語り:伊藤真一/まとめ:宮﨑健太郎/写真:松川忍/モデル:大関さおり
伊藤真一 氏
1966年、宮城県生まれ。1988年ジュニアから国際A級に昇格と同時にHRCワークスチームに抜擢される。以降、WGP500クラスの参戦や、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。写真のCBR1000RR-Rの開発ライダーも務めた。2020年から監督として「ケーヒン ホンダ ドリーム エス・アイ レーシング」を率いてJSB1000などに参戦。
ホンダ「CBR600RR」試乗インプレ(伊藤真一)
ウイングレットとカウルの形状を煮詰めることで、操縦安定性と直進安定性が大幅に向上していた。
新型CBR600RRに乗るのは、今回の試乗で2回目となります。最初に乗ったのは、2020年全日本ロードレース選手権第4戦(ツインリンクもてぎ)のデモランでしたが、公道を走るのは今回が初めてです。実は前の型のCBR600RRはサーキットでしか乗ったことがなかったので、新型CBR600RRの走りを公道で試すのが楽しみでした。
ツインリンクもてぎで乗ったときも思ったのですが、CBR600RRはすごく直進安定性が良いですね! 横風があっても、ビターっと矢のように真っ直ぐ走ります。また高速道路を走っているとき、大して伏せた姿勢をとらなくても防風性能が高いです。これは、ウイングレットとカウリングの形状を煮詰めたことの効果でしょうね。
公道を真っ直ぐ走っているだけでも、ウイングレットとカウリングの空力で、直進安定性と操縦安定性が向上していることがわかります。ダウンフォースについては、SC82(CBR1000RR-R)よりは少なく感じました。ハンドリングの軽快感とのバランスから、SC82ほどダウンフォースを効かせる必要はない、という考えなのでしょうね。
都内の編集部から主な撮影場所の峠道まで行くときは、すぐに首都高に乗ることになりますが、ちょっとの距離を走らせただけで、鉄フレーム車とは異なるアルミフレームのスーパースポーツらしい車体のフィーリングを楽しめました。ハンドリングがすごく正確で、路面の段差とかも全く気になりません。
前後のサスペンションが跳ねるわけでもなく、柔らかすぎるわけでもなく、上手く段差をいなしている感じです。良くできた足まわりからの入力を、しっかりとフレームが受け止める印象です。
興味深いのは、SC82に比べホイールベースが短いのに、CBR600RRにはベターっとした「重さ」がある点です。SC82の方が、ある意味「軽さ」を感じます。四輪に例えると、CBR600RRのハンドリングの正確さは、まるでポルシェみたいだな、なんて感じました。このあたりも、ウイングレットとカウリングによる操縦安定性と直進安定性の高さから、得られる印象なのかもしれませんね。
前の型同様、リアサスペンションはユニプロ(ユニットプロリンク)ですが、ユニプロはハイサイドしにくいというメリットがあります。ただリアの接地感がわかりにくいので、雨の日や寒い日など路面状態が良くないときに怖かったりします。接地点を押さず、受ける方向ばかりに動くので接地感が伝わりにくいのです。
ただ、新型は車体の改良によるものなのか、リアの接地感が非常にあります。これはすごい進歩だと思います。どのようにしてこの特性を出したのか、とても興味を覚えました。
ひと昔前は250、400、600、750ccの各クラスでアルミフレームのスーパースポーツがラインアップされていましたが、現在では速度レンジが高めでアルミフレームのスーパースポーツって、1000ccクラスに集中していますよね。そういう意味ではCBR600RRは、非常に貴重な存在だと思いました。
SC82は、ナンバー付きで公道を走れるバイクとしてはかなり「強烈」です。あれを公道で全開にできる一般の方は、いないと思います。プロである自分が乗っても、ヤバいと思うくらいですから…。CBR600RRの121馬力も公道車としてはすごいですが、フレームと足まわりが良くできているので、馬力が強烈と感じることはなかったです。実際、すごいスピード出るんですけどね(笑)。
また電子制御スロットルになって、パワーモードなど自分に合ったものが選べるので、多くの人にとってはSC82よりもとっつきやすいと思います。
これは買っておいた方が良いかも…と思わせる、高いクオリティを持つ貴重な600ccスーパースポーツ。
エンジンは基本的な出力特性も良く、口径44mmと大きなインジェクションボディを採用しているのに、低速域、中速域が犠牲になっている感じは全くないですね。またブレーキは前後ともに、制動力とタッチ両方が抜群でした。前後のブレーキの制動力のバランスも良く、エンジンと車体の高性能に見合った装備だと思います。
今回の試乗では運悪く渋滞に遭う場面が多かったのですが、アシスト付きのクラッチは軽くかつタッチが良かったので、助けられましたね。SC82から、アシスト付きクラッチのタッチは、非常に良くなっていっていると思います。
この連載でSC82に扱ったときにも同じような話をしましたが、サーキットを速く走れるように作ったバイクは、公道で走らせてもいろいろな恩恵が受けられるということを、CBR600RRでも思いました。
低速域から力があって扱いやすく、良く回って気持ちいい高回転域が楽しめる高品質な4気筒エンジン、完成度の高い足まわりとアルミフレームによる、高精度のハンドリング、そして電子制御によって、好みのモードを選ぶことができる…。
サーキットを速く走る技術は、公道でスポーツライディングを楽しむ際に、いずれもメリットに繋がります。サーキットも小さいRのヘアピンを速く走らないといけないので、そういう場面での扱いやすくしておけば、自然と街乗りでも扱いやすくなるわけです。サーキットで乗りづらいバイクが、街乗りで乗りやすくなるわけはないのですから。
CBR600RRのクオリティは、1世代前のスーパースポーツのフラッグシップのSC77(CBR1000RR)と同等だと思いますし、それが240万円以上の1000ccスーパースポーツの販売価格よりも、だいぶ安い160万円台でCBR600RRは買えるのですから、けっして高い買い物ではないと思います。また、近年は各メーカー、レースベースとしての600ccスーパースポーツは販売していますけど、公道走行可のモデルの販売は減少傾向にあります。
そういう点からも、新たに登場したCBR600RRは本当に貴重なスーパースポーツだと感じます。実は自分も、これは買っておいたほうが良いかも…と試乗を終えた後に思ってしまいましたね。