文:太田安治、ゴーグル編集部/写真:柴田直行
ベスパ「GTV300」インプレ(太田安治)
現代的でありクラシック、相反する要素をミックス
ピアッジオ社はスポーツモデルメーカーとしてMotoGPレースでも躍進中のアプリリア、オーセンティックな世界観を守り続けているモト・グッツィなど、複数のブランドを有するイタリアのグループ企業。中でもスクーターというジャンルを定着させ、世界80カ国以上で販売されているのが「ベスパ」ブランドだ。
初代ベスパの登場は第二次世界大戦終結後の1946年。鋼板をプレス成形したフルカバードボディや片持ちサスペンションといった独創的な構造には、もともと航空機メーカーだったピアッジオ社の製造技術が活かされている。さらに1953年公開の映画『ローマの休日』の中で、スーツ姿の新聞記者とスカート姿の王女がベスパに二人乗りしてローマの街を颯爽と駆け抜けるシーンで一躍知名度を上げ、スクーターの代名詞ともなった。
現在、日本国内に導入されているベスパは排気量125ccから300ccまでの8種類。試乗したGTV300にはダイナミックな動力性能を誇るシリーズ最新最強の278ccエンジンが搭載されているが、そのルックスは特徴的なフェンダーライトやむき出しのパイプハンドルなど、1951年に登場したレーシングベスパを彷彿とさせるレトロテイスト。モダンさとクラシックさという、相反する要素を融合させたキャラクターは、日本ブランドはもちろん、スクーター大国の台湾、中国のブランドにも類を見ない。
同クラスの日本ブランドスクーターは、直進安定性を確保するためにホイールベースを長く、ライダーの着座位置を低く設定した機種が多い。対してベスパは市街地での運動性や取り回しやすさに拘り、ホイールベースは125ccクラスのスクーターに近い数値で着座位置も高め。細い路地もスイスイ走れ、163kgに抑えられた車重とハンドル切れ角の大きさもあって、狭い駐輪スペースでの出し入れもスムーズに行える。
初めてベスパに乗る人は、ハンドリングが思いのほかクイックだと感じるだろう。これは前述したホイールベースと重心位置だけではなく、ベスパのアイデンティティとなっているモノコックフレーム構造が関係している。
フロアボードに足を揃えて乗るスクーターは、パイプを組み合わせたメインフレームを低い位置に配置し、樹脂製パーツでカバーしている。こうした「アンダーボーン型フレーム」の弱点は縦方向と捩れ方向の剛性をコントロールしにくいことで、ギャップ通過時に車体全体がドタドタと上下動したり、コーナリング中に前後タイヤがバラバラに動きがち。対してベスパのモノコックフレームはボディの外殻そのものがフレームなので高い剛性が得られる。強めにブレーキングしながら寝かし込んだり、バンク中にギャップを通過しても車体が捻れる挙動が出ないのだ。
前後サスペンションの剛性と作動特性も念入りにチューニングされていて、乗り心地は前後12インチの小径タイヤとは思えないほど落ち着いている。ただ、標準装着されているマキシス製のタイヤは耐摩耗性重視のようで、衝撃吸収性が今ひとつ。以前に試乗したGTS300が装着していたミシュラン・シティグリップのほうが好印象だったことを付け加えておく。
エンジンはピアッジオグループのスクーター各車に搭載され、性能と信頼性が絶賛されている水冷4バルブ単気筒の「クォーサー」をベースとした新エンジン“HPE”。244cc時代のクォーサーはダッシュ力優先で高回転域を積極的に使うため、ゼロ発進が唐突で扱いにくい、回転域が高めで気ぜわしいという面があったが、ボア×ストロークを各3mm増やして278ccとした新型エンジンは「穏やかなのに強力」という、ストリートユースに適した特性に変わった。
約24馬力の最高出力値は日本の250ccスクーターと同等だが、最大トルクの発生回転数は5250回転と低め。163kgに抑えられている車重、市街地走行に合わせたオートマチック変速のレシオ設定と併せ、ゼロ発進と低中速域からの加速は驚くほど強力で、250ccスクーターを軽く置き去りにする。しかもCVT変速特有のエンジン回転に遅れて車速が付いてくる、いわゆるラバーバンドフィーリングが抑えられていて、スロットル操作に対する反応がダイレクト。加減速の多い市街地でのキビキビ走りは得意中の得意だ。
高回転域でも軽やかに回って振動も少ないから、高回転キープになる高速道路の120km/h巡航でもストレスがない。とはいえ、上半身の受ける風圧を考えると、クルージング快適速度は100km/h程度までになる。
日本のスクーターに比べると付加機能はシンプルだが、前後独立ABSとASR(トラクションコントロール)を装備し、電磁ロック開閉式のシートとフロントパネル内側には荷物の収納スペースを備えているから、現実的な使い勝手に不満はない。
「ベスパ」のブランドバリューがもたらす所有満足感もさることながら、スポーツライクな車体とエンジン特性、クラシカルなルックスはGTV独自のもの。「ストリートコミューターとしての実用度」だけでは計れない魅力に満ちている。