文:宮﨑健太郎、ゴーグル編集部/写真:松川 忍/モデル:ちぱる
BMW「R nineT」2021年モデルの特徴
BMWの歴史を感じさせるヘリテイジモデル「R nineT」シリーズがモデルチェンジ。
往年のGS風エンデューロモデルのアーバンG/S、クラシカルなオフロードテイストのスクランブラー、ベーシックモデルであるピュア、そしてシリーズを象徴する往年のスポーツモデル風の美しいスタイルを持つロードスターであるR nineTの各モデルで大きく完成度をアップ。
大きな変更点としては空油冷DOHCフラットツインエンジンが挙げられる。良好な燃焼とトルクの最適化のため新型シリンダーヘッドを採用し、4000~6000rpm付近のパワーとトルクの特性を大きく改善。またABS Proの機能向上、セッティングが容易で快適性も高い新しいサスペンション、ライディングモードなどで機能アップ。
アダプティブ・コーナリング・ライト機能を備える新型LEDヘッドライトや、USB充電ソケット、ETC 2.0車載器も標準装備されて使い勝手も良くなった。
BMW「R nineT」歴史解説(宮﨑健太郎)
R32がフラットツインだったのはある意味「必然」だった?
1923年にBMWは、縦置きクランクシャフトのレイアウトを持つフラットツインエンジンを搭載するR32の生産を開始。以来1世紀弱に及ぶ長い期間に、BMWは数々のフラットツインを生み出して今日に至っている。
第一次世界大戦後、ベルサイユ条約により航空機エンジン製造を禁じられたBMWは、本格的な2輪事業進出に取り組むにあたってマックス・フリッツ技師に2輪用エンジンを設計させている。そして生まれたフラットツインのR32は、2本のクランクピンの位置がクランクの中心を挟んで、それぞれ180度の位置に配置されていた。
サイドバルブ、OHV、DOHCと弁方式こそ時代毎の要請によって変わっていくことになるが、クランクピン位置180度の水平対向という、BMWフラットツインの基本構成は、R32以来不変だ。
2気筒の場合、レシプロ運動する2つのピストンが生む振動…一次振動を相殺させるシリンダーの配置は、フラットツイン、90度V型、そしてタンデムツインの3つになる。振動の少ない2気筒を作りたければ、自ずとこれら3つのうちのひとつを選ぶのが合理的な判断だ。フラットツインは奇異なエンジン型式というより、多くの人が常識のなかで思いつく型式とも言える。
じつはR32誕生前の1919年にも、BMWはM2B15というフラットツインを製造しており、それはヘリオスという2輪車に搭載された。フリッツ技師のBMW用エンジン作りという仕事も、ヘリオス用M2B15の評価からスタートしている。航空機エンジンの設計者だったフリッツ技師は迷うことなく、M2B15の横置きクランクシャフトのレイアウトを否定し、R32用のM2B33をデザインした。
当時の技術で空冷方式は、後ろ側気筒の冷却という問題を解決する必要が常に生じた。2輪車の場合、たとえ単気筒であったとしても前輪などに阻害され、前面からの冷却風がシリンダーやヘッドにきれいに当たらないことが、潤滑系が今より貧弱だった当時の技術水準では大きな問題になっていた。
2輪車のシャシーに搭載して、何にも邪魔されることなくシリンダーとヘッドにダイレクトに冷却風を当てることができるのは、クランクシャフト縦置きフラットツインの他にはない。この選択は航空機エンジンメーカーをルーツとするBMWにとって、極めて自然な流れだったと言えるのだろう。
万人に嬉しい、フラットツインならではの扱いやすさ!
一次振動の低減と冷却性からフラットツインを選んだであろうフリッツ技師が、2輪車にフラットツインを積むことの「もうひとつの大きなメリット」について、どれだけ意識していたのかは定かではない。その大きなメリットとは、シリンダーがクランクケースの上ではなく横に配置されるため、極めて車体が低重心になることだ。
重心位置はハンドリングに関わるため、一概に低ければ低いほど良いとは言えない。しかし、大型車の場合は一般論として高重心な造りにすると、停車時に車体を足で支えることと、低速時の扱いが容易でなくなってしまう。
排気量500cc、車両重量122kgで始まったBMW製フラットツインだが、より速い2輪車を求めるという時代の要請に従い、年々大型化していったのは周知のとおり。R32から約100年を経て、最新のR nineTでは排気量は1170cc、車両重量は221kgまで増加している。
しかし、初代R32よりもはるかに大きな排気量と車体を持つR nineTだが、同クラスの他社製ネイキッドと比較した場合、R nineTはそれらよりも扱いやすいと多くの人は感じるだろう。
停車時も、低速時も、そして高速道路を疾走するときも、外乱に強く安定していて、気疲れすることのない扱いやすさを乗り手に感じさせてくれる…。歴代フラットツインが脈々と受け継いできた「美徳」は、しっかりR nineTにも宿っている。
そしてこの扱いやすさは、体格の小さなライダー、非力な女性ライダー、大型車に慣れない初心者だけでなく、ベテランライダーにも等しくその恩恵を感じさせてくれるのだ。
スタイリングの美しさを保ちつつ細部をブラッシュアップ
R nineTが2014年型として2013年に初披露されたとき、このモデルをBMW2輪事業90周年を記念して企画されたカスタムバイクと思った人もいると言う。確かにそう勘違いするくらいに、その外観はスタイリッシュさにあふれていた。
それもそのはず…。R nineTプロジェクトを手がけた人物は、現在はインディアンのデザイン部門責任者を務め、当時はスウェーデンのチョッパービルダーとして名声を得ていたオラ・ステネガルドその人だった。ステネガルドは、オーナーとなる人が自由にR nineTを自分仕様に仕上げられるよう、カスタムの余地をあえて残してまとめ上げていた。
その一方、BMWもメーカーメイド・カスタムの手法でR nineTを母体とするバリエーションモデルを展開。スタンダードのR nineTのほかトラディショナルな「ピュア」、デュアルパーパス的に遊べる「スクランブラー」、1970年代カフェ風の「レーサー」、そして根強い人気を誇る1980~1990年代GSのイメージを与えた「アーバンG/S」をラインアップしている。
この春、日本でもデビューすることになったR nineTシリーズの2021年型は、初期型からの美しいスタイリングを踏襲しつつ、各部をアップデート。
エンジンは混合気のスワールを生み出す新型シリンダーヘッドを採用。ブレーキ系は従来型より安全性を向上させたDBC=ダイナミック・ブレーキ・コントロールを組み込むABS Proに進化。任意に選択できるライディングモードや、WAD(ストローク依存型ダンパー)を取り入れた新型サスペンションなど、走りのポテンシャルを高める装備の充実ぶりが、嬉しいモデルチェンジとなっている。
またUSB充電ソケットやETC2.0車載器が標準装備化され、高速道路などで便利なクルーズコントロールを用意するなど、街乗りやツーリングでの実用性が従来型よりも高められているも嬉しい。
BMWフラットツインを体験したことの無い人の中には、振動が少なく、優等生的な2気筒車というイメージを持つ人も少なくないだろう。しかし180度に2つのクランクピンを配置するフラットツインには、ちょっとした「隠し味」を生む仕掛けがある。
フラットツインは、全く振動がないわけではない。構造上2本のクランクピンを約2インチ(約5センチ)離して配置しているため、垂直軸上に振動がわずかに発生しているのだ。
その振動は強力なバイブレーションではなく、ちょうどいい塩梅の鼓動感として乗り手に伝わる性質のものだ。雄弁過ぎず、寡黙過ぎでもない…その絶妙さを、ぜひ最新のR nineTで体験していただきたい。