ホンダ「Dio110」1カ月間 通勤試乗記(西野鉄兵)
「何も考えずに乗れる」これぞ普段の相棒
21時過ぎ、仕事を終え新橋の編集部から自宅のある新宿方面へと向かう。帰り道にはスーパーが3カ所ある。「この時間なら、スーパーAのひつまぶし御膳が半額で手に入るかもしれない、ダメだったらスーパーBの半額天丼うどんセットで良しとしよう」。シートの上で目的地とルートを決める。Dio110とのバイクライフは1カ月が経とうとしていた。
乗り出して数日間は、コンパクトな車体と軽快さを活かし、街中をキビキビと走ることを楽しんでいた。通勤路では、入ったことのない小道を選び、最速ルートを開拓する。日常の探検にいそしみ、片道約7kmの通勤にワクワクがもたらされた。
2週間ほど経つと、Dio110のある生活は僕の中で当たり前のものとなっていた。そこで気づいた魅力は、まるで「歩くのと同じように乗れる」ということだ。
気負わずに乗れる、という表現はよくあるが、Dio110の場合はそれ以上。クルマが行き交う東京の街中を走っていても、自分の中では歩道を歩いているのと変わらないような感覚だ。ついやってしまいがちな歩きスマホの方がよっぽどリスクがある。
シートの上では、交通状況に気を配りながらも、スーパーのお弁当のことを考えたり、家に帰ってプライムビデオで観る映画を何にしようか悩んだり、信号待ちでは詰将棋を思い浮かべたりする。しかもヘルメットスピーカーで音楽を聴いている、帰り道はYOASOBI『夜に駆ける』がヘビロテだ。通勤電車で揺られているときとほとんど変わらない。
運転に余裕が生まれるのは、Dio110が軽量コンパクトで扱いやすいから……だけではない。もっとも快適に感じる速度が街乗りにフィットしているのだと思う。
総排気量109cc、最高出力は8.7PS。スペックを見ると頼りなく感じるかもしれないが、信号の多い一般道では必要充分。普通にスロットルを握り、普通にひねるとだいたい50km/h~60km/hまで加速する。
穏やかな加速特性は、このバイクが50ccスクーターの延長線上にあることを感じさせてくれる。高校時代に50ccのDioを愛用していたが、そのときのことをたびたび思い出した。とはいえ、なめらかな走りなどから感じる上質さは、20年ほど前の50ccとは桁違いだ。
ブレーキの制動力も加速力に応じた分かりやすいもの。フロントはディスクでリアはドラム。ガツッと利くわけではないが、軽い車体を的確に制動するには、やはり必要充分。
良く言えば扱いやすさ抜群、悪く言えば加速も制動もぼんやりしている。そのため「街中を誰よりも速く駆け抜けたいぜ!」なんて思っている人には向かないだろう。
俊敏な125ccスクーターや250cc以上のバイクと青信号で同時にスタートすると、だいたい置いていかれる。のんびりとしたライダーが乗るカブシリーズより少し速いかな、程度だ。
素早さを求めるなら同じホンダの「リード125」の方が何枚も上手だ。さらにその上には史上最高に快適かつ俊敏な2021年型の「PCX」もある。
目の前の信号が黄色に切り替わったとき「通り抜けるのか、止まるのか、安全なのはどっちなんだい」と悩む瞬間があるだろう。こういった場面で、PCXなら抜けていたタイミングでもDio110ではほとんど止まる選択をした。
ただ面白いのは、スロットルを普通に握ってひねったのち、もうひとひねりすると、はっきり加速力が増す、ということだ。
このブースター的な使い方は、主に上り坂で役立った。メーターに備わっているECOランプは消えてしまうが、都市部ならどんな道でも周りのクルマに置いていかれることなく走れる。60km/h制限の高規格道路で合流しなければならないときにも助かった。
これが50cc原付一種との決定的なちがいでもある。原付一種は制限速度30km/hの縛りがあるが、仮にそれを抜きにしても、出力の限界で交通の流れに乗れないことがしばしばあるだろう。50ccスクーターだと都心の合流は本当におっかない。
Dio110は普通に走っていると、だいたいいつもECOランプが点灯していて、快適な速度は燃費がいい速度でもあるということも分かった。
アイドリングストップ機能を起動させた状態で、204kmの街乗りを行なった。給油量は3.59L。計算上の燃費は、56.8km/L!
これはさすがにおかしいと思い、もう一度少しだけ遠乗りもして計測を行なった。2回目は、201km走り4.27L給油。計算上は47.0km/Lとなる。
そのうえ、車両価格もお手頃な税込24万2000円~。PCXより約11万5000円も安い。
言い方が悪く聞こえるかもしれないが、「普段乗るバイクで、車種は何でもいい」と考えている人にはうってつけだと思う。初期費用や維持費の面だけでなく、前述のとおり走行性能の面でもだ。
際立って突出した部分はないかもしれないが、変なクセもない。趣味ではなく生活の一部として使うなら、こんなに便利で安心感のある相棒はないとさえ思う。
以前50ccのDioに乗っていたとき、イタリアに留学経験のある友人から教えてもらった。
「Dioってイタリア語だと“神”って意味だぞ」
ああ、こんなにそばに神様はいらしたのですか。たしかに学生時代にどこへでも連れていってくれたDioは、僕にとって神様みたいなありがたい存在だった。神の名を冠した愛車が誇らしく、もっと大切にしなくてはとも思った。
それからおよそ15年、いまDio110に乗り、再び何でもない普通の日に幸せを感じている。
今晩、半額となったひつまぶし御膳が手に入るかは分からない。神に祈りを捧げながら、帰路につく。