
参拝も同じで、礼を尽くす気持ちさえ忘れなければ大丈夫だと僕は思います。
都会の中で変わらずに在り続ける
愛宕神社がある愛宕山は、東京23区内で自然にできた山としては一番の高さを誇ります。
標高26mと聞くと、そんなに大したことはないと思うかもしれませんが、この高低差があるだけでも、山頂と外界の気温は確実に変わるのだとか。
境内に鬱蒼と繁る木々のおかげで、夏場は1〜2℃は涼しいそうなので、ヒートアイランド現象から逃れられる、まさに都会のオアシスなんですね。
今でこそ、高層ビルに囲まれていますが、創建された慶長8年の頃は、見晴らしの良い名所として人気を集めていたと伝えられています。当時は視界を遮るものもなく、境内から東京湾や房総半島まで見渡せたそうです。
江戸中を見晴らすことができた高所だからこそ、徳川家康公は江戸を火事から守りたいという願いを込めて、この地に防火・防水の神様を祀ったのでしょう。
現在では火にまつわるご利益だけではなく、さまざまな解釈のもとに複数のご利益があるとされている愛宕神社。
「恋の炎を燃やす」にかけて恋愛や縁結びに、「火の車を抑える」意味から商売繁盛に、昔は機械を動かすには必ず種火が必要だったことから、IT関係や印刷にもご利益があるとされています。
印刷という意味では、オートバイ&RIDEのような雑誌にもありがたい神社と言えそうですね。
また、普段よくカッコつけて、「バイクに火を入れる」という言い方をしてしまう僕なので(笑)、バイク乗りも火の神様にはご縁があると言っていいのかもしれません。
この連載では今まで地方に行くことが多く、ここまで都会の中に残っている神社に触れたのは初めてのことでした。しかし、そこには途切れることなく訪れる参拝客の姿があり、海外からの参拝客の姿も多く見受けられました。周囲のオフィスビルに勤める人たちも、仕事はじめなど節目ごとに参拝に訪れるのだとか。
時代は変わっても、人々の信仰の火は消えていない。都心の真ん中にも関わらず、変わらずに在ることの重みをあらためて感じます。
今回は真冬に訪れたため、境内の景観は少々寂しいものでしたが、春になれば満開の桜、5月は新緑、秋は紅葉と、都会の中でも美しい四季折々の姿を見せてくれるといいます。今度は桜の時期に訪れてみたい…。神社を巡ることは全国各地の美しい景色と出会うことでもあります。
まだ見ぬ景色と出会うために、神社排走の旅は続きます!
写真:関野 温/まとめ:齋藤ハルコ
※この記事は月刊オートバイ2019年4月号(別冊付録 RIDE)で掲載したものを加筆修正しております。