以下、文:宮崎敬一郎
ホンダ「NR」|回想コラム(宮崎敬一郎)
楕円ピストンが魅せる想像を絶する滑らかさ
1979年、2ストロークエンジンが主流のWGP500にホンダが復帰するにあたり、4ストメーカーのホンダが威信をかけて開発した4ストV4で挑んだワークスマシンがNR500だった。しかもそのマシン、ただのV4ではなかった。楕円ピストンを採用し、しかもピストン1本に対して8バルブを配すことで2万回転も回るモンスターエンジンを搭載した。それを搭載するフレームも当初モノコックフレームに加えてサイドラジエターにして究極の小型軽量化に挑んだ。この新テクノロジー満載のレーシングマシンが「NR」ブランドと楕円ピストンV4のルーツだ。
このマシンは数々の問題を抱えつつも進化を続けて1983年まで奮戦するも、1987年の耐久レース用の750を最後に姿を消すことになる。それが何故か、1992年になって限定生産のスポーツモデルとしてリリースされたのが「NR750」だ。スタイリングを見てもわかるとおり、スーパースポーツではない520万円もするプレミアム感満載のスペシャリティバイクとして登場したのだ。
限定300台で販売されたNR750の心臓部には、唯一無二の楕円ピストンエンジンが積まれ、多くのライダーがワクワクし、好奇心をくすぐられるのは当たり前だった。それに何より、当時としては非常識に高価なバイクだった。それを購入した某雑誌社で、徹底的に試乗できたのは幸運だったが、その印象は「意外にふつうの走りをする、低速トルクのないバイク」だった。
国内仕様の77PSも輸出仕様の130PSも乗ったが、自然に吹け上がるのはやはりフルパワー仕様だった。当時でも130馬力は、もはや「驚愕のパワー!」ではなかったが、それでも高回転域では750にしてはなかなか強力だった。そのかわり、低回転域は非力で、中回転域でようやく750なりのトルクやパンチが体感できる設定だった。ただ低中高の回転域が素晴らしく滑らかに繋がっていくあたりは、「さすがホンダ!」だと思った。
NR750のハンドリングは全くスーパースポーツのような感じではなかった。重いマフラーがシート下に配置されていたのも操縦性に影響していたし、車格や重量もリッタークラスのスポーツモデルと同様だった。そのわりに低速での切り返しは軽いのだが、峠道で機敏なフットワークを求めて操作するとやはり重さを感じた。サスも上質な動きをするものが採用されていたので、乗り心地は高級感があったし、無茶なペースで峠道に突っ込んでも破綻はしにくかった。ただ、よく曲がるバイクではなかった。
かつての月刊『オートバイ』の誌面で振り返る「NR」
文:宮崎敬一郎