1978年のデビュー以来、43年目にして、ついに生産終了が発表されたヤマハSR。
さようなら、いままでありがとう――という気持ちはあるけれど
この先「新車で買えなくなってしまう」というだけで、SRはまだまだ生き続ける。
21世紀に生き残った、奇跡の空冷単気筒のオートバイ。
SRのスピリッツは、まだまだ終わらない。
文:中村浩史/写真:森 浩輔
43年、生き続けた奇跡のモデル
前代未聞のヤマハSR400
「SR、もうなくなっちゃうんだって? もったいないなぁ、昔オレがあれ乗ってたの、知ってたっけ?」
2021年1月、ヤマハがリリースした「SR400ファイナルエディションを発売」というニュースは、アッという間にオートバイ乗りの間を駆け巡った。ついに、とうとうか――。
特に80年代初頭~中盤、SRの初期の頃を知っている「元」SR乗りたちの反応が早かった。とっくにオートバイを降りたはずのセンパイたちが、珍しく連絡してきたほどだった。
SRの生産終了は、時代の流れに精いっぱい抵抗して対策しての、最後の選択だった。年々厳しくなる排気ガスと騒音規制、装備基準の変化やABSの装着義務化。ちょうど20年7月に、35年もの歴史を持つセローの生産が終了したのと、事情は同じだ。
SRと排ガス&騒音規制との戦いは段階的なデバイス追加で対策されていった。まず排気ガス浄化のためのエアインダクションが追加され、キャブレターをインジェクションに変更。そのために追加しなければならなかった補器類のために、ありとあらゆるスペースはつぶされていった。
さらにマフラーにキャタライザーを追加し、蒸発ガスの大気放出を防ぐキャニスターも追加された。シンプルなはずの空冷単気筒存続のために、どんどんスペースを探して、装備を追加せざるを得なくなっていったのだ。それでも生産終了の直接的きっかけは、ABS非装着の自動二輪は、生産継続車の場合21年の10月以降製造してはならない、という新ルールだった。
対処療法で規制をクリアしていくにはもう限界、対策のための装備を追加していくと、それはもうSRではなくなってしまう。だから苦渋の決断、生産終了せざるを得なかったのだろう。
そしてSRは21年9月いっぱいで生産終了しなければならなくなった。すでに通常の量産ラインではない、ハンドメイドに近いパートが多いSRだけに、1日あたりの生産台数が限られているため、精いっぱい作ってのファイナル5000台、限定車1000台の、計6000台なのだ。
この6000台の配分でも、ヤマハ本社と国内の販売店との間で綱引きがあった。6000台の配車受付に8000台以上のオーダーが入り、ヤマハが各販売店にオーダーを減らしてもらうお願いまでして回ったのだとか。
43年も生産された奇跡のモデル。やはりSRは、前代未聞のオートバイだ。
いくつもの表情を持つ愛すべき空冷単気筒
久しぶりにSRに乗り込んでみた。もちろん、貴重なファイナルエディションではなく、20年モデル。手に入らないファイナルよりは、と人気が上昇しているカラーなのだそうだ。
これまでもSRには、80年代後半くらいからだけれど、ほとんどの型に乗っている。初期ディスクブレーキもドラムブレーキも、キャストホイールもスポークホイールも、フロント19インチも18インチも、キャブレター時代も、インジェクション時代も。
もちろん、いろんな規制の入っていない80年代のSRは、空冷単気筒ならではの荒々しさはあったけれど、何度もの規制対応を受けて、現行SRはきちんと空冷単気筒のテイストを表現できている。むしろ今では、単気筒らしい荒々しさよりも、静かな排気音、スムーズなエンジン特性が評価される逆転現象さえ起こっているのだ。
キックアームを踏み下ろしてエンジンスタート。ズドドドドド、とはならずに、ストトトトトとアイドリングするSRをセンタースタンドで置いておくと、少しずつ停車地点がズレていくのもSRっぽい。
走り出すと、毎回のように静かなサウンドに驚くことになる。車体をブルブルと震わせて走るテイストも、今どきのオートバイでは独特の乗り味だ。
SRで走るといつも思うのは、回転ごとのSRの表情だ。2000回転まではアイドリングして加速する時に使う「通過点」、2~3000回転では「鼓動を楽しむ」ことができて、3~4000回転はトルクが乗って振動もなく、いちばん「気持ちよくスポーツできる」回転域。
そして4~5500回転は高周波の振動がハンドルに、両ステップにビリビリビリとくる。このへんの回転域が、SRのストリートでの常用回転域。だからSRは振動が多いバイクだ、と良くも悪くも言われるのだろう。
けれど、これはヤマハの「演出」。この回転域の振動を抑えたいならば、ハンドルバーエンドやフットレストにウェイトを仕込めばいい。
それを「あえて」やらないから、SRがSRであり続けているのだ。
ひとっ飛びしないSRとの優しい時間
SRがいちばんSRらしい、鼓動を感じられる回転域を過ぎると、それまで不快にさえ感じられた振動が、徐々に連続したビートに変わって、7000回転あたりまでぐいぐいと車体を前に進める力が湧き上がってくる。
ここが、実はSRの真の楽しさがあるエリアだ。けれど、空冷単気筒エンジンをこの回転域まで回すオーナーは多くないため、このSRの楽しさを知るライダーは少ないかもしれない。もちろん、多用する回転域ではないけれど、SRをただの「穏やかなオートバイ」だと考えている人は、この回転域を一度でも体験してみるといい。
SRで走っていると、トップギア5速で80km/hは3600回転、100km/hは4600回転、5000回転で110km/hくらいのクルージングが味わえる。心地いい鼓動を味わえるのは4000回転あたりで、この時のスピードは90km/hくらい。ここが、SRのスイートスポットだ。
SRは、ドラムからディスクブレーキに変更された2000年あたりを境に、排ガス&騒音規制に対応するため、徐々に牙を抜かれ始めてしまった。
単気筒らしい、一発一発の爆発のカドがなくなり、単気筒エンジンらしさは少しずつ失われ始めたけれど、フューエルインジェクション化されたあたりからまたトルクアップ。
もちろん、80年代頃の空冷単気筒の荒々しさはなくなってしまったけれど、それでもSRは唯一無二の空冷単気筒。ずっと振動も鼓動も感じられる、独特のパワーフィーリングを持つ「新しくないオートバイ」に変わりはない。
ひとっ走りして休憩していると、熱をもったシリンダーの空冷フィンが、チンチンと音をたてて冷えていく。この穏やかで贅沢な時間もまた、SRなのだ。
場所さえ許せば、300km/hさえ可能な、200PSのオートバイもさして珍しくなくなった。きっと今日ここまで走った距離は、ビッグアドベンチャーで走れば、休憩なしでひとっ飛びで来られるかもしれない。
それでも、休みながら、SRと対話しながらの時間が愛おしい。
いつでも逢える、ずっと乗れる
40年以上10万台以上も生産されたSR
SRに仕事として試乗するのは、これが最後になるかもしれない――そう思って、あえて走った、いつもより長めの550kmの半日ツーリング。一度にSRでこんなに距離を走るなんて、初めてのことだ。
まだ肌寒い3月。振動するハンドルバーを握り、ビリビリと震えるフットレストを踏みしめ、高速道路では風圧に耐えながらの走行は、寒さも手伝って、確かに肉体的には疲れたけれど、不思議と不快ではなかった。
走り終わってぐったりしてしまうような疲労ではなく、少し休むとまた走りたくなるような心地いい疲れ。これもSRのいいところかもしれない。
これまでSRに乗るたびに、いくつも不思議な思いを抱いてきた。
初めて乗ったのは30年以上前だろうか。キックスタートに翻弄され、今まで乗って来たどのオートバイとも違うフィーリングになかなか馴染めなかったことをハッキリと覚えている。
それから何度も乗るたびに、いつしかキックスタートも上手くなり、SRなりの走り方も覚えてきた。それでも、なかなか好きだと言いにくい、そんなオートバイ。だって世の中は1000ccの水冷4気筒16バルブエンジンなんてハイスペックが常識で、アルミフレームもラジアルタイヤも当たり前になっていく時代だったから。
時代がひと回りして、少しだけSRのよさがわかり始めたのは、この5年10年だ。確かにSRはハイパワーじゃない、斬れるようなハンドリングでもない。けれど、それがSRなのだと気づき始めたのかもしれない。
やはりSRは、パッと乗って好き嫌いを論じるオートバイではない。乗って乗って、走って走ってSRの良さと悪さをたくさん感じて、好きになればいい、嫌いになればいい。
駿馬には駿馬の楽しみ方があり、ロバにはロバの味わいがある。
世の中すべての乗り物がスーパーカーになってしまってはつまらない。8000cc/1000PSのブガッティ・ヴェイロンは確かに刺激的で楽しいだろうけれど、660ccの軽自動車スポーツカーだって、楽しさの絶対量はきっと変わらないはずだ。
とうとうSRはファイナルエディションが登場して、これでもう新車のSRを手に入れる機会はなくなってしまう。そう「新車の」SRはね。
これまで40年以上、世の中に生まれたSRは10万台以上。SRにはいつだって逢える。ずっと乗れる――。
文:中村浩史/写真:森 浩輔