文:宮﨑健太郎
駆け足? で、オートバイ用ファイナルドライブの歴史を紹介
今日最もポピュラーな駆動方式・・・それは高強度綱を使ったローラーチェーンだろう。19世紀末に誕生したオートバイだが、黎明期は駆動方式に革ベルトを使うことがトレンドだった。やがてローラーチェーンの信頼性が向上してオートバイへの採用が進んでいくと、革ベルトはいにしえのテクノロジーとなって廃れていくことになった。
フラットツインのルーツとなったBMW R32(1923年)のように、クランクシャフト縦置きのエンジンにはシャフトドライブ・・・を組み合わせる例も存在したが、1930年代にはすっかりローラーチェーンが現代同様に、オートバイで最も普及している後輪駆動方式となっていた。
比較的安価で経済的、そして強度対重量比に優れ、さらに車体設計における配置の自由度が高く、モータースポーツ用途でのスプロケット交換によるレシオ変更も容易・・・と、ざっと思いつくだけ書き連ねただけでも、ローラーチェーンには多くの採用のメリットがあることがわかるだろう。
戦後の1960年代以降は、日英欧のメーカーが750以上の公道用スポーツ車を販売するようになって、ローラーチェーンの耐久性の問題が表面化するが、1971年からローラー部にOリング(シールリング)を与え、潤滑部を密閉するいわゆるシールリングチェーンの採用が進むようになる。
今日、ローラーチェーンに次ぐほどポピュラーになったベルトドライブは、1981年モデルのハーレーダビットソンFXBスタージスに初採用された。車名の「B」はずばりベルトを意味するが、その採用にあたりアメリカの老舗メーカーに協力したのは、ゲイツ インダストリアル コーレーション(以下ゲイツ)だった。
ベルト・・・というと先述の革ベルトや、オートマチックの原付スクーターや、4輪用補器を駆動するVベルトをイメージする人もいるだろう。だがオートバイの2次減速機構に使われるベルトドライブはトゥースド(歯付き)であり、革ベルトやVベルトのように摩擦力で駆動するものではない。
高強度鋼よりも柔軟だが、引張強度は優秀な炭素繊維ベルト
ベルトドライブはしなやかに動くため、ガッチリした構造のローラーチェーンよりも強度的には劣るのではないか・・・? と考える人は少なくないかもしれない。
ゲイツが供給した初期のオートバイ用ベルトドライブは、タイヤ補強材などに使われるアラミド繊維(デュポン製ケブラー)をポリウレタンと組み合わせていた。そして2006年から普及しているベルトドライブは、炭素繊維を採用することでより強度を増している。
鋼より密度が低く、軽量な炭素繊維だが、炭素繊維は一般的な高強度綱の約5倍以上の引張強度を有している。その強さの秘密は、ぞれぞれの分子レベルでの構造の違いにある。多結晶である金属がランダムな結晶の寄せ集めであることに対し、炭素繊維は黒鉛結晶構造(六角網平面が積層した構造)であり、その強度が反映されるため優れた引張強度を発揮するのだ。
耐摩耗性に優れるのも、ベルトドライブの大きな特徴のひとつだ。一般に100以上のリンクで繋ぎ合わせる構造のオートバイ用ローラーチェーンは、その構造ゆえに使用するにつれ各部の摩耗から「のびて」いくため、定期的な交換およびメンテナンスが必要だ。
一方ベルトドライブはベルトが一体構造で可動部が存在せず、炭素繊維素材がのびることもないためほぼメンテナンスフリーを実現している。もちろん物体である以上全く劣化しないわけではないため、やがては交換が必要になるが、その寿命はローラーチェーンよりはるかに長い。
ベルトドライブのデメリット・・・とは?
そのほか潤滑油不要、駆動時のノイズが少なく静粛性に優れるなど、ベルトドライブにはローラーチェーンに比べて数々のメリットがある。ではその逆・・・明らかにローラーチェーンに劣っている点は?
視覚的に最もわかりやすいのは、その「サイズ」だろう。薄い金属製スプロケットと組み合わせて使うローラーチェーンに比べると、ベルトドライブは強度確保をベルト幅に頼るため、ローラーチェーンよりも幅広になりがちだ。またベルトの「歯」はローラーチェーンのそれよりもジャンプしやすい形状なので、噛み合い面積を増やすためにスプロケットの径も比較的大きくせざるを得ない。
ただ近年は、各種改良によりベルトの幅は以前よりもかなり狭くすることが可能になっている。ゲイツのカーボンドライブX9は、旧来の製品より9%幅を狭め、10%小さいスプロケットを使用することができる。
じつはベルト自体には、弾力性も衝撃吸収性はほぼない。もしそれらがあったら、ベルトの歯のピッチは走行中に変化することになり、スプロケットの上でジャンプしてしまうことになる。ゆえにベルトドライブ採用車も衝撃吸収に関しては、ローラーチェーン採用車同様にハブダンパーやクラッチダンパーに頼ることになる。
駆動効率、システム構成のサイズの大きさ、採用コストの高さ・・・などが、ベルトドライブのデメリットにあげられるだろう。細かいところでは、交換が簡単なローラーチェーンに比べると、ベルトドライブの交換はかなり面倒といえる(ベルトは一体構造なので、脱着のためスイングアームを取り外さなければならない)。もっとも交換の機会は、非常に稀ではあるが・・・。
今後ベルトドライブ採用車は増えるだろう・・・という未来予想の根拠
世の中の多くのオートバイはローラーチェーン駆動であり、主流の座は今後も安泰だろう。ただし今後は、ベルトドライブを採用するモデルの数は増加していくと思われる。そしてこの推測は、おそらく外れることはないだろう。
そう推測する理由は、2050カーボンニュートラルという目標に向けて、今後2輪EVが増えていくことが確実視されているからだ。ベルトドライブのメリットである静粛性は、エンジンより静かな電気モーターとの相性が非常に良い。現行モデルでは、アメリカのZERO モーターサイクルズ、そしてスウェーデンのCAKEがともにゲイツのベルトドライブを採用している。
静粛性の組み合わせのほか、電動モーターとベルトドライブの相性の良さとしては、電動モーターのトルクのスムーズさがある。エンジン(内燃機関)は吸気、圧縮、燃焼、排気という工程を繰り返すためトルク変動が大きい。同じ出力と仮定した場合、電動モーターのトルクは内燃機関のそれより駆動系への「攻撃性」が低いので、電動+ベルトドライブの寿命はさらに長くなるだろう。
コスト最優先のコミューター、そして伝達効率優先のスポーツモデルの2輪EVは、今後もローラーチェーンを採用していくことになるだろう。だが、静かさ、長寿命、メンテナンスフリー、そして給油不要で常にクリーン・・・などのメリットを活かすために、電動とベルトドライブの組み合わせは、ひとつの典型として普及していくことになるだろう。
文:宮﨑健太郎