スズキ「Vストローム1050XT」試乗インプレ(濱矢文夫)
メインステージはストリート。ロードを極める意欲作!
角形デザインのLEDヘッドライトに独特のフロントフェンダーのクチバシスタイルはDR750Sのスタイリングを手掛けたデザイナーによるもの。80年代から90年代にかけて盛り上がっていたパリ・ダカール・ラリーと、それを走ったスズキワークスレーサーのレプリカ的モデル、DR750/800SというDRビッグシリーズを彷彿とさせる造形だ。さらに砂漠を疾走したものと似たカラー。懐かしい姿で帰ってきた。
Vストローム1000から1050になっても、DOHC4バルブ90°V型2気筒エンジンの排気量は1036ccと変わっていない。ところが、乗ってみると驚くくらいフィーリングが変わっていた。このエンジンの元祖はロードスポーツモデルだったが、その頃よりVストロームになって穏やかになったとはいえガツガツと前に出るパワーフィールは残っていた。それがとても滑らかだ。例えるなら小さい起伏のあったやや荒れた土地を、きれいに整地した感じ。
ワイヤーで物理的にコントロールしていたスロットルバルブが、電子制御スロットルに変わったことも大きいだろう。各種の情報をECUが判断して状況に合わせた的確な特性にしていることもあり、スロットルを開けたらどの回転域からでもリニアにトルクがついてくる。フラットにトルクが出て、押し出すというより滑っていくみたいに速度が上がっていく。これなら長時間乗っても疲れにくい。
Vストローム1000はネイキッドスポーツに近いと思えるほどオンロードでの走りが良かった。ワインディングなど攻めて走れる爽快な旋回性とハンドリング。これが他のリッターオーバーデュアルパーパスツーリングモデル、一般的に“アドベンチャー”と呼ばれる中で際立ったものだった。
XTはワイヤースポーク仕様だが、フロントはオフロード走行での走破性をねらった21インチではなく、以前と同じタイヤサイズの19インチホイールだ。だから旧モデルが持っていたオンロードでの軽快なところと楽しさがちゃんとある。それに加えて動きにしなやかさが加わった。
前後のサスペンションがよりコントローラブルだ。それに加え前のXTモデルより重くなっていることもあり、切り返しなどのシャキシャキっとした動きの角を落として丸くしたようだ。そうなっても舗装されたつづら折りでの気持ちよさはちゃんとある。
これまでと同じでオンロードツーリングに軸足を置いているけれど、物腰が柔らかくなったことと、唐突にトルクが盛り上がらないパワー特性も味方して、SDMS(ススキドライフモードセレクター)を最もシャープなレスポンスの[A]にしていても、ダートでコントロールをしやすい。
オフロード経験が豊富なライダーなら、このままトラクションコントロールをオフにして、ABSの2つあるモードを介入が少ない[1]にして乗ると振り回して乗れておもしろい。ただ悪路と呼べるような場所までガンガン行けるものではない。スズキもそれを想定しているとは思えない。けれどフラットな林道くらいなら問題ない。
逆にダートがちょっと怖い人ならば、SDMSを[C]にして、トラクションコントロールをリアタイヤの空転を最も感度良くおさえる[3]にして、ABSを[2]にすれば、加速時と減速時にスリップしにくくなるので安心だろう。
標準モデルより装備が増えているXTグレードには、前の5軸から6軸になったボッシュ製のIMU(慣性センサー)になって、車体が上下に動くピッチ、タイヤの接地面を軸に左右に動くロール、車体が水平に回転する動きのヨーの角度だけでなく、3つの動きの加速度も検出して各種のシステムを制御している。だから滑りやすいダートだけでなく、濡れた路面などでリーン中の減速でもABSはタイヤをスリップさせないように働くからビギナーにとって心強いものになるだろう。
極低回転域はスズキお得意のローRPMアシストが働いて、発進やノロノロとUターンするときにエンストする心配がなくなっていてやりやすい。決して小さいとは言えない車体だから、その部分を気にせずに操作に集中できる。
坂道でギアが入ったまま、クラッチレバーを握って停止しているとき、前後のブレーキのどちらかをかけるとヒルホールドが働いて、ブレーキから手足を離しても後ろに下がらなくしてくれるのも、意外なほど重宝した。身長170cmと決して大柄ではない身長で、両足の先は届くけれどカカトまでは届かないから助かる。もっと足つきが厳しい人に間違いなく味方になってくれるだろう。ただし、30秒経つと自動でオフになるのでご用心。
個人的にとても気に入ったシチュエーションは流して走っているときだ。巡航走行が実に快適だ。エンジンは滑らかで、パワフルに感じさせるピッチングモーションが小さく、でも遅いなんてことはなくちゃんと速度は伸びていく。6速や5速のまま低回転域で走っていても、スロットルを開けるだけで、流れているクルマの速度変化に対応できるイージーさ。
高速走行ではオートクルーズもあるし、スクリーンを上げておけば向かい風はまず気にならなくなる。フラットな乗り心地ながらハイペースで飛ばしてもブレーキはしっかり効いて、足回りの所作に物足りなさはない。
やんちゃさが残っていた旧型から成長した。Vストロームの旗艦モデルはジェントルな大人になった。だけど、操る悦びも失っていない。