文:西野鉄兵/写真:西野鉄兵、若林浩志
みぞれがちらつく中、新東名を西へ
12月中旬、若林浩志氏に会いに行くべく、トリシティ155にキャンプ道具を積んで家を出た。
首都高から東名、新東名とつないで西へ向かう。目的地は静岡県磐田市の竜洋海洋公園オートキャンプ場だ。
トリシティ155は、高速道路を走れるバイクのなかでは最小クラスの排気量となる。不安はあったものの、しっかりと交通の流れに乗ってたんたんと走ってくれた。
朝9時の気温は5度だった。日が高くなってきてもなかなかトリシティ155の温度計は10度を超えない。
防寒装備を整えてきたので、凍えるほどではない。また、トリシティ155は防風性能が高く、脚にダイレクトに走行風が当たらない造りになっているのがありがたい。
しかし、掛川PAの手前で天候に異変が。長いトンネルを抜けるとみぞれが降ってきた。
前日に2020年一番の寒波がやってきて、関越道では大変なことになっていた。若林氏が住む愛知県でも朝うっすらと積雪していたとのこと。本日は海沿いのキャンプなのだが不安しかない。
幸いなことにみぞれはすぐに去り、再び晴れ間が出てきた。あとは高速を降りて南下すればキャンプ場だ。
寒風に立ち向かえ、料理対決で「無限鍋・煉獄」を披露
竜洋海洋公園オートキャンプ場に到着したのは15時過ぎ。所在地は静岡県磐田市駒場6866−10。
ヤマハ発動機の本社がある磐田市。ところがこの場所は、スズキの竜洋テストコースのすぐ隣。トリシティ155でやってきたら、ホームなのかアウェイなのか複雑な気分になった。
愛知県からやってきた若林氏は先に到着し、設営も終えていた。
「お疲れさまでーす」
「お疲れさまでーす」
「これは、あれですね……」
「ええ、寒いですな」
気温は6度。しかし気温よりもはるかに寒く感じる。バイクに乗っているときと変わらないくらい風が強い。周辺には風力発電の風車が並んでいた。見たこともない速度で回り、轟音を上げる。
キャンプ場の管理人さん曰く、「もともと風が吹くエリアですが、ここまで強い日はそうそうないですよ」とのこと。
だけどおかげで貸し切りに近い状態。ここ竜洋海洋公園オートキャンプ場は、2021年1月から始まるTVアニメ『ゆるキャン△ SEASON2』に登場することが予想され、放送後は季節を問わず大勢のキャンパーが詰めかけるはずだ。
テントを設営していると、若林氏から「こちらをどうぞ」と突然の贈り物が。何と、ホットサンドメーカーだった。
僕がwebオートバイの編集長に就任したことを祝って用意してきてくれたらしい。そういう不要な気遣いをしてくれる人だ。
僕が以前、ホットサンドメーカーはバイクキャンプに向かない、おしゃれキャンパーぶった何者かが格好だけで使う無用の長物だ、などと、このアイテムを罵倒していたのを覚えていたらしい。
自分では絶対に買うことはなかったが、いざ手にしてみると……無性にワクワクする。いろいろ挟みたくなる。何だかこれを持っているだけでおしゃれキャンパーの仲間入りを果たした気がする!!
「お返しにこちらをどうぞ」と、僕は普段から携行している扇子を渡した。
将棋棋士・藤井聡太二冠の扇子だ。揮毫は「大志」と並んで有名な「飛翔」。この扇子は七段時代のものとなる。
「うおおおお!」と若林氏は猛烈に喜び始めた。真冬のキャンプ場で扇子をもらってこんなに喜んでくれるのは若林氏くらいなものだろう。
若林氏が喜んでくれたのには理由がある。じつは氏は、藤井聡太二冠と同じ高校の卒業生なのだ。でも、地元愛知県のどこで扇子が買えるのか分からないと嘆いていた。
若林氏はパタパタと扇ぎ出し「涼しい!」と喜び、3秒後に「これは汚さないようバッグの底に……」としまっていた。
さて、設営も済んで、焚き火も起こせた。
夕食の支度に取り掛かる。僕は、季節に関係なく鍋しか作らない。理由は楽だから。冬場は身体を温めるという意味でも鍋がいい。とくに辛いやつが。
今回使ったのは最近お気に入りの「赤から」。名古屋方面からやってきた若林氏に名古屋名物・赤から鍋をふるまうという失態は、指摘されて初めて気が付いた。
ストレートタイプは、積載に余裕があるときは非常に楽だ。鍋に注いで温めて、あとは具材を入れていくだけで完成する。調理時間は沸かしている時間をのぞけばわずか数分。
若林氏は「子どもができてから辛い物をなかなか食べられなくなったから嬉しい」と喜んでくれた。そうとなれば、もともと辛めのスープに、さらにスティックタイプの「赤から」の素と七味などを足す。
できあがった鍋は焚き火の赤さをしのぐ、マグマのような色になっていた。完成──「無限鍋・煉獄」。
無限鍋とは、具材を足すだけで翌朝の朝食まで持つことから、昔からそう呼んでいる。そして、燃えるような赤さからイマジネーションされた、煉獄。
さて、お味は──
「辛い!辛い! 炎を直接食べてるみたい!」
若林氏は嬉しそうだ。炎の呼吸を吸ったりはいたりしながら、外気でキンキンに冷えた水をグイグイ飲んでいる。「水うめえ! 水の呼吸!」よかったよかった。氷炎将軍フレイザードかな。
唇がひりつくものの、胃から身体がポカポカしてきた。師走の寒風に負けない無限鍋・煉獄。お尻も心配になる。
そうこうしているうちに、「いまのキャンプはおしゃれじゃないといけないと思うんですよ」と以前から豪語する若林氏のアクアパッツァが完成していた。
トマトと魚介による優しい味付けだ。それにパスタに混ぜ、絶品料理が完成した。
どんどんなくなるアクアパッツァ。いっこうに減らない無限鍋。どっちが優秀な料理であるかは、想像におまかせしよう。決して「赤から」が悪いわけではなく、無茶苦茶なたし算をしてしまった西野が悪いということは追記しておきたい。
日が落ちると気温は2度まで下がった。いくら温かくて辛いものを食べているとはいえ、冷える。相も変わらず風力発電の風車はビュンビュン回り、ここぞとばかり電力を生み続けている。
防寒装備は整えてはいたものの、寒風の勢いは増すばかりで、焚き火に10cmまで近づいてやっと温かみを感じられるほどだ。
たまらず若林氏は立ち上がる。「風呂に行ってきます!」
ここ竜洋海洋公園オートキャンプ場の魅力のひとつが、日帰り温泉施設が隣接しているということ。若林氏は賭けに出た。湯冷めの心配以上に、現状のいかんともしがたい寒さに負けたのだ。
若林氏が温泉から戻ってきた。
「入館時に行なった検温が34度5分でしたよ」と言いながら、ほくほくして、服の上から湯気が出ている。その後の様子を見守ることにした。若林氏の様子に変化がなければ、僕も温泉に向かう。
10分経つ。「どうですか?」という問いに「いやあ、どうかなあ」とあいまいな答えが返ってくる。
20分経つ。「どうですか?」「いやあ、どうかなあ」
30分経つ。「どうですか?」「いやあ、どうかなあ」
「温泉気持ち良かったですか?」「いやあ、どうかなあ」
「僕も温泉入った方がいいですかね? けっこう寒いんですけど」「いやあ、それは分からないなあ」
頭おかしい。湯冷めしているのかどうか全然教えてくれない。
意を決して、「僕も風呂行ってきますね」と告げると「いや、西野さんはやめておいた方がいいじゃないかなあ」などと言う。
それを聞いて、「あ、これ入った方がいいやつだな……」とようやく確信できた。
結果、温泉のぬくもりは何ものにかえがたく、まさに至福。そして、予想していたほど湯冷めもしなかった。
「なんで早く行ってきなよとか教えてくれなかったんですか」そう詰め寄ると、「それは人によるだろうから」と意味不明な答えが返ってきた。このときの若林氏の思考はおそらく一生理解できない。
そんなユーモラスな若林氏と初めて出会ったのは、2020年2月のことだった。たまたま仕事で一緒になり、そこからお互いキャンプ好きということで話が弾み、webオートバイで連載を持っていただくことになった。氏の記事にかける情熱には、本当に頭が下がる。
若林氏の新記事は、毎週日曜日19時30分にwebオートバイで公開中。ぜひ毎週チェックを!
22時、管理人さんが「消灯ですので」と夜回りにきた。キャンプ場で、消灯時間を告げられるのは初めての経験だったが、それもキャンプブームの中で生まれた新たなカルチャーなのかもしれない。
まだまだビールを飲んで話していたいが、素直に就寝することにした。
若林浩志氏のスーパーカブ90をちょこっと紹介
消灯が早いと、朝も早い。6時過ぎに起きた。テントの中で寝袋に入れば、家の中で布団に入るのとほとんど変わらず、熟睡できた。
写真を撮ったり、無限鍋を温めたりして若林氏の起床を待つ。
これが若林氏の愛車「スーパーカブ90」。毎週記事で見ているが、実車を見るのは初めてだ。感慨深い。
ホットサンドメーカーで朝食を
いよいよホットサンドメーカーの出番が来た。挟めるものを挟んで焚き火で温めてみる。
若林氏のコールマン・旧型ツーリングドームSTのファスナーが開いたのは、8時過ぎだった。がっつり10時間くらい寝ている。すごい。
撤収・積載を終え、竜洋海洋公園オートキャンプ場を出た。すぐ裏にあるお気に入りのビュースポットへ向かう。
海岸のすぐ手前には灯台が建つ。この掛塚灯台も漫画『ゆるキャン△』5巻で登場したそうで、1月からのTVアニメにも登場する可能性が高いそう。楽しみ。
天竜川の河口で若林氏とはお別れだ。じつは、このキャンプまでに夏と秋にキャンプの予定を立てていた。しかしどちらも雨で流れた。3度目にして、ようやく実現した。
「次回は春に標高1900mのしらびそ高原で会いましょう。では!」
それっていまよりも寒いんじゃ……。天竜川の堤防で横風に煽られながら、スーパーカブ90は去っていく。若林氏は雪中キャンプ経験者。寒い寒い言いながら、冬キャンが好きなようだ……望むところです!
文:西野鉄兵/写真:西野鉄兵、若林浩志