スーパーバイクや鈴鹿8耐など、数々のレースに参戦して来た「ヨシムラ」と「モリワキ」の歴代のレーシングマシンやヒストリーを一冊に集結した、日本のバイク遺産シリーズMOOK「ヨシムラとモリワキ」が絶賛発売中!今回はヨシムラ「GSX-R750 8耐仕様」-1987年-<後編>を紹介する。

Photos:Teruyuki Hirano

【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

画像: 1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

全日本TT-F1で3年連続タイトルを獲得し、8耐でも連続表彰台を得るなどの華々しい活躍の裏には、ハンディを背負ったマシーンからライバルに負けない性能を引き出す、極限のチューニングがあった。

画像1: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

カムシャフトを外したシリンダーヘッドを上から見たところ。シリンダーヘッド本体(キャスティング)を変更するのはレギュレーションで禁止されているため、ベースマシンのものを使用しているが、バルブやバルブまわりのパーツはもちろん、ロッカーアームにもスペシャルパーツを用いている。

写真では下側にキャブレターのインシュレーターが見えるが、気筒間ピッチとキャブレターピッチが大きく異なるため、外側2気筒分のインシュレーターが湾曲している。シリンダーピッチを短縮し、吸気通路のストレート化を図った現代のマシーンには見られない光景である。

画像2: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

カムシャフトは、当時ヨシムラが販売していたTT-F1レース用キットパーツよりも、さらにハイスペックなもの。製造は、現在のようなNCマシーンではなく、倣い加工機を用いて行われていた。上に書いた曲率の小さなロッカーアームとの組み合わせを前提としたカムプロファイルを持つ。

レーシングマシーンならではのリフトの大きさと、ロッカーアーム式エンジンならではの左右非対称なカム山が特徴。当然のことながら、長いカムシャフトの軸部分は、軽量な中空構造となる。

画像3: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

ピストンは、レーシングマシーンでは常識的な鍛造のアルミ製。大きくえぐられたバルブリセスが、バルブ挟み角が大きかった時代のハイチューンエンジンを象徴している。ピストンピンも、現在のマシーンと比べると長い。

ピストンリングは常識的な3本リングで、トップリングとセカンドリングは0.8㎜厚と、当時としては薄いものを使用していた。オイルリングは組み合わせ式。ちなみに、ワークスマシーン用のピストンの製造は、ヨシムラが諸元を決め、スズキを介してアートピストンに外注していた。

当時としては高回転といえる13000rpm(耐久もスプリントも同じ)まで回していたこともあり、ピストンの製造には神経を使っていた。

素材を鍛造した後に機械加工を施して仕上げる(これはヨシムラ自身が行った)際に、削り代が大きいと加工応力が残り、極限状態で使用したときにクラックが入りやすいことがわかっていたため、このころは可能なかぎり完成状態に近い寸法で鍛造し、最小限の削り代で使えるようにしていた。

バルブリセスの底面と側面の間に段があるが、これは鍛造で形作ったリセスの底に機械加工を施していたため、面取りにも注目。

画像4: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

ミッションにはヨシムラならではのノウハウを生かしたチューニングが施されている。ギアレシオはセッティングによって異なるが、個々のギアにもワークス専用のものがある。摺動抵抗を低減するために、ギアの歯面が研磨されている。

黒く見えるギアは、キットパーツにはないワークスだけのスペシャルパーツで、より強度の高い表面処理を施している。ベンチテストで多用する5速(減速比が1:1に近いギアで測定するため)のドライブとドリブンの他に、実走行で耐久性に問題があったギアにもこのスペシャルが入る。

5速と6速のドリブンギアの歯が斜めにカットされているのは、ギアレシオを煮詰めていった結果、外側にある2速や1速のドリブンギアと干渉するようになったためで、斜めにカットしてシフト時(5速または6速ギア側面の突起が1速または2速ギア側面の穴にかみ込む構造)の干渉を防ぐ。

斜めにカットしたギアは、歯にかかる面圧が増加するため、先に書いた高強度な表面処理を施している。

車体構成品のパーツ単位での開発は、スズキ本社で行われた。このため、フレーム材質はもちろん、補強パッチの形状や細部のデザインなどに同時代のワークスGPマシーン、RGV-Γとの共通点をみいだすことができる。

フロントフォークのブラケットや小物パーツにもRGV−Γのパーツを多用。ベース車両よりも格段に太くされたフレームのメインチューブが、この車体の成り立ちを物語っている。

画像5: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

マグネシウム鋳造の武骨なスロットルハウジングが時代を感じさせるハンドルまわり。ブレーキのマスターシリンダーは、このころようやくリザーバータンク別体となったニッシンのワークスレーサー専用パーツだが、レバーは市販車の部品を流用している。

撮影車両のハンドルは、クランプ部にバーを溶接した一般的な物だが、実戦では転倒時の交換を容易にするために、クランプとバーが別体構造の物を使用し、バーのみでもクランプ込みでも交換できるようにしていた。

左右グリップの真下には、キャブレターにフレッシュエアを導くためのホースが通っている。

画像6: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

右側よりも市販車に近い構成の左側。走行中でもクラッチレバーの遊びを調整できるよう、ロックナットを用いずに板バネで押さえた大径のアジャストナットを使うのは、レーシングマシーンでは当時から一般的な方法。

ヨシムラの8耐仕様車は、いつもクラッチ側にのみパワーレバーを装着。レバーのピボットにはボルト+ナットではなくピン+クリップを用い、脱着を迅速化。デリケートな操作をする右手を避け、灯火類のスイッチは全部左手で操作できるようにしている。

画像7: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

フロントカウル内には、サブオイルクーラーのほか、耐久レーサーにはなくてはならないヘッドライトユニットが収められる。

鈴鹿8耐では1灯でよかったが、ヨーロッパの24時間レースなどでは2灯が必要な場合があり、容易に2灯化できる構造。

このころは、スズキ本社自らが世界選手権耐久シリーズでワークスマシーンを走らせていたため、本社製と同一の部品を使うことができた。

画像8: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

ベースマシーンとなった空油冷GSX-R750とよく似たパイプワークを見せる、ステアリングダンパーを備えるフロントまわり。

しかしよく見れば寸法は市販車とまったく異なり、材質も別物のワークスマシン専用品だ。

エンジンは同じ空油冷GSX-R750用をベースとしながらも、フレームのほうは初代の'85年モデル以降毎年モデルチェンジされ、この'87年型で一応完成の域に達した。

インナーチューブ径43㎜のショーワ製フロントフォークは、制動時に圧縮側減衰力を高め、過度のノーズダイブを抑制するPDF方式を採用。アウターチューブ下端の前側に取り付けられた円筒状のパーツがPDFユニットで、これの底部に圧縮減衰力調整スクリューがある。

このほか、フロントフォークはスプリングプリロードと伸び側減衰力の調整が可能で、それらの調整ダイアルはフォークの上端部にある。フロントブレーキは、タイヤ交換時にキャリパーがホイールと干渉しないようにφ305㎜というやや小径のディスクを使用。

ディスクの材質は鋳鉄で、これをステンレスの大径中空ピンを介してアルミのディスクハブにフローティングマウントしている。

キャリパーはニッシン製の対向式異径4ピストンで、ピストン径はリーディング側が30㎜、トレーリング側(フロントフォークに近い側)が36㎜。パッド材質に、製造禁止となったアスベスト(石綿)ベースのものが使えた最後の時期でもあった。

画像9: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

ステップまわりのパーツは、ヨシムラが独自に開発、製造したもので、スズキのワークスマシーンが使うものとは形状が異なる。

24時間レースを走ることもあったスズキ本社製ワークスマシーンはゴムを被せたステップバーを装着していたが、最長のレースが鈴鹿8耐だったヨシムラは、削り出したアルミの表面にローレット加工を施しただけのステップバーを使用。

画像10: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

ベースプレートやリアブレーキマスターシリンダー、シフトリンクなどの形状と取り付け方法から、耐久レースの経験が豊富なヨシムラらしさをうかがいしれる。

画像11: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

シートレールとバックステーとクロスメンバーで構成されるサブフレームは、レーシングマシーンに一般的なボルト留めで、それぞれのボルト頭は最も工具を通しやすい方向を向いている。リアショック上部は、車高調整機構を介して車体にマウント。

画像12: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

リアショックユニットもショーワのスペシャル。ガス室別体型、スプリングプリロード、伸び/圧側の減衰力、ガス圧が調整可能なフルアジャスタブル。“E-フルフローター”と呼ばれたリアサスペンションのリンク機構は、ピボット部にエキセントリック式のカムを持ち、1G付近でのバネレートをフラットに近づけるタイプ。

画像13: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

リアのブレーキディスクはφ215㎜と小径なものを選択。キャリパーは当時のRGV-Γと同一品の対向式2ピストンで、これをフローティング方式でマウントする。

画像14: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

フレーム本体と同じくスズキ本社製のスイングアーム。きゃしゃな印象を受けるが、当時はこれでも前年モデルに比べ、かなり剛性を高めていた。この年の8耐を走ったワークスマシーンの中で、リアフェンダーを装着していたのはスズキとカワサキだけ。

リアタイヤが巻き上げる石やタイヤの摩耗カスがリアショックまわりを直撃しないようにするためだ。

画像15: 【ディテール解説】1987 YOSHIMURA GSX-R750 8耐仕様

三角柱を横にたおしたようなアルミ製オイルキャッチタンクがシートレールにゴムバンドで固定され、これにクランクケース上部からのブリザーホースが連結される。キャッチタンクから出たホースは大気開放。当時はまだ、ブローバイガスの回収は義務づけられていなかった。

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