文:小松信夫
スズキは日本語車名のバイクを世界各地で展開する
スズキの「ハヤテEP」と言っても、ほとんどの人はどんなオートバイなのか想像できないはず。そもそも、2012年にインドやバングラデシュなどに向けて開発された「ハヤテ」からスタート。スポーティなミニカウル付きのヘッドライトや、タンクからシートにかけてのデザインは今時だけど、スチール製ダイヤモンドフレームに二本サス、ドラムブレーキ、キャブ仕様の113cc空冷単気筒エンジンといった、枯れた信頼性の高いメカニズムで固められた実用コミューターで。
インドとその周辺諸国では、非常に安価なこの手のモデルに今もかなりの需要があり、各メーカーの競争も激しいようでして。そして「ハヤテ」はその中でも人気な1台として、そして現在は改良を施された「ハヤテEP」になってます。登場時から外装は結構変わったけど、車体とかの基本的な構成はほぼそのまま。メカニズム的な変更は、排ガス規制対応とかくらい。
ちなみにスズキには「ハヤテ」を名乗る別のモデルも存在しておりました。それがタイで販売されていた、ちょっとスポーティなスクーター「ハヤテ125」。両車メカニズム的にも性格的にも全く別物。
「ハヤテ125」は2007年にデビューして、結構最近まで販売されてたようなので、インドとタイで並行して全く別の「ハヤテ」が存在してた時期もありました。まあ、距離も離れてて文化圏も商圏も異なるので、特に混乱もなかったのかな。
ところで皆さんご存知の通り、スズキは昔から日本的な言葉を車名に付けるのが好きですよねぇ。例えば「ハヤテEP」よりちょっぴりグレードが上の150ccモデルには、「サムライ」なんて大層な名前が付いててビックリ。スズキで「サムライ」っていえば、昔はジムニーの海外向けモデルだったんだけど。
忘れちゃいけない、みんな大好き「カタナ」。2019年にスタイルもメカニズムも現代的にリファインされて復活して、世界中で再び人気になってますもんねぇ。日本国内はともかく、海外では今だに紋切り型な日本観というか、日本語のオリエンタルな語感とか(あと漢字)が今でも受けるんだなぁ。
そして今年は、これまた世界的な超人気モデル「ハヤブサ」が復活したのも記憶に新しいところです。で、この「ハヤブサ」と「ハヤテ」と来たら、ある種の人(私だけかな)はオートバイじゃなくて、どうしても別の物のことを思い浮かべてしまうのです。そう、ヒコーキ好きな人は旧日本陸軍の戦闘機、一式戦闘機「隼」と、四式戦闘機「疾風」とオートバイを同列に考えてしまったりするんですよ。するんじゃないかな? するんだってば!
「隼」も「疾風」も製造したのは中島飛行機という現存しない会社でして、現代の自動車関連メーカーと歴史的に関連があるのは4輪のスバルくらい(日産ともちょっとある)。でも、スズキとは一切繋がりはない。でもまあ好きなもんで、ついつい益体もないことを考えちゃうんですよ。
あ、戦闘機の写真なんて手元にある訳ないんで、プラモデルの箱絵で「隼」や「疾風」がどんなものか見てください。
「ハヤブサ」は強力なエンジンと空力特性に優れるフルカウルで、驚異的な超高速巡行が得意なメガスポーツですよね。
でもヒコーキの方の「隼」は、開発された時点ですでにやや非力なエンジンだったけど、軽快で小回りが効くのが特徴の、素直で優れた運動性能によって高く評価されたというから、「ハヤブサ」のイメージとはちょっと違う。「隼」のイメージをバイクにするとすれば、むしろ250ccスポーツっぽい。
インドで売ってる「ハヤテ」の方は、経済性、信頼性を重視したザ・実用車でございます。
しかし「疾風」の方はというと、「隼」によく似たスタイル(同じメーカーで設計者も同じだから)の機体なんですけど、中身は完全に別物。非常に小型で高出力な新型エンジンを搭載し、速度も速くて運動性も良好という、「隼」や海軍の「零戦」を圧倒してたアメリカの大パワーな戦闘機たちに対抗できるというバランスの良い高性能機! バイクで言えば最新のリッタースーパースポーツ的な感じでしょうか。
というわけで太平洋戦争の終盤、すでに敗色濃厚だった日本で、「疾風」は戦局打開の切り札として期待を集めた!…んだけど。試作機はともかく、量産機では肝心な新型エンジンのパワーが出ずに、期待されたような活躍はできなかったんだけどね(小声)。
ま、そんなことはスズキのマーケティング部門の人は1ミリも考えちゃいないでしょう。「ハヤテ」に興味を示すインドの人々も、スタイルや価格や燃費や使い勝手は気になるだろうけど、70年以上前の日本のヒコーキのことなんて知りやしません。
「ハヤテ」も「ハヤブサ」も日本的イメージと語感の良さで選択されたんだろうなぁ、それが当たり前の感覚。でも、今の実用車じゃなくて、「ハヤテ」という名の本格的なスポーツバイクが出たらどんなんだろう? という妄想をしてしまう残暑の午後なのでした。
文:小松信夫
スズキ「ハヤテEP」の主なスペック
全長×全幅×全高 | 2025×740×1060mm |
ホイールベース | 1305mm |
シート高 | 795mm |
車両重量 | 107kg |
エンジン形式 | 空冷4ストOHC2バルブ単気筒 |
総排気量 | 113cc |
最高出力 | 8.6bhp/7500rpm |
最大トルク | 9.3Nm/5000rpm |
燃料タンク容量 | 10L |
変速機形式 | 4速リターン |
タイヤサイズ(前・後) | 70/100-17・80/100-17 |
ブレーキ形式(前・後) | ドラム・ドラム |