文:濱矢文夫、小松信夫、アドベンチャーズ編集部/写真:柴田直行
モトグッツィ「V85TT トラベル」インプレ・解説(濱矢文夫)
唯一無二のフィーリングに独創的なスタイリングをプラス
スタンダードのV85TTと、このトラベルとの違いは、ヘッドライトの両脇にレイアウトされたLEDフォグランプ、大きなウインドスクリーン、パニアケースの装着など。つや消しのデザートカラーはナミブ砂漠をイメージしたものだという。
ここでモトグッツィに砂漠のイメージがないと思うなかれ、1980年代のパリ・ダカールラリーでは縦置Vツインエンジンを搭載し制作されたモトグッツィのラリーレーサーが砂漠を駆け抜けていた。過酷な砂漠の冒険レースを経験したメーカーとしてデザートカラーを身にまとう正当性がある。
853ccの空冷4ストロークOHV2バルブ縦置き90度Vツインエンジンは、アイドリングからブリッピングすると同メーカー他機種と同じく右へ車体が傾く。そうミドルクラスアドベンチャーながらシャフトドライブを採用しているのである。走り出すと、燃焼して発生するトルクが、太鼓を叩くような鼓動と同調して出て、回転上昇とともにビートは早くなる。
クラッチを繋いだ瞬間からしっかりと力があって、車体とライダーを進ませる。シームレスで滑らかというより、コロコロと転がっていくようなフィーリング。トルクは3000回転後半からさらに増して、そのままレッドゾーンに入る7000回転くらいまで落ち込まずに続いていく。
トルクが幅広い回転数で平均的に出てくるから、あまりタコメーターを意識せずともスロットル開けるだけでレスポンスよくダダダっと進む。きっちり調教されているけどワイルド。スキップするように加速するところが楽しい。
燃料タンクを覆っている樹脂カバーの造形は、ロードスポーツのV7シリーズと似ていて、そのまま上と横にボリュームを足したようで、全体的に太くたくましく見える。けれど、またがってみると、高張力鋼管を使ったダイヤモンドフレームとシートは細身で股の開きは大きくならない。おかげでシート高830mmの数値から想像するより低く感じる。シートから続くニーグリップエリアも見た目よりスマートでホールドはたやすい。
テーパーバーハンドルを使ったアップライトなポジションはスタンディング姿勢も無理なくできるアドベンチャーとしては標準的なもの。ペグの位置はライダーのお尻の中心からやや前。座面からの距離もあるので、足もとが窮屈だと思わなかった。重心が高めの縦置きエンジンらしいヒラヒラとしたフットワークでスロットルを閉じれば素早くリーンしていく。
当然、モトグッツィのロードスポーツより全体的に高い乗車感だが、ペタンと倒れるようにリーンしても速度に見合ったアングルで安定したもの。ホイールベースが1530mmとこの分野では短めなこともあり意外なほど小回りが可能。不安につながるような所作はみせない。
ワイヤースポークホイールの仕様が変わって、新たにチューブレスタイヤを履けるようになりバネ下重量が1.5kg減少した効果か、動きの軽さに磨きがかかったようだ。
キャラクターを際立たせている2灯ヘッドライトは明るく照射範囲も広い。しゃかりきに飛ばすよりも、高回転まで使わずクルージングしている方が性にあう。
今やアドベンチャーカテゴリーの中には多くの機種が存在している。それぞれに特徴があって、たとえ同じメーカーでも同じものはない。人に例えるなら十人十色。V85TTトラベルはその中でも個性的。独特のスタイリングだけでなく乗ったフィーリングもどれとも似ていないからおもしろい。大まかな方向性があってカテゴライズされているけれど、その輪郭はくっきりしているわけではなく自由。
ターゲットとなるライバルがいてそれを見ながら独自性を出したのではなく、基本となるコンポーネントが既にあって、それを使ってアドベンチャーとしての機能性を追求しつつ乗って楽しめるものにしようとしたのだろう。アプローチの違いが、他とは似ていない魅力になっている。
同じカテゴリーのライバルと比べてああだこうだと考えないで、これがいいな、と独りごちる説得力。『世界で唯一のクラシックエンデューロ』とモトグッツィのウェブサイトに書かれているが、乗ったあとの印象は『世界で唯一の〝モダン〟クラシックエンデューロ』である。伝統的な部分と電子制御など近代的なものが化学反応してオリジナルを極めている。