マイルドで扱いやすいが重量車的
さて、ここまでの解説からすれば、この2006年型には、エンジンの大きさをあまり感じさせない素直で軽快なハンドリングを期待したいところである。当然、従来型よりも、そうした面で改善されているはずである。しかしながら、私はZX-RRに試乗するのはこれが初めてであり、以前のモデルたちを知らない。
そこで、V型エンジンのモトGPマシン、RC211VやD16、同じ並列4気筒の1000㏄市販スーパースポーツとの比較のうえで、ZX-RRがどういったマシーンかを伝えさせてもらう。すると、これは紛れもなく並列4気筒のリッターバイクである。
特にRC211Vではエンジンのマスがマシーンの運動に悪い影響を及ぼさない部分に集中し、ニッキー・ヘイデンのニュージェネレーションに至っては車格を600㏄並みに感じることからすると、ZX-RRは車体のヘッドパイプ近くの高い位置に4気筒分の幅広で重いシリンダーヘッドが置かれていることがはっきりわかる、重量車的感覚だ。
市販スーパースポーツと比較しても、エンジンにコンパクト感はあるものの、それが剛性の高いフレームの高い位置に搭載されているということがわかる。前後のサスペンションもそうした車体の姿勢変化に踏ん張るよう、減衰力の効いた硬めのセッティングになっている。
そのため、探りながらのライディングでは車体から情報を感じ取りにくく、サスも本来の設定域までストロークしないので、高重心の車体がそのまま倒れ込んでしまいそうな不安感がある。特に、新品タイヤで走り始めた私は、タイヤが温まっていない状態ではコーナーでバネ上が泳ぐようにウォブルが生じ、恐怖の数分を過ごす破目になってしまった。
確かに取っつきはよくない。でも、タイヤが温まり、少し慣れてくると、友好的な一面を見せ始める。もっとも、そうでないと実戦であれだけの結果を残すことなどできないのだから、当然といえば当然である。
エンジンは、トルク特性、レスポンス、トラクションのすべてがマイルドでスムーズである。低回転域のトルクは、モトGP車の中で最も太いのではないだろうか。ここバレンシアでは、本来なら1速で回るコーナーを、2速の5000rpm近くまで落ちても無理なくこなせる(同時試乗したドゥカティのD16よりもワイドレシオのようだ)。
市販の1000ccスーパースポーツと比べても、トルクはむしろ太いぐらいである。ただ、この領域での柔軟性は、慣れない私が試乗する際には大いに助かるものの、実戦ではさほど有効ではあるまい。
その“極”低回転域からスロットルを開けると、ドカンとくることなしにスムーズに回転が上昇し、トルクはふくよかかつリニアに立ち上がっていく。そして8000〜9000rpmにトラクションコントロールをしやすい中回転域があり、12000〜13000rpmあたりのピークを前後にトルクが盛り上がる。
並列4気筒らしくシャープに吹き上がる高回転型ではなかったのだ。意外にも、V型エンジンのRC211VやD16よりも、並列4気筒のZX-RRのほうがトルク型に近い特性である。
当然、フル加速でトルクピークが近づくとフロントが浮き上がってくる。でも、電子制御によってピーク域のトルクが抑えられるから、サオ立ちになることはない。強烈な加速Gで車体が前に押し出される状態がさほど長続きすることはなく、ピョコンとフロントが持ち上がるといった感じである。そして15000rpmの手前で最高出力を発揮、なだらかに収斂しながら過回転警告灯が点灯、15500rpmの上限に達する。
ただ、電子制御によるウィリーコントロールによってサオ立ちにならずにすむとはいえ、私の場合、フロントが浮いてきた時点で反射的にスロットルを閉じてしまい、トルクピークを超えた領域で有効な性能を引き出し切れない状態に陥りがちだった。
中野選手なら絶妙のスロットルワークでつないでいくのであろうが、理想的な特性としては、トルクピーク値を低くしても、ピーク発生回転数を高めに移したほうが好ましいのではないかと思われた。また、トルクカーブの頂上域を削り取る制御はなされてはいるものの、RC211Vのようにトルク特性を最適化する水準には至ってはいない。
90度クランクで90-90-90-360度という燃焼間隔、右側2気筒のみを電子制御スロットルとしたエンジンは、トラクションやレスポンスの質、振動感を含めた回転フィーリングが一般的な等間隔燃焼の並列4気筒とはひと味も二味も違う。力量感を感じさせるものの、パルスは決してガンガンとはこず、至ってマイルドだ。
スロットルを開けたときのレスポンスも、柔らかくてスムーズである。やはりこの点火方式は、燃焼間隔を不等にしながらトルク変動を適度に平滑にし、トラクションのつかみやすさとタイヤへの優しさを両立させた結果なのだろう。
パルスにV型エンジンのようなリズムはないが、等間隔燃焼にはない脈動感があって不快ではない。このパルス感にはスロットルが全気筒電子制御ではないことも起因しているのか、パルスからは自分自身の操作感が伝わってくる。また、振動は上下だけでなく前後方向にも感じられた。
取っつきのよくなかったハンドリングだが、荷重がかかってサスが動くようになれば、素直さを見せ始める。ゆったりとした大きい姿勢変化のリズムから、マシンの状態もはっきり伝わってくる。動きにワンクッション置いたような重量車っぽさはあるが、それは過敏さを抑えた結果でもあるのだろう。フロントブレーキの利き味もマイルドで扱いやすいが、これも急激な姿勢変化を避けてのことかもしれない。
進入時にタイヤ自らが強く寝込みながら旋回性を高めていくブリヂストンの個性の強さは、取っつきの善し悪しからすれば決して好マッチングではないが、タイヤが温まって安心して寝かし込めるようになると、高い旋回性を発揮しながら、しっかりした接地感を伝えてくるので、安心感も高まる。
明確な荷重移動に対して、比較的高剛性のタイヤがしっかり踏ん張っているという感じだ。それでいて、高速コーナーで私の走りが本来のペースに届かず、前後のサスに荷重がかかっていなくても、ウォブルの兆候はなく安定している。
それでもなお、並列4気筒の荷重移動感が明確という特質が、問題点として表れていることも事実である。まず、フルブレーキングでリアにホッピングが生じやすい(バレンシアの最終戦で露呈した問題であったという)。また、コーナー進入でフロントに荷重移動するリズムに逆らってしまうと、うまく回り込めず、アンダー状態になってしまうことがあったのだ。
2006年、新ZX-RRと中野選手は、シーズン後半に不運なリタイアはあったが、安定して上位入賞を重ねた。正直に言って、試乗で感じたマシーンの状態からすれば驚くべき成績で、中野選手に畏敬の念を抱かざるを得ない。私が感じた“取っつき”の領域を超越したところで彼は走り、マシンはそれに応じる能力を持っているのだ。
すると、“負けないマシン”の意味がおぼろげに見えてきた。コーナー進入と脱出での荷重移動が明確という並列4気筒のよさを引き出すことで、ライバルに負けない力を得ようとしたのである。
中野真矢がカワサキ最後のシーズンに過去最高の2位を獲得
2006年のカワサキワークスは中野真矢とランディ・ドゥプニエの2名。ZX-RRに乗っての3シーズン目を戦った中野は最前列を4度獲得するなど予選で安定した速さを見せ、第8戦オランダにおいて2位でゴール、カワサキにモトGP三回目となる表彰台をもたらした。失格を含むノーポイントが6度もあったためランキングは14位にとどまったが、下位で無難に完走を目指すよりも好成績を狙う闘志あふれるライディングが目立った。一方、250㏄からステップアップしたフランス人のドゥプニエは下位集団に飲み込まれることが多く、第16戦ポルトガルの10位がベストリザルト。ランキングは16位だった。
KAWASAKI Ninja ZX-RR(2006)<No.02>へ続く
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