試乗・文:松井 勉/撮影:渕本智信/協力:ホンダモーターサイクルジャパン
MT vs AT? いえいえDCTです。
2009年のことである。ホンダはVFR1200FにDCTことデュアル・クラッチ・トランスミッション搭載することを発表し、その翌年、発売した。メディア試乗会でDCTに触れた印象は「スゴイ!」の一言だった。
まずはDCTのメカニズム的特徴をみてみると……。
1 1、3、5速と2、4、6速それぞれにクラッチパックを持つ。
2 内装シャフト方式でMTモデルと同等のスペースにツインクラッチを収めた。
3 エンジンオイルを使い油圧制御でシフト操作、クラッチ操作を自動で行う。
4 変速直前から次のギアにも駆動力伝達を始めることで駆動の途切れ感がとても少ない。
5 ATモード中でもパドルスイッチでマニュアル変速が可能。
6 4輪ではDCT搭載車が増えつつあった当時、運転感覚的にシビアなバイク向けに専用開発されたシステムである。
というもの。
実際に走らせた第一印象は……。
1 クラッチ操作、シフト操作をしてくれるので、ライダーとして心にゆとりが出た。
2 エンストしない。坂道発進もメチャ安心。
3 シフトアップやシフトダウンで「ギア抜け」がない。
4 変速時に駆動の途切れが極めて少ないのでスナッチが少なくライダーは疲れない。
5 それでいてMTミッション同様の多段ギアなので今までの感覚に近い。
6 手元のシフトスイッチ(4輪的に言えばパドルシフター)でシフト操作も可能。
7 結果的にゆとり、不安のなさがバイクを操るコトにさらに集中させ楽しさ純度アップ。
というものだった。
発進、変速、停止──バイクを操るそれぞれのタイミングで、エンジン回転数、車速、そして適切なギアを選択し、クラッチレバー、アクセル、チェンジペダルをシンクロさせながら操る。ライディングの悦びの源泉でもあると思っていたし、それが腕のみせどころだと思っていた。
だから、見せ場を奪うDCTに乗れば体と頭が拒否反応的異物感を心に広げるにちがいない、そう思っていた。しかしものの数分でメカニカルなミッションを見事に制御するロジックに降参。こんな上手いクラッチワーク、シフトチェンジは自分では絶対にできない、続けられない。信頼して任せます、とオトモダチになれたのだ。
例えるなら、シフト操作、クラッチ操作に使う僕の頭の中にあるCPUの空きメモリーが、DCTのおかげでものすごく増え、他の操作や景色を楽しむ方向に振り向けられた、という感じ。走るコトは認知、判断、操作の連続だけど、その処理速度がDCTに作業分担してもらったことでより早くなったという感じなのだ。
その後、NCシリーズがデビュー。DCTもアップデイトされさらにライダー感覚に近づいた。NC700系が搭載するエンジンの美味しいところだけを繋いだシフトスケジュールは、うま味たっぷりのトルクをそのまま楽しませてくれた。
そして2016年。CRF1000L Africa Twinが登場し、DCT×ダートに僕は真髄を見た。
DCT、これは武器だ、と。その理由は……。
1 ダート路でABSをキャンセルしてリアブレーキをロックさせてもエンストしない(MTクラッチ車では再度クラッチミートさせるときに失敗したりするコトがある)。
2 スタンディング走行時、クラッチ、シフト操作がないので左手、左足のポジションの自由度が高い。
3 ラインやギャップに集中することで操る純度がさらに高まる。
4 ペースを上げた時、ボディーアクションの自由度が高いから疲れない。
5 スポーツ性はMT>ATという図式が僕の中で消えた。むしろ攻めるならDCTだ。
シフト時やアクセルを開けた時の駆動系のスナッチをより滑らかに繋ぐ制御を持つDCTだが、その制御をカットし、アクセルレスポンスをMTモデル的にするGスイッチの存在も忘れるわけにはいかない。Gスイッチを押し、走りだすとテールスライドのキッカケがとても作りやすくなる。クラッチレバー操作をしない分、ハンドルバーに無駄な力も入らないので、バイクが持つセルフステアもより引き出しやすい。
海外でも様々なシチュエーションを走った。走りにフォーカスしている自分、広大な荒れ地でアフリカツインを走らせる悦び。DCTは走り出して路面とバイク、風景と自分がシュッと調律されるまでが早かった。(CRF1000L Africa Twin DCTでバハを駆け抜けたレポートはコチラ→ http://www.mr-bike.jp/?p=118986 )
ツーリングを通してバイクを楽しみ尽くす。
そして今回、今年フルモデルチェンジをしたCRF1100L アフリカツイン アドベンチャースポーツ ES DCTを600㎞ほど走らせた。一泊分の荷物には出先で使うあれこれとモノが加わりまるでキャンプツーリング行くの? という量に。EERAを備えているからサスペンション設定をライダー+荷物にしてあっという間に姿勢補正完了で出発。
エンジンを始動し、シフトスイッチでニュートラルからD(ドライブ)へ。市街地から都市高速、そして西に向かう高速へと乗り継ぎおよそ200㎞。紅葉の始まった高原に向かう。クルージング中はオートクルーズを使い6速での巡航を楽しんだ。
これは私感ながら、今後ACC(アダプティブクルーズコントロール)が2輪にも波及した場合、前走車に追従する機能を盛り込むのであればDCTがもたらすACCへの親和性は高いはず。これも期待したい。
高速道路を降りて給油。疲れは最小。アフリカツインの高速クルーズは持ち前の空力性能もあり素晴らしかった。静粛性がこれほど高いとは!
いよいよ高原ルートへ。ワインディングでもDCTはDモードのまま。カーブへのアプローチや下り坂でエンジンブレーキが欲しいという場合、左スイッチボックスにあるパドルスイッチをタップ。1速、2速のシフトダウンで充分足りるが、3速分タップすると、気持ち良いブリッピングが入る。DCT、気持ちを上げる制御がホントに巧い。
ブレーキングへの集中力も高まる。秋のこの時期、ライン上に落ち葉があることだって珍しくない。そんな場面を想定しつつ走る心地よい緊張感。コーナリングを楽しみ、風景が開けたらアクセルを開けてゆく。シフトアップはDCTに任せる。トルクバンドの濃い部分を使って走るDモードが僕は好みで、もっと高い回転を駆使したい場合、Sモード1、2、3、を使えばDモードより低いギアをキープしてスポーツ走行とのフィット感も合わせやすい。
アフリカツイン アドベンチャースポーツ ES DCTとの楽しい2日間はあっという間に過ぎ、帰路の高速道路へ。DCTの燃費も気になる。巡行中、28km/lまでは届かなかったが、平均で27km/l前後はだせそうだ。もちろん、ペースや渋滞など状況により変化するのが燃費だから一概には言えないが、DCTはATだから燃費が悪い、というのは都市伝説のようだ。
長い距離走って思うのは、やはりライダーにとってクラッチ操作やシフト操作はスキル次第で楽しくもなるし難しくもなる、ということ。DCTに任せてライディングの純度の高い時間を享受する。ホンダがDCTモデルを販売開始して10年。今なおDCTが魅力的なライディング装備であることにまったく変わりがなかった。
試乗・文:松井 勉/撮影:渕本智信/協力:ホンダモーターサイクルジャパン
【各部の解説】CRF1100L Africa Twin Adventure Sports ES Dual Clutch Transmission
DCTのクラッチカバーはこのように特徴的な形状になる。エンジンオイルフィルターは、カートリッジ型のコンベンショナルなものに加えDCT用エレメントも備えている。
左スイッチボックスにあるマニュアルシフトのためのスイッチ。グレーのスイッチがそれで、グリップ下側がシフトダウン、「-」のプリントがある。前側、「+」のマークが見えるのがシフトアップスイッチ。パドルシフト、というのがカッコいいかもですね。
右のスイッチボックスにあるシフトスイッチ。ニュートラルからDモードへ。長押しでSモードへとなるシフトスイッチとグレーのA/MはATモードからMTモードへと変更する時に押す。
MT車にはあるシフトペダルがない。オプションでDCT用のシフトペダルも装着が可能。直接メカニカルにギアをシフトするのではなく、手元のパドルスイッチ同様、つま先で操作するシフトスイッチ、ということになる。シフトペダルがない分、オフロードブーツでだれもが体験するスタンディング時に意図せず踏んでギア抜け、シフトダウンということもないのがDCTのメリットの一つ。
イグニッションを入れると必ずシフトはニュートラルへ。シフト操作には特にブレーキを握るなどの付帯操作の必要はナシ。
メーターパネルの表示、エンジン始動後、Dモードにシフトし、その後A/Mボタンを押すとATモードからMTモードへと切り替わる。D、Sに対してMの文字があってもよいかも。
シフトスイッチをN→Dへ入れたところ。シフトショックやギアがカチョンと入る音もMT車同様。その意味では自動の電動シフト、電動クラッチ、電動変速とも言える。
シフトスイッチをDモードからSモード2へしたところ。シフトスイッチの長押しでD→Sへ。さらに長押しでS1→S2→S3へとロータリー式に変わる。アクセルレスポンス、ギアを高い回転まで保持する、シフトアップの抑制などスポーツライドに相応しいスケジュールになるのが特徴。