文:宮﨑健太郎
4輪車から10年ほど遅れて2輪車に採用されたABS
車輪の付いたすべての乗り物にとって、制動時にブレーキがロックしてコントロール不能になることは、いうまでもなく好ましくない状況である。そんなロック状態に陥ることを防ぐデバイスとして、ABSは古くから研究されてきた技術であった。
一般販売される量産4輪乗用車にABSが採用されたのは1978年が最初だったが、2輪用ABSは1988年モデルのBMW K100系のオプションから量産公道車に導入され始めた。4輪乗用車に比べ10年ほど遅れて採用が始まったわけだが、4輪車より制動時の安定性に劣る2輪車の場合、4輪以上に洗練されたABSのセッティングが求められることが、導入時期のギャップの理由といえよう。
初期の2輪用ABSについては、作動時の違和感(断続的に作動と解除を繰り返すことで、ブレーキレバーから伝達する"ポンピング ブローズ"など)にクレームをつけるベテランライダーも多かったが、ロック即転倒に陥りやすい2輪車の安全性を高める装置として、総じて2輪用ABSは多くの人たちから高く評価された。そして1990年代以降は、各メーカーの高額車を中心にその普及が進んでいくことになったのは周知のとおりである。
2輪車ならではの、ABS設計の難しさ
制動時の安定性のほか、4輪用に比べての2輪用ABS設計の難しさは"バンクして曲がる"という2輪車ならではの特性にある。基本的に、公道ではバンクしているときにブレーキングをしないのがひとつのセオリーだが、ABSが主に活躍するパニックブレーキ時にはそうもいっていられないものだ。
フラットなプロファイルの4輪用タイヤの接地点がおおむね一定なのに対し、2輪用タイヤのプロファイルは丸みを帯びているために直進時はタイヤ中央付近(外周が大きい)、コーナーではタイヤの左右端寄り(外周が小さい)と、接地点が大きく移動するのが特徴である。
この2輪ならではの特徴によって、ホイールの回転を検知するセンサーだけでは完璧に近い2輪用ABSの制御は不可能だ(同様にトラクション コントロールの制御に関しても、タイヤ表面の接地点移動はそのセッティングを難しくする要素になる)。
このバンク角にまつわる悩ましい問題を解消するため、独ボッシュ社はIMU(イナーシャル メジャーメント ユニット、慣性計測装置)を利用したリーン センシティブ トラクション コントロール システムを2007年に発表。翌2008年からはIMU技術をベースにするMSC(モーターサイクル スタビリティ コントロール、2輪車安定性制御)開発に含まれるかたちで、2輪用ABSを進化させる「コーナリングABS」の研究を開始した。
安全のため・・・だけでなく、ライディングの楽しさを追求するABS新時代
研究開始から量産まで5年を要したボッシュのコーナーリングABSは、ホイール速度、リーン角度、ピッチ角度、加速度、ブレーキ圧などの状態を検出することで最適な介入を実現している。
コーナリングABSおよびMSCはどちらかひとつだけ採用するものではない。統合して搭載することで大きな価値を生み出す機構であり、ともに近年普及が加速しているARAS(アドバンスト ライダー アシスタンス システム)の重要な構成要素となる技術だ。
コーナリングABSとMSCなどのARASは、主に安全性の追求という2輪車の「永遠のテーマ」から生まれた技術だ。しかし近年は、クローズド コースでのスポーツ走行などで、乗り手の安心感を高めつつ、コントロールする愉しみをより増幅させる効果を追求するトレンドが、スーパースポーツ系モデルを中心に生まれているといえるだろう。今後のABSの、さらなる進化を期待したい。
文:宮﨑健太郎