以下、文:高山正之/写真:南 孝幸、森 浩輔、徳永 茂、曲渕真介
筆者プロフィール
高山正之
1955年 山形県出身
1974年 本田技研工業に入社(狭山工場)
1978年 本社モーターレク本部に異動
以降2020年に65歳で退職するまで二輪のモータースポーツや新製品のPR活動に従事。現在はライターとしてスーパーカブの魅力を発信し続けている。愛車は、退職時にプレス関係者や同僚からの激励が書き込まれた世界に一台のスーパーカブ110。
1.自分仕様のホビー・カブが登場(1993年~)
1993年 ドレスアップパーツ「カブラ」を発売
この頃、若い人たちを中心に、個性的な自分仕様のバイクを所有したいという気運が少しずつ高まってきました。そのような環境の中、1993年4月にホンダアクセスからスーパーカブ用のドレスアップパーツ「カブラ」が発売されたのです。
発売当初はあまり大きく報道されませんでしたが、同年開催の東京モーターショーのホンダブースではスーパーカブ誕生35周年記念コーナーが設置され、9台のカブシリーズが出展されました。
その中に、2台のカブラが仲間入りし、多くの来場者とその後の報道、様々な誌面で広く紹介されました。このモーターショーを機に、カブラの存在がクローズアップされ、自分仕様のスーパーカブづくりに大きく貢献したのです。
1995年 バイクショップのアイデアが生み出したカスタマイズブランドが登場
現在「カブ工房」を主宰しカフェカブパーティーを実施する中島好雄氏の試みによるスーパーカブのカスタマイズブランド「ZEUS」が1995年に本格スタートしました。
1994年の東京モーターサイクルショーにファッショナブルなカブを3台出展し、来場者の反響を確かめ、十分な手応えをつかみ、翌年から二輪ショップ「MY WAY」からパーソナルユースのカスタマイズ・カブをZEUSブランドで発売をスタート。少ない費用でも工夫次第で、働くカブが自分だけの相棒に変身させたのです。
当初は、店頭でのPRに留まっていましたが、口コミ効果もあり徐々に認知され、専門誌からの取材対応や広告などにより、知名度は東京から一気に全国区となり、通販によって地方のカブファンにも浸透していきました。
ホンダのカブラとともに、ZEUSブランドはスーパーカブを自分仕様に出来るアイテムとして、時代の流行に敏感な若者に受け入れられたのです。
2.リトルカブの登場、イベントもスタート(1997年)
1997年 小さなカブ、その名もリトルカブが誕生
1997年8月8日、前後に14インチホイールを装着したスタイリッシュなリトルカブが発売されました。このリトルカブは、年配者と若者と相反する年代に向けて開発されたモデルでした。取り回しと足つきが良く、可愛らしいデザインのリトルカブは、若い人たちや女性から支持されました。
リトルカブラなどのカスタマイズパーツの発売も追い風となり、趣味を楽しむカブの世界を拡げる大きな存在となりました。
1997年 カブの祭典「カフェカブパーティー」がスタート
1997年11月3日の文化の日に、第1回カフェカブパーティーin青山が本田技研工業の青山本社ビルのホンダウエルカムプラザ青山(以下WP)で開催されました。
このイベントは、日本のバイク文化を語り合うユーザーが集うイベントを行いたいとの思いから、当時のオートバイ編集部の福原氏、二輪販売店の大沢氏と中島氏、そしてWPの企画担当の藤澤氏らが発起人として立ち上げたイベントでした。
第1回目は、32台のカブシリーズと41名の方が参加。ゲストには、初代スーパーカブのデザイナー木村氏と、ミュージシャンのミッキー・カーチス氏が参加され、カブ談義を展開しました。
以降、このイベントはカフェカブミーティングin青山と名称を変えて現在まで続く青山の名物イベントになりました。1997年は、リトルカブとカフェカブが誕生した記念すべき年となり、ビジネスからレジャーへと変化する、大きな節目なったと思います。
1997年 スーパーカブの書籍とMookが発売された
この年は、出版業界においても大きな話題がありました。三樹書房から書籍「ホンダ スーパーカブ 国際車カブ・シリーズの検証」が発売され、主婦の友社からは「カブSuperCub愛蔵版」のムックが発売されました。
特集本と言えばスポーツバイクが当たり前という時代、状況下で、ひと際異彩を放っていました。カブには、さまざまなエピソード、長い歴史があり、スポーツバイクの世界とは違った面白さと魅力が詰まっていました。
この2冊が果たした役割は、スーパーカブでしか語れない二輪文化が明確に存在したことを伝えてくれたことです。そして、その後のスーパーカブを特集した本の発行にも影響を与えたと思います。私(高山)自身もさまざまな取材に立ち会うことができ、スーパーカブの歴史を学ぶ機会にもなりました。
3.レジャーモデルとしての立ち位置を確立(2012年~)
2012年 クロスカブ・プロトタイプがカフェカブミーティング青山で世界初公開
2008年にスーパーカブは誕生50周年を迎えました。ホンダでは記念モデルの発売や記念パンフレットの製作などPR活動に力を入れましたが、ホビーやレジャーに関する発信はさほどありませんでした。
当時はリーマンショックの影響もあり、さまざまな活動にブレーキがかかっていたのも事実です。しかしながら、この年に開催したカフェカブミーティングin青山には、それまでで最高となる400台が参加するなど、スーパーカブのイベントは確実に成長していました。
以前から、研究所では「いつかはハンターカブを出したい」という思いを抱く有志が少なからずいました。彼らにとっては、このようなユーザーの動向も参考にしていました。研究所内に設立されたクロスカブの開発チームは小規模なため、開発費もPRにかける費用もごくわずかでした。そこで一計を案じ、事前PRの場としてホンダの本社でカブファンに真っ先に見ていただこうと企画したのです。
その願いは、2012年11月11日に開催された第16回カフェカブミーティングin青山で、研究開発モデルの「クロスカブ・プロトタイプ」が世界初公開となり叶いました。
開発者によって、プロトタイプのコンセプトを紹介した後にアンベールを行いました。この瞬間、多くの報道の方たちのフラッシュとともに、大きな拍手が贈られました。多くのカブファンにとって待ち望んだレジャー・カブの誕生でした。発売について明言はされませんでしたが、この日以来クロスカブを待望するファンが急増することとなりました。
2013年 待望のレジャーモデル「クロスカブ」が登場
プロトタイプの発表から翌年の2013年6月14日、クロスカブが発売されました。前年に公開したプロトタイプとほぼそのままのスタイリングでした。クロスカブはそれまでになかったレジャー・カブとしてたちまち多くのカブファンの皆さんに浸透していきました。
クロスカブには、実用性にも優れたさまざまなカスタマイズパーツを設定したことで、計画通りの販売につながりました。小さく生み出されたクロスカブは、アウトドア・カブとしても大きく成長していきました。
4.グローバルプロモーションの画策、周年記念に向けた新たな展開(2016年~)
2016年 生産1億台突破の見通しから60周年に向けた新たな展開
スーパーカブシリーズは、タイやベトナム、インドネシアなど海外生産が増加し、シリーズとして世界生産累計1億台を2017年中には達成する見通しとなりました。この動向をいち早くキャッチしてカタチにしたのが、クロスカブの開発責任者を務めた金塚征志さんでした。
金塚さんは研究所から広報部に異動し、グローバルプロモーションの担当となっており、2016年11月のカフェカブミーティングin青山では、事前盛り上げのポスターや映像を紹介し、早くも1億台と60周年への期待感を来場者とともに共有しました。
カフェカブミーティングin青山の会場に、世界で愛されるカブをテーマに、ファンが写真でつながるユニークなポスターが掲示されていました。
そして、写真によるカブファンのつながりは、2017年5月にLove Cub Snapとして正式にリリースされ、日本はもとより世界中のファンに楽しいカブの世界観を提供したのです。
2017年 シリーズ生産1億台を突破し記念式典を開催
2017年10月19日、スーパーカブシリーズ世界生産台数1億台達成を記念して、熊本製作所で記念式典が行われました。
当時の社長・八郷氏が登場するときにまたがっていたのは、1億台達成車となった新型のスーパーカブ110でした。式典では、同時に新型スーパーカブを熊本製作所で生産することをあわせて発表したのでした。
2018年 スーパーカブ誕生60周年
2018年のスーパーカブ誕生60周年の年は、ファン参加型のイベントを展開しましたが、製品でも大きな変化がありました。クロスカブ110をモデルチェンジし、クロスカブ50を新たに投入。
そして、カブシリーズで最大排気量のスーパーカブC125が新たにラインアップされました。新型のクロスカブ、C125も多くのカブファン、新規ユーザーに高い支持を得ました。
その後、多くのファンが待ち望んだCT125・ハンターカブが2020年6月に発売されました。アウトドア・カブのCTが発売されるのは、1981年のCT110から約40年後の事でした。
まとめ
移り変わる時代に合わせてカブも変化し続ける
現在では、日本のスーパーカブシリーズは、ビジネスタイプよりもレジャータイプの方が半数以上を占めるようになりました。まさに、「ビジネス」から「レジャー」へと変わってきたターニングポイントは、ここで紹介した「4つの時」が重要な役割を果たしたのだと思います。
最大の貢献はユーザーですが、ホンダがスーパーカブシリーズの開発の手を止めることなく、またユーザー参加型のイベントを自らおこない、そして支え続けた関係各位の努力や、文化を発信し続けた出版社の活動などが噛み合った結果なのだと思います。継続は力なり。
文:高山正之/写真:南 孝幸、森 浩輔、徳永 茂、曲渕真介