文・写真:西野鉄兵
バイクと一緒に頑張って走る。原付ならではの一体感
静まり返っても明るい深夜、都心では原付二種スクーターに乗っていて最も浮き立つ瞬間かもしれない。交通量の少ない大通りをペースよく南下していく。
ディオ110に乗り出して約1カ月が経つ。今日まで片道約7kmの通勤でのみ使用してきた。とにかく便利なディオ110、通勤・買い物などちょっとした街中の移動では、最善のモビリティであるとすら思える。
今日は「便利さ」以外の一面が見たい。原付二種スクーターは、短距離の移動をいかにラクに快適にするかを最重要視されているが、乗り手の気持ち次第で遠乗りだって楽しめるのだ。
新宿から新橋、国道15号線に入れば、何も考えずに横浜まで向かえる。夜はなかなか明けない。久々のツーリングで興奮していたようだ。夜中に目覚め、二度寝は失敗、3時に飛び出してきた。
ディオ110はとても静かなバイクだ。住宅地を夜中に抜けるときはありがたく、旅先の観光地でも迷惑になりにくい。エンジンは振動が少なく、走りはなめらか。2スト時代のバタバタ走るスクーターを知る身としては、電動バイク並みとも思える。
操作はオーソドックスなスクーターなので、基本的にスロットルをひねるか、ブレーキを握るかだけ。車重はわずか96kgで取り回しもラクラク。50ccのスクーターに乗ったことのある人なら、ステップアップしてもすぐに同じように乗りこなせるだろう。
夜の街道は景色の変化が乏しい。時速40~50kmで心地よく走っていると、頭の中は過去の旅へとリンクする。
2020年晩夏のこと。コロナが少し落ち着きを見せたGO TO トラベルキャンペーンの時期にCT125・ハンターカブで出かけた。キャンプ場とビジネスホテルに泊まりながら、日本海まで抜けて、往復1000kmのソロツーリングだった。
山を上って、海へ出た。志賀草津道路の尾根に吹く冷たい強風、牧場併設のキャンプ場で夜中に聞いた牛のいびき、南魚沼の稲穂の香り、日本海沿岸を走っていたときの唇の塩味……。断片的に浮かんでは消える。
その年の冬には、古くからの仲間たちと現地集合現地解散のソーシャルディスタンス・キャンプを行なった。相棒はスーパーカブC125。キャストホイールを履いたC125はカッチリしていて、さながらカブ界のスーパースポーツ。大荷物を積んでいるにも関わらず、キレッキレな動きで、街中もワインディングも新鮮だった。
キャンプ場では新調したワンポールテントとそれによく似合うC125の姿。仲間との久々の再会、寒かったはずだが愉快な記憶ばかりが蘇る。
印象が強かった場面とともに、2つの旅の何気ないシーンが浮かび上がる。
どこにでもよくあるような片田舎の風景、トラックだらけの街道、煌めく真夜中のコンビニ、雪国の縦型信号機、国道を示す青看板、老夫婦が営む値段表記のないガソリンスタンド……。いずれもメーター越しに眺めた光景だ。
小さなバイクは、乗り手のわがままに付き合ってくれた。街道からワインディング、細道、ダート、「行きたい」と思った瞬間にハンドルを切って、寄り道ばかりとなった。
いまディオ110に乗って眺めている何気ない光景も、ふと思い出す日がくるのだろう。
原付二種の旅は、点と点をつなぐ線の部分が濃い
横浜で国道は15号から16号に変わる。南下を続け、トンネルをいくつか抜けると、そこは横須賀だ。夜とも朝ともいえない時間帯、繁華街・どぶ板通りと言えど、いまは寝静まっている。
信号の数はずいぶん少なくなった。自らの手首がクルーズコントロールになったかのように、一定の角度で固定される。
日の出前の三崎周辺。行き交うクルマはほとんどなく、ディオ110でのクルージングは、いっそうご機嫌なものになる。
高校時代、地元の神奈川県藤沢から三崎へと50ccのディオで幾度となく訪れた。海水浴など目的があったことはまれで、ほとんどは夜中だった。
夜、キャベツや大根の畑は一面の星空に包まれる。季節によっては朝陽を拝むことあった。当時はこれだけ見て帰路につく。往復約100km。ただバイクで走りたかっただけだ。
そして今日も三崎に朝陽は昇る。快晴なり。
今日は目的があった。三崎「魚市場食堂」の朝定食だ。
マグロの味噌漬け、マグロの刺身、ご飯、味噌汁、納豆、小鉢がついて670円。安い!
三崎の「魚市場食堂」は2018年10月にオープンした。早朝から営業していて、漁協関係者以外の一般客も利用可能。三浦半島の朝ツーリングは、ここができたおかげでより幸せなものとなった。
暖かい食堂で美味すぎるカニ汁をすすっていると、適度な疲労感と心地よい達成感に満たされる。
深夜に東京を出て、走った距離は100kmにも満たない。朝陽を拝み、朝食を食べただけで満足している。
きっと高速に乗れる126cc以上なら、ビュンとワープしてしまっていた。
原付二種の旅は、点と点をつなぐ線の部分が色濃くなる。
高速道路に乗れないから、ではない。一般道を普通に走っている速度が、もっとも気持ちのいい速度だからだ。その点が50ccとは決定的に異なる。
国道134号線を西へ。通いなれた道で、カセットテープの時代から聴いてきたサザンオールスターズを口ずさむ。江の島が見えてきたら、実家は近い。
海沿いに建つ母校の前を通り過ぎた。ツーリングを好きでいる気持ちは高校生のころから変わらない。そのことをおっさんになったいま、少し嬉しく思う。
文・写真:西野鉄兵