文:小松信夫
「eSPエンジン=スクーターのエンジン」という解釈は海外では通用しない!
使い勝手の良さに加え、低価格、経済性、信頼性まで兼ね備えたモデルとして、世界最大の巨大二輪市場・インドで幅広く支持されている質実な1台がホンダのCD110デラックス。日本ではかなり前に姿を消してしまったクラシカルなビジネスバイク、CDシリーズの系譜に連なるモデルということになるんでしょうかね。
とはいえ、かつてのCDシリーズのことを思えば、メーターバイザー一体のヘッドライトカウル、タンクやシート、テールカウルの形状なんかも随分とモダンになりました。ブレーキはドラムだけどホイールは前後キャストだし。ホイール径が前後18インチなのは日本の感覚だと小排気量車では珍しいけど、海外向けのこの手のモデルでは主流。左側のリアサス後方にサリーガードが付いてるのは、インド向けモデルのお約束ですな。
とはいえCD110デラックス、何の変哲も無い実用車。以前この連載でも、なんかインド向けモデルを取り上げた時に名前だけ挙げたような気がしますが、それ以上は触れませんでしたっけ。しかし、偶然にあることに気づいたんで今回紹介することにしました。このエンジンなんですよ、問題は。ボア47×ストローク63.121mmというロングストローク設定で排気量109.51cc、OHC2バルブの空冷単気筒という、一見すると実用車らしい極めてシンプルな構造のごく普通なエンジンですが。
問題はですね、サイドカバーの下に貼られている「eSP」のステッカー。そう、このエンジンはホンダご自慢の「eSPエンジン」なんですよ。ここで「アレ?」と思った人は鋭い。そう、「eSPエンジン」は「スクーターのエンジン」とされてるんですよ多くの場合。
『enhanced(強化された、価値を高める) Smart(洗練された、精密で高感度な) Power(動力、エンジン)の略で、性能や品質を向上させながらも、軽量、コンパクト、低コスト。実用性の高い出力特性と優れた耐久性、静粛性と上質感といった高性能、そして低燃費性能を実現する小型スクーター用エンジンです』なんて風に、ホンダの公式ホームページの技術解説なんかにも書かれてるから、私もそう思ってた。
最初に水冷で125ccの「eSPエンジン」を積んだのがPCXの2012年モデル。その後2013年に50ccスクーターのダンクが、やはり水冷の「eSPエンジン」を積んでデビュー。2015年にモデルチェンジしたディオ110には空冷「eSPエンジン」が搭載されるなど、バリエーションを拡大、さらなる改良も加えつつ、現行PCXでは「eSP+」に進化しながら現在に至るわけですが。
では、何をもってホンダは「eSPエンジン」と定義しているのか。目指すところは「実用的な力強さと耐久性の向上」「次世代グローバルスタンダードにふさわしい燃費」「低価格」。そのためにまず、PGM-FIの進化やエンジン自体の構造、具体的にはポートや燃焼室の形状などの改良で燃焼効率を向上。
オフセットシリンダーやローラーロッカーアームの採用などで機械的な抵抗も減らし、さらにオイルの攪拌抵抗や、水冷の場合は冷却系の抵抗にまでこだわるという、あらゆる部分でまさに重箱の隅を突くような工夫を重ねて「eSPエンジン」は成り立っているわけです。ただし、コレが「eSP」だ! という具体的な定義はないみたいね。
しかし考えてみると、コレってエンジンの効率向上を目指してるけど、スクーターだけの特別な何かではないんじゃないのか? 要するに「それ、スクーターに限らなくね?」と思っちゃう。公式な「eSPエンジン」の解説を見ると、スクーターならではの部分として駆動系に関する解説もあるんだけどね、それはこの技術の本筋ではないような。しかし逆に言えば、シンプルな構造だけどこれらの技術がちゃんと盛り込まれた結果、実用的で優れた燃費も備えるようになったCD110デラックスのエンジンが「eSPエンジン」なのは何の不思議もないってことで。
実際、「eSPエンジン」がスクーターに限らない技術である、ということをホンダ自身が示すようなニュースが最近あってですね。5月1日に開催されたMotoGP第6戦・スペインGP、ワイルドカード参戦したチームHRCのステファン・ブラドル選手が駆ったホンダRC213Vに、「eSPエンジン」の最新バージョンである「eSP+」ステッカーが貼られていたこと。これはもちろんRC213Vが「eSP+」だということじゃなくて、「eSP+」を世界に広く認知してもらうためだとか。それでも近い将来、スポーツバイクも「eSPエンジン」になるのかも、なんて思ってしまいますねぇ。
文:小松信夫