ヤマハ「テネレ700」試乗インプレ(濱矢文夫)
テネレ700はまごうことなきオフロードバイクだった!
フロント21インチ、リア18インチとオフロードモデル定番のホイールを履いていることだけでなく、またがっただけで柔らかく、ロードモデルより奥深くまで入り込む足廻りからもはっきりそれが伝わってきた。ヤマハ自らが新たな4ストビッグオフと言い切っているのは伊達ではない。
もう一度シートからおりて、かたわらから手で強く前後左右に動かしやすいフラット形状になったシート表面を押してみて、ぐっと入った減衰力が効いたリアショックユニットの戻り方は一般的なアドベンチャーというよりオフロード車だ。
スペックを確認するとフロント210mm、リア200mmの長大なホイールトラベルを有する。手前への絞りがあまりなくフラットに近いアルミテーパーハンドルは、スタンディング姿勢で荒れたダート路面での姿勢にちょうどいい。
ちょっとした凸凹不整地をややリアに体重を移動し、フロントの荷重を抜きながらスロットルを開けてダダダダとスピードを上げて簡単に乗り越えて行く際の安定感とコントロール性など、ダートでは国産アドベンチャーの中でも随一だと思う。ちょっとスピードを上げてギャップに突っ込んでジャンプし、両輪を浮かせてみても着地で底づきする感じはなかった。かなりいける口だ。
オフロード走行はバイクの性能だけでなく、ライダーの技量と経験値に左右されるもの。だから“誰でもできる”と無責任なことは言えない。けれど、もしあなたがオフロードを走ることが大好きならば、テネレ700という選択をすれば幸せになれるだろう。
純正タイヤとして履いているピレリのスコーピオンラリーSTRはブロックの面積が大きく、オンロードでのグリップも考慮したのがうかがえるデザインになっているけれど、ブロック間が広めで横方向にしっかりとした溝が切ってある。このおかげで、フカフカした砂地に近いところや、水分を含んでヌタヌタになったところでも縦方向のトラクションが思いのほかいい。
あらためて車体を見てみると、MT-07譲りの水冷DOHC688ccパラツインエンジンは、オイルパンの下側への張り出しが大きい。それをオフロード走行に必要な最低地上高240mmを確保するために、持ち上げて高い位置に搭載している。
必然的にそのエンジンの上にある燃料タンクなどがその上に載るから、875mmという身長170cmの筆者にとって決して低くはないシート高よりさらに高い位置にボリュームがある独特なレイアウト。これでオンロードバイクより重心が高いオフロードバイクらしい構成になっているということだろう。
コンパクトな直列2気筒で、トラクション特性に優れる270度クランクのクロスプレーンエンジンとはいえど、よくこれを使ってオフロードでの走りを高めた機種を作ろうと思ったものだと感心した。
オフロード走行を中心にした作り込みだという前触れがあっても乗ってみるまでは、正直少しだけ懐疑的な気持ちがあったけれど、ライディングしていみるとその疑いははれた。エンジンはMT-07より低中速のトルクを豊かにしたものだ。そこでのレスポンスと押し出し感は気持ちよく、使いやすい。
舗装されたストリートでの走りは一連の公道向けオフロード車のそれだ。前後の大径ホイールをひらひらとリーンさせて旋回力を高めていく乗り味。エンジンは高回転までひっぱらずに、トルクが強い中域をキープするようにシフトチェンジした方がスムーズに走れた。
フロントスクリーンは、ヘルメットを装着した頭に当たる向かい風を防いで優しいものに変えてくれた。これだけでも長距離、長時間になるほど体力温存の役にたつ。トラクションコントロールなどの複雑な電子デバイスはないけれど、困る場面はほとんどない。ライダーが制御しやすいソリッドなミドルツアラーだ。
同じテネレでもXTZ1200スーパーテネレは、ワインディング最速と思わせるほどのロードでの運動性能だった。それは、それで魅力的だったけれど、テネレというとパリ・ダカールラリーから誕生した砂漠の匂いがする方がしっくりくる。そんなテネレが帰ってきたのである。
デュアルパーパスでもユーザーの多くは舗装路が主体なのは間違いない。だからオフロード性能を重点的に追求するモデルは現在も少ない。
その中で思いきって舵取りをしたヤマハのテネレ700は、ある意味で異端かもしれないけれど、ある意味でこれを心から待っていた熱狂的なファンを獲得するだろう。かくいう私も大いに心惹かれているひとりだ。正真正銘の道を選ばないリアルアドベンチャーが誕生した。