新しい挑戦を実践していたのだ。
※この記事は月刊オートバイ2011年8月号別冊付録を加筆、修正、写真変更などの再編集を施しており、一部に当時の記述をそのまま生かしてある部分があります。
ヤマハ「650XS1」誕生の歴史
「打倒CB!」の目標を掲げ、初の二輪用4ストに挑む! スリムな車体や軽快な走りは、まさにヤマハ・スピリット
ヤマハにとっても、来るべき70年代へ向けての新世代モデルは必要だった。アメリカ現地市場調査の結果、ビッグバイクでは、2ストロークより4ストロークへの期待が高いこともわかっていた。そしてヤマハは、初の4ストロークエンジンレイアウトを、バーチカルツイン(直立2気筒)と選定する。
CBの重量感と豪快な存在感に対して、細身のフレーム、流麗なスタイリングで対抗することは、オートバイをスポーツとして捉えるヤマハのスピリットそのものだと言っていいだろう。CBを追っての4気筒ではなく、スリムな車体や軽快な走りで世界を獲ろうとしたのである。
初めて4ストロークエンジンを開発することにかわりはないが、それはあくまでオートバイ向けのこと。すでに4輪の世界ではトヨタと共に4ストロークエンジンを開発していたのだ。それが、日本自動車史に残る名車・トヨタ2000GTの直列6気筒DOHC1988㏄エンジンである。
ヤマハはその後、レーシングカーであるトヨタ7のV型8気筒DOHC3000㏄エンジンも手掛け、4ストロークエンジンの製作技術では、すでに世界のトップを行くほどのノウハウも持っていたのだ。しかし、4輪と2輪では、エンジンの性質も特性も大きく異なるため、直接的な関連性は少なく、そのアドバンテージを生かせずにもいたのである。
性能向上を目指しながら、発熱、耐久性、動弁系、オイル漏れ、エキパイ焼け、そして振動など、次々と発生する4ストロークならではの初めての問題と戦う日々が続いていた。
「初めての試作エンジンが出来上がって、火を入れたときの感動は格別でした。まるで初めて図面を引くような若い設計者と、ゼロから線を引いた4ストロークエンジンですから、みんなの思いはひとしおだった。ただ、性能的には目標の3分の1も出なかった」(当時のエンジン設計チーフ・五十嵐清夫氏)。試作エンジンを元に改良を加え、手直しの連続で性能アップの日々が始まる。
社内でオートレースエンジンを手掛けたことのある技術者、タイヤやサスペンションメーカーからの助言も仰いだ。初めての4ストロークエンジンの完成に向けて、なりふり構ってはいられない。そして、仕様が変更されるたびに発行される「改訂通報」という社内書類が2500枚を数える頃、XS1は完成した。
ヤマハが送り出した初の4ストロークモデル650XS1は、ヤマハエンジニアの情熱も届かず、トラブルも少なくない車両だった。振動によるパーツの脱落、オイル漏れ、クランクからの異音などなど。ついたあだ名はペケエス。愛称というより、幾分のいやみをこめたニックネームだ。
「オイル漏れの問題など、設計や実験チームが集まって、日が暮れるまで作業しました。ブーツのまわりにオイル飛散を防ぐウエスを巻いて、朝から晩まで矢田部のテストコースを走っていました」(当時の走行実験担当・藤森孝文氏)
ヤマハ「650XS1」試乗インプレ
空冷ツインの力強さと金属の重厚な存在感
今回撮影にお借りしたXS1は、日本ロードレース界永遠のヒーロー、タイラレーシングの代表、平忠彦さんの個人所有車だ。自社で完全整備を重ねるフルレストア車だけに、見るにも乗るにも、まさにコンクールコンディションの1台だった。塗装やバフがけの美しさに、現代のオートバイには見られない金属の存在感がある。
始動はキックのみ。ブレーキレバー下に装着されたデコンプレバーを使ってキックを踏み降ろすと、ほんの数発で空冷パラツインは目覚めてくれた。ズドドド、でも、ダダダ、でもない、ストトト、というアイドリング音。しかし、スロットルをあおれば、歯切れのいいサウンドがスタタタッ、と響き渡る。この世代の車両のキモであるキャブレターの整備が完全で、回転の上下もスムーズ。アイドリングもすぐに安定する。
低速トルクはそれなりだが、スロットルを開けていく中回転域の力強さがものすごい。トルクでスピードを乗せるような、W1ともトライアンフとも違う、シャープさと重厚感あるフィーリング。4気筒に慣れた体に刺激的だった。
ドラムブレーキの効きに閉口しながら、ハンドリングは軽く、直進安定性の強いもの。車体をバンクさせるようなアクションでは、ちょっとスピードを乗せると、ゆらりとしなる感覚がある。
しかし、その流麗なスタイリングや高質なパーツフィニッシュ、車体を震わせる鼓動など、今なお色あせない魅力にあふれているのは見て明らかだ。もし、SR人気の続く現代にラインアップされていたとしたら、人気モデルとなるに違いない。
世の中がビッグバイク、多気筒化へ流れ始めるなか、独自の思想を貫いたXS1。小さなビッグバイクは、スゴいバイクではなく、美しいバイクとして今なお魅力にあふれている。