文:中村浩史/写真:中村浩史、スズキ
スズキ開発陣にインタビュー
協力メーカーの情熱の結晶だったスズキCNチャレンジ、第一幕
会社全体の理解が必要だったゼロからのスタート
「無事にレースが終わって、まずはホッとしましたね。チームとしてレース中ミスなく進められて、8位という結果も想定していた順位に近いものだったので、プロジェクトとしてはとても良いスタートを切れたと思っています」
サステナブルアイテムを使って鈴鹿8耐に参戦するという「スズキCNチャレンジ」のプロジェクトリーダーであり、チームディレクターを務めた、スズキ二輪事業部の佐原伸一さんは言う。佐原さんは、スズキが「ワークス体制でのレース活動を撤退する」と発表するまで、スズキのレースの「顔」であり、特にMotoGP活動のプロジェクトを率いていた人だった。
「レースグループが解散してからは、電動パワートレインの部署にいました。もちろん、レースの残務処理もあったから、それと並行してね。その残務処理が終わったころに出てきたのが、このCNチャレンジの話だったんです」(佐原さん)
話は2023年の鈴鹿8耐決勝日にさかのぼる。世界耐久を統括するFIMとスズキの両首脳陣による話し合いが行われ、カーボンニュートラルやサステナビリティへの取組みの一環として、スズキがサステナブル燃料を使用して耐久レースに参戦できないかということが議論されたという。
スズキが2022年7月に発表した「MotoGP及びEWCレース参戦の終了について」という文書では、サステナビリティの実現に向けて経営資源の再配分──というものがレース活動終了の理由ひとつと記されていた。その意味では、カーボンニュートラルチャレンジならば、レース活動を続ける意味がある、というわけだ。
「まず鈴鹿8耐参戦を前提にヨシムラさんにも相談して検討しました。鈴木俊宏社長も後押ししてくれましたし、耐久レースならば、厳しい環境の中で開発、テストする、という意義も大きい、と。経営陣の承認も得て、それからこのプロジェクトを動かす人員の確保をはじめたんです。まずはチームの軸となるスタッフ、この人がいなきゃだめだな、ってメンバーをレース経験者から選出しました」
今ではバラバラの部署にいる旧レースグループメンバーに声をかけても、そのメンバーの今の業務に穴をあけることになるし、誰かが代わりにならなければならない。本人の希望だけでは進まない再集合には、会社全体の理解が必要だった。
「10名ほどの軸となるメンバーを選出した際には、各部署の部長さん課長さんが理解してくれました。それから、他のチームメンバーを社内公募したんです」
「上役の承認を得て」という条件をクリアして応募してきた社員は、二輪以外の部署からも含めて100人を超えた。
「皆さん本当に熱意があって、でも限られた人数を選ばなければいけない。とてもつらい作業でした」
全社一丸のプロジェクトは、こうして動き始めたのだ。
「いろいろなサステナブルアイテムを使うので、実際にサーキットでテストする前にまずレーサーとして問題ないレベルで走ることができるようテストの計画を立てていこうって準備から始まりました」と言うのは、スズキCNチャレンジのクルーチーフを務めた今野岳さん。鈴鹿8耐への参加は15年以上ぶりだったが、旧レースグループメンバーだ。
「主なサステナブルアイテムはガソリンとオイル、それにタイヤとブレーキまわり、外装パーツ関係ですね。スズキでマシン本体をゼロから準備する時間はありませんでしたから、ベースマシンはヨシムラジャパンから借りることにしました。まずは台上でサステナブル燃料とオイルで問題なく走るのか、トラブルは出ないのか、っていうテストから始めました」(佐原さん)
スズキ社内で用意したエンジンを使用してのベンチテスト。驚くことに、サステナブル燃料とオイルを使用するにあたって、エンジンパーツの変更は特に必要なかったという。もちろんこれは、普通にエンジンが回るという意味で、ここからレース仕様にパフォーマンスを出し、耐久性を高めていくのに、吸排気の仕様変更やセッティングを重ねていった。
「出力の数字自体は、大きな差はなかったです。でも、それを8時間使い続けるのは未知。8耐にはパワーだけじゃなく、耐久性も燃費も必要ですからね」(今野さん)