文:中村友彦/写真:富樫秀明/取材協力:レッドバロン
登場から6年に渡って世界最速の座を維持
「’90年代を代表するバイク」という言葉から、どんなモデルを思い出すだろうか。ゼファーに端を発するネイキッドを挙げる人がいれば、’90年に国内正式販売が始まったVMAX1200や続くGPZ900Rが頭に浮かぶ人、現代スーパースポーツの基盤を作ったCBR900RRやYZF-R1を連想する人もいるだろう。
それでも、あの時代をリアルタイムで体感したライダーなら、誰もが1度はZZR1100(以下、ZZR)に羨望の眼差しを向けただろう。’90年に初代C型、’93年にはモデルチェンジしてD型となったZZRは、日本製ビッグバイクのひとつの到達点と言うべき性能を備えていたからだ。
ZZRの魅力と言えば、筆頭に挙がるのは約290㎞/hの最高速である。今となっては驚くほどではないけれど、この数字は当時の2輪の世界では圧倒的で、’96年にCBR1100XXが登場するまで、ZZRは6年に渡って世界最速の座を守り続けた。
言葉にすると簡単だが、それまで日本車が1~2年のスパンで世界最速記録を更新していたことを考えれば、6年は異例の長さである。その背景には、当時の欧州で噂された馬力/速度規制の影響があったと言われているけれど、ライバル勢が世界最速の称号を諦めても不思議ではないほど、ZZRの速さはズバ抜けていたのだ。
もっとも、速さ以上にZZRで注目するべき要素は、重厚な見た目を裏切る、抜群の扱いやすさだったのかもしれない。
と言うのも、’80年代中盤~後半の日本製大排気量車は、超高速域での安定性を重視した結果として、市街地やタイトな峠道では、難しさや重さを感じることが少なくなかった。そんな中でZZRは、走る場面を問わない上に、初心者でも気軽にスイスイ楽しめそうな、フレンドリーさを身につけていたのである。
現行車とは一線を画するZZRならではの資質
生産終了から18年が経過した現在、ZZRの中古車相場は30~60万円前後が主力で、D型の高年式車でも70~80万円近辺で購入することが可能だ。この数字をどう捉えるかは置くとして、現役時代の絶頂期に150万円以上で販売されていたこと、カワサキが誇る世界最速車の一員であることを考えると、個人的にはずいぶん人気が下がったなあと思う。
とは言え、2019年5月にレッドバロンが開催したサーキット試乗会で、D型の譲渡車検取得車(3年間保証付きの中古車で、補修用パーツも十分にストックする)を体験した僕は、ふと思った。中古車相場が安価で落ち着いている今こそ、ZZRは買い時なんじゃないかと。
久しぶりのZZRで最初に興味を惹かれたのは、スロットルやブレーキを操作したとき、あるいは、車体をバンクさせようとした際に感じる、ほどよい“間”だった。前述した同時代のビッグバイクのように、難しさや重さを感じるのでなければ、近年のハヤブサやZX-14Rほどシャープでもない、ZZR特有の穏やかな挙動に、僕は何とも言えない安心感を抱いたのだ。
もっとも、近年のリッターバイクに慣れたライダーなら、そんなZZRの挙動にルーズという印象を抱くかもしれない。ただ、今の視点で考えれば、ZZRの“間”は貴重なものだし、基礎体力が高いこのモデルは、最新のアフターマーケットパーツを用いて、自分好みの“間”を作るという作業を受け入れてくれるのだから、今の時点でノーマルの素性に異論を述べるのは、野暮と言うものだろう。
それに加えて印象深かったのは、キャブレターならではのフィーリングだ。僕は別にインジェクション嫌いではないけれど、ZZRを走らせていると、ECUが燃料の噴射を決定するのではなく、乗り手が自分の意識で混合気の流量を制御することが、操る楽しさに直結しているという事実を、改めて痛感してしまう。よくよく考えれば、当時のエンジン設計者はどううまくエンジンに混合気を吸わせるかを重要なテーマにしていたのだが、そうしたことに思いを馳せることができるのも、キャブレター車の特徴なのかもしれない。
また、今回の試乗で意外だったのは、電子制御のサポートがない足まわりに、特に不満を感じなかったことである。さすがにハードブレーキング時やフルバンクからスロットルを開ける際は、ABSやトラコンを装備する現行車のように無造作な操作はできないものの、だからこそ乗り手はマシンと真摯に向き合えるのかも。もちろん電子制御に対する考え方は、人によって異なるのだが、ZZRに乗っていると、至れり尽くせりではないことは、決して悪いことではない、という気がして来るのだ。
冒頭で述べたように、ZZRは日本製ビッグバイクのひとつの到達点だったのだが、カワサキの旗艦としても、ZZRはひとつの到達点だったと思う。当然同社の旗艦は以後も進化を続けているけれど、’73年型Z1を起点とするダブルクレードルフレーム(ZZRの骨格の主材はアルミ製ツインスパーだが、下部にはスチール製ダウンチューブを装備)/キャブレター車の資質は、ZZRで極限まで磨き上げられていたのである。
そんなバイクが昨今ではふたケタ万円代で買えるというのは、嬉しいような不当なような、何とも微妙なところだが、唯一無二の資質を考えると、おそらく今後のZZRの中古車相場は、ジワジワと上がって行くんじゃないだろうか。
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Detailed Description【詳細説明】
1984からのGPZ900R(115ps)をベースとする水冷並列4気筒エンジンは、’86GPZ1000RXの125ps、’88ZX-10の137psを経て、ZZR1100では147psに到達。D型の登場時には150ps超えが期待されたものの、最高出力は不変だった。
C型では左シングルだったラムエアシステムの吸気口は、D型でツインに変更。セパハンはGPZ900R系と同様の手法で、トップブリッジ上に装着される。
速度計のフルスケールが320㎞/hだったのは、’00年のD8まで。燃料タンク左右のメーカーロゴは、当時のスポーツバイクでは珍しい立体型を採用した。
ボリュームを感じるテールカウルの原点は’86年型GPZ1000RXで、D型ではかなり洗練が進んだ。左右には格納式荷かけフックが備わっている。
燃料タンク下部にチラリと見えるキャブレターは、ケーヒンCVKD40だ。
前後ホイールサイズは現在でもタイヤ選びで困らない、3.50-17/5.50-17。今どきの基準では決してコントローラブルとは言えないが、フロント:φ320㎜ディスク+対向式4Pキャリパー、リヤ:φ250㎜ディスク+対向式2Pキャリパーによるブレーキは、当時としては一般的な構成だった。
前後ショックユニットも当時の定番と言うべき構成。フロントフォークはφ43㎜正立タイプ、リヤはリンク式モノショックを装備する。
【主なスペック】
●エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブ並列4気筒1052㏄
●ボア×ストローク:76×58㎜
●最高出力:147ps/10500rpm
●最大トルク:11.2㎏-m/8500rpm
●乾燥重量:233㎏
●全長×全幅×全高:2165×730×1205㎜
●軸間距離:1495㎜
●シート高:780㎜
●キャスター/トレール:26.5°/107㎜
●タイヤサイズ:120/70ZR17・180/55ZR17
●燃料タンク容量:16L
文:中村友彦/写真:富樫秀明/取材協力:レッドバロン
※本企画はHeritage&Legends 2019年10月号内『’90年代カスタムバイク界回顧録』に掲載された記事を再編集したものです。