ベテランテスター太田安治氏が綴るこのコラム。前回は1980年前後に巻き起こったHY戦争について紹介しました。今回は50ccバイク(原付一種)、そして新基準原付の未来について考察します。
以下、文:太田安治

50ccクラスの販売台数は減少の一途だが……

50cc車の販売台数は80年に約198万台、85年に約165万台、90年に約121万台、95年に約88万台と下がり続け、22年には約13万台と、ピーク時の10分の1以下になりました。これはHY戦争が巻き起こした原付バブルの終焉、70年代後半に始まった「免許を取らない・バイクを運転しない・バイクを持たない」を標語にした通称『三ない運動』の強化と全国的な広がり、86年に施行されたヘルメット着用義務化、91年のバブル崩壊、93年に登場した電動アシスト自転車の普及など、オートバイを取り巻く環境と経済情勢の複合的な変化によってユーザーが離れていったからです。

前回の当コラムで書いたように国内二輪車販売の総数は減っていますが、その主な理由は50ccモデルの販売数激減です。80年の約198万台が22年には13万台にまで落ち込んだのですから、総数が減るのは当然です。

対して趣味性の高い251cc以上の小型二輪車はピークの85年に約14万台、22年は10万台なので、3割減に留まっています。「オートバイの販売台数は最盛期の1/8」という数字から受ける印象とはだいぶ違うと感じませんか?

とはいえ今後の懸念材料はあります。まず挙げられるのがライダーの高齢化です。自工会(一般社団法人日本自動車工業会)のデータでは、23年度のライダー平均年齢は55.5歳。80年代バイクブーム真っ盛りを知る人たちですね。この世代は子育てや家のローンが終わり、趣味に費やす経済的・時間的な余裕があります。このため新車購入者は50歳代と60歳代が多く、全体の60%近くを占めます。となれば年齢的に身体能力の低下は避けられません。僕の周囲でも60歳を過ぎてオートバイから離れる、あるいは小型軽量な車種に乗り換えるライダーが増えています。

自工会のアンケート調査でも、70歳代は「10年以内に乗らなくなる」と「あと数年でやめるつもり」という回答が急激に増えています。当然、10年後の年齢構成は大きく変化しているでしょう。
メーカーや業界団体が様々なイベント/ミーティングを実施しているのは、こうした高齢化による需要減を見越しているからです。実際の参加者は中高年ライダーが多いのですが、20歳代のライダー、女性ライダーの参加が増えているのは明るい材料です。

画像: 二輪車販売台数データ(全国軽自動車協会連合会、日本自動車工業会調) www.jama.or.jp

二輪車販売台数データ(全国軽自動車協会連合会、日本自動車工業会調)

www.jama.or.jp

50ccバイクの終焉と新基準原付の登場

画像: Honda Super Cub 50 税込価格:24万7500円

Honda Super Cub 50

税込価格:24万7500円

原付免許は簡単に取得できますが、引き換えに法定最高速度30km/h、二人乗り禁止、3車線以上の交差点での2段階右折、通行禁止の陸橋やアンダーパスがあるなど、多くの制限があります。都市部を走るとこれらの厄介さは想像以上。23年からAT小型二輪免許が最短二日間で取れるようになったこともあり、上記の制限がない51cc~125cc以下の原動二種が人気になっているのは当然の流れです。

加えて電動アシスト自転車への乗り換え、電動キックボードの普及もあり、50ccモデルの需要増加は見込めません。25年11月から導入予定の排ガス規制に排気量50ccの小さなエンジンを対応させることも困難です。ホンダが世界最多の販売台数を誇るスーパーカブ50を含め、50ccモデルの生産終了を決めた理由はここにあり、他メーカーも同様の決定を発表するはずです。

70年代から80年代は50ccのスポーツ車やミニバイク、レジャーバイクが身近にあったはずです。青春の想い出を一緒に作った、50ccをきっかけにオートバイの世界にのめり込んだ、というライダーは多いでしょう。時の流れとはいえ、50ccモデルの消滅は寂しいですね。

さて、原付免許または普通自動車免許のみの所持で、「原付一種しか運転できない」ユーザーにとって50cc車の生産終了は大問題です。そこで25年から予定されているのが、排気量125cc以下、最高出力5.4PS以下という制限に適合していれば今までの原付免許で乗れる「新基準原付」への移行です。
吸気や点火の制御プログラムを変更してエンジン出力を絞るのは比較的簡単なので、すでに新基準原付に適合させた車両が実証テストを行っています。24年内にも新基準原付モデルに関して何らかのアナウンスがありそうです。

ホンダとヤマハは「戦争」から「共闘」へ

HY戦争を知るものにとって衝撃的だったのはホンダとヤマハが2016年に50ccスクーターに関して協議し、18年からホンダの「タクト」と「ジョルノ」が、それぞれヤマハの「ジョグ」と「ビーノ」としてOEM供給されたことです。50ccモデルの消滅を見据えた限定的な提携なので51cc以上のモデルには関係ないのですが、かって国内販売で戦った両社が手を組んだとあって、メディアでも大きく採り上げられました。

画像: Honda TACT 税込価格:19万2500円

Honda TACT

税込価格:19万2500円

画像: YAMAHA JOG 税込価格:18万1500円

YAMAHA JOG

税込価格:18万1500円

画像: Honda GIORNO 税込価格:20万9000円

Honda GIORNO

税込価格:20万9000円

画像: YAMAHA Vino 税込価格:21万4500円

YAMAHA Vino

税込価格:21万4500円

大排気量モデルやスポーツモデルが注目されがちなオートバイ界ですが、販売台数が飛び抜けて多いのは110cc~150ccの小型モデルです。中国、インド、台湾、インドネシアやタイ、ベトナムといった東南アジア諸国では圧倒的な生産/販売規模があり、日本で販売されている同クラスの車種は、ほとんどが海外現地工場で生産した車両を輸入しているのです。

上記の地域では60年代から進出した日本メーカーが長らく市場を席巻していたのですが、近年になって中国やインドの地場メーカーが急速に力を付けたことで日本ブランドのシェアが奪われ、さらに小型スクーターを中心とする電動化の推進もあって先行きは混沌としています。

気がかりなのは、こうした流れの中にある日本ブランドのプレゼンス低下です。となれば、海外メーカーに対抗するために日本ブランドが手を組むことがあってもいいでしょう。

新基準原付が登場すると50ccモデルに限定したホンダとヤマハの提携は終了しますが、いったん手を組んだことで将来的に違う形での提携がしやすくなったという側面もあるはずです。

また、2001年から2007年まではスズキとカワサキが250cc以下のスクーターやロードスポーツ、公道走行不可のモトクロッサーやATVなど、合計16機種を相互にOEM供給していたので、メーカー間の提携はユーザーがイメージするよりも現実的なのかも知れません。

国内でHY戦争を繰り広げたホンダとヤマハが、提携して海外メーカー勢と戦う……。個人的には『HY共闘』は夢物語ではなく、魅力的なオートバイを生み出す原動力にもなると考えています。

文:太田安治

画像: 50ccバイクの過去・現在・未来。HY戦争終結から40年を経て、新たな「HY共闘」の時代が来る?【5000台のバイクに試乗したテスター太田の雑学コラム】

太田安治(おおた やすはる)

1957年、東京都生まれ。元ロードレース国際A級ライダーで、全日本ロードレースチーム監督、自動車専門学校講師、オートバイ用品開発などの活動と並行し、45年に渡って月刊『オートバイ』誌をメインにインプレッションや性能テストなどを担当。試乗したオートバイは5000台を超える。現在の愛車はBMW「S 1000 R」ほか。

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