超大人気・ハンターカブだけじゃないクロスカブの実力をじっくり味わってみた。
文:中村浩史/写真:折原弘之
ホンダ「スーパーカブ」シリーズの偉大さ
スーパーカブにまつわる強烈なバイク初体験
1980年代中盤から1990年代初はじめの「レーサーレプリカブーム」をハタチ台に経験したひと達。いま50歳前後のライダーたちは、乗るのも乗せてもらうのも、人生で初めてのバイク体験がスーパーカブだった、ってことがとても多い。
そんな世代の彼らが子どもの頃、昭和40~50年代かな、カブの世界生産累計台数が1000万台を突破した頃、どこの田舎にも、いや田舎に行けば行くほど、カブはあちこちの家の軒先にあった。
街を歩けば、仕事中のカブ、停まっているカブがあちこちにいて、夜明けとともに新聞配達、牛乳配達のカブが走り回り、出勤するカブ、営業に回る銀行員や信用金庫の兄さん、郵便屋さんも、交番のおまわりさんも、ソバ屋の出前もみんなカブ乗りだった。スクーターが街にあふれだしたのは、もう少し後のことだった。
私ごとで言えば、バイクに初めて乗せてもらったのは小学校低学年の時だった。父親の通勤のアシがカブで、登校する僕をひょいと小学校まで乗せてくれることがあったのだ。
朝の支度にモタモタしていると遅刻しそうになる。となると父親が「ほら乗れ」と、ちょこんと椅子の前の方に座らせてくれた。それが楽しくて楽しくて、僕の朝の支度はいっそうモタモタしたんだけれど(笑)。それは40年余が経った今でも、強烈に覚えている。
初めて自分で運転したバイクもカブだった。もう時効だろうから白状するけれど、中学1年生で新聞配達を始めたのは「カブに乗せてもらえる」っていうウワサがあったからだ。
もちろん、公道で乗るわけにはいかない。僕が暮らした田舎では、朝4時5時に新聞の荷揚げの時間帯があって、新聞を専売所に持ち込むトラックの詰め所が広い私有地で、そのトラックを待つ間、センパイがカブの乗り方を教えてくれたのだ。
軽いキックアームを踏み下ろすとエンジンは簡単に始動したし、カブの自動遠心クラッチも、ひととおり教われば簡単だった。悪いセンパイが「エンジンをかけて、ブンて吹かしてからスバヤクがしゃん、ってシフト踏むんだぞ」って教えてくれて、教えられた僕は簡単に大ウィリーした。
これ実体験だ。
そんな強烈な初体験から40年。今でもカブは形を変えて、立場やファン層を変えて、第一線で頑張っている。スーパーカブとカブプロに50と125があって、125カブ、ハンターカブ、そしてクロスカブだ。
ホンダ「クロスカブ110」インプレ(中村浩史)
キャストホイール採用のおかげでチューブレスタイヤ装着ができる!
いま「カブ」と言えば、スーパーカブ&プロが50ccと110cc、クロスカブも50と110、それにスーパーカブC125とCT125ハンターカブがすべてのファミリー。
このうち、50プロと110プロは完全にビジネス向けで、趣味として乗る人はかなりの変わり者だ、きっと。そうやって乗ってる人、ごめんなさい。
趣味として乗るとなると、今の一番人気はCT125ハンターカブ。これはもう、装備も構成も性能も、スーパーカブファミリーの最上級機種で、ハイグレードカブという意味ではC125も然り。スーパーカブのひとつの魅力である「ちょいとそこまで」って気軽さとは別の魅力にあふれている。
そこでクロスカブだ。けれど「50」はなかなか現代の交通事情では生きづらい。最高速度30km/h、通行禁止の場所があり、二段階右折しなきゃいけない交差点があったり、しちゃいけない交差点だったり──。だからクロスカブ110をクローズアップしてみた。実は今、125ccクラスのラインアップが充実したことで、改めてクロスカブに注目が集まっているのだ。
クロスカブは、スーパーカブに「ちょっとアソビの要素」を加えて2013年にデビュー。レッグシールドを小型にして、丸目ヘッドライトとヘッドライトガードパイプ、バーハンドルを持つ黄色/赤/グレーという、ビジネスバイクとかけ離れたカラーリングで登場したモデルだった。
2018年にはフルチェンジ。レッグシールドを取り払って、LEDヘッドライトを採用。クロスカブ=クロスオーバー・カブの魅力をより際立たせたレジャーバイクとなった。
現行モデルは、2022年4月に登場。キャストホイール&フロントディスクブレーキを採用し、排気量はそのまま、スモールボア×ロングストロークとした新エンジンを搭載。これが、素晴らしく完成度が高いのだ。
キャストホイールの採用は、法規制によってABSを装着しなければならなかったから、ディスクブレーキを採用しているC125の7フロントまわりを使用しているためで、コストアップは仕方ないにしろ(車両価格は34万1000円から36万3000円に2万円+税金分アップしたのみ)、ユーザーからしたら大歓迎! だって、チューブレスタイヤが履けるから。不意のパンクでも圧倒的に修理が簡単なチューブレスタイヤは、仕事用だろうがアソビのアシだろうが、すべてのカブファンが待ち望んでいた装備なんだと思う。
それより、キャストホイールとフロントディスクブレーキの装着、さらに新型ロングストロークエンジンの採用で2万円アップに収めたことの方がスゴい、とホンダを褒めなきゃ!
実際の乗り味は、前後ワイヤースポークホイール+ドラムブレーキから、前後キャストホイール+前ディスク/後ドラムブレーキになったことで、まずはブレーキングが比べ物にならないほど制動力高く、安定するようになった。コントロール性ももちろんね。
フロントのみに新しく採用されたABSも、よほどのパニックブレーキでない限り介入してくることもない自然さ。砂利まじりの路面でわざと強くブレーキを掛けると、ククッとABSが作動したから、ちゃんと「ブレーキロックして危ない時に」効いてくれるABSだ。
キャストホイール装着でホイール剛性が高くなったことで、乗り味がいくらかピシッとした……ような気がする程度だ。もちろん、限界域では違いが出るだろうけれど、街中を50~60km/hで走って違いが分かることは少ない。ただし、車道から歩道への段差の乗り上げの時など、カツンと硬質な手応えを感じることはあった。
河原でゴロゴロとした路面を走る時、トップ写真のような押し歩きの時、ワイヤースポークのたわみやしなりを重視するのか、キャストホイールのカチッとした硬質感を取るのか、という時代の境目なのかもしれない。
4速60km/hが気持ちいい。街乗りに特化した快適フィーリング
キャストホイール採用で印象が変わったハンドリングよりも、大きく変わったのがエンジンフィーリングだ。
新エンジンは、モンキー125やGROMと同じ63.1mmのストロークを持つスペックで、110ccという専用排気量のため、125では50mmのボアが47mmに設定されている。
ミッションは4速から5速となったマニュアルミッションのGROMやモンキー125と違って、カブおなじみの自動遠心クラッチのままの4速。このため、AT限定免許でも乗れるのが、GROMやモンキー125にはないカブファミリーのメリットだ。
そして、この新エンジンの出来が素晴らしかった! なかなかエンジン性能を「素晴らしかった」なんて陳腐な表現はしたくないんだけれど、イイんだからしょうがない。この新ロングストローク110ccの完成度はものすごく高い。個体差も多少はあるだろうけれど、125cc版のロングストロークエンジンよりもいいフィーリングだったことは記しておきたい。
まずは回転が滑らか。振動がなく、回転のフリクションがきれいに取られている印象。旧型からギア比も変更され、ややローギアードに振られているため、ローギアでの発進が力強く感じるようになった。
4速の自動遠心クラッチだけに、シャキシャキ機敏な走りは苦手かと思われがちだろうけれど、各ギアを引っ張るような乗り方こそ苦手ながら、早め早めにシフトアップして4速に入れてのクルージング=定速走行が快適。
一般道の最高速度が60km/hで許されている原付二種だけに、おそらくこのスピードにギア比を合わせているのか、60km/hやプラスαくらいのスピード域での気持ちのいいエンジンの回り方が快適で、使用頻度の高いスピード域での気持ちよさ、ストレスのなさを重視しているのだろう。クローズドコースで試してみた最高速度は、ながーい時間をかけての100㎞/hといったところ。ただし80km/h以上まで加速した後は、それ以上のスピードに達するのにすごく時間がかかり、エンジンが苦し気にうなるようなフィーリングで決して現実的ではない。
一般道の流れに乗って60km/hで快適に走るには十分。実際、その辺りが気持ち良く走れるバイクなのだ。ちなみに実走燃費は、ストップ&ゴーの多い都内で約60km/L、郊外のバイパスを走った時には約65km/Lといったところ。ガソリン代が200円/Lになったって、カブ乗りにはなかなか関係ないかもね。
街中を走って快適で、郊外を流してストレスがない
110ccの原付二種モデルということで、やはりロングランが苦手だと思われるクロスカブ110。だから、軽く日帰りツーリングに出かけてみた。行くだけでは物足りない、デイキャンプほどの荷物を積んでの往復300kmほどのショートトリップだ。
編集部を出て、混雑する都内を抜けて国道20号を西へ。奥多摩を回って山梨・大月を回ってくる、関東ライダーの定番ツーリングルートだ。
街中を走るクロスカブは、とにかく快適な印象が大きかった。発進トルクも充分で、60km/hの定速走行がとにかくスムーズで振動がなく、その時の車体の安定性も充分。
ただし、信号待ちでカブならではのミスもたびたびあったのはご想像のとおり。発進してスピードを乗せてクルージング、信号で止まった時に、ついギアをそのままにしてしまうのだ。
通常のミッションならば、停止線に向かって6→5→4……とシフトダウンするんだけれど、その構造ゆえシフトダウンしにくいカブ系の自動遠心クラッチでは、4速のまま停止、その後に信号が青になって発進しようとすると、あわれ4速スタートでヨロヨロヨロッ、ってことが少なくないのだ。
この対策は、停止している時に、4速からもうひとつシフトアップ方向に踏み込んで、ニュートラルかローギアにしておく習慣をつけるしかない。2~3日乗っただけでは、ついついやってしまうカブあるあるだ。それ以外は、交通の流れもリードできるスピードで走れるし、ディスクブレーキ装着のおかげでブレーキの効きがコントロールしやすいため、まったくストレスなんか感じなかった。
街乗りが快適で、ロングランにストレスを感じないクロスカブ110。原付二種は、もちろん高速道路も乗れないし、100km/hなんてスピードも出しちゃいけないけれど、50~60km/hで走る楽しさにあふれている。
のんびり走る楽しみも知れるし、そうするとあちこちに寄り道したくなる。今までビッグバイクでやってきたツーリングとは全く違う旅を味わうことができる。それが125の強さだ。