文:山口銀次郎/写真:鈴木広一郎/協力:カドヤ、ブルドック
※この記事は、『ミスター・バイクBG』2024年9月号に掲載したものを一部編集して公開しています。
紀行・インプレ|絶版車でゆく北海道ツーリング
オリジナルのスタイルを崩さない渋線のフルカスタムでの旅。
暗闇のトンネル内でヌラヌラと黒光りする濡れた路面は、カブトムシの前羽を敷き詰めたかの様に不安定であり連続的に波打っている。それは、雪国にあるコンクリート路面がスタッドレスタイヤで磨きに磨かれた状態で、タイヤとのグリップ感は皆無といえる。急制動、急加減速、急バンキングは御法度だ。バイク乗りにとっては危険極まりない状況であっても、現地の人にとっては普段と変わらない生活路でしかないので、外部の旅人は四の五の言わず受け入れなくてはならない。
北海道の一般道や高速道路では、100kmスパンでガソリンスタンドが無いエリアが多く、夜間は閉店するので倍々にそのスパンは広がっていく。
ガソリンスタンドが少ないのは解っているはずなのに……。Z1-Rの燃料タンク容量が13Lだという事も解っているはずなのに……。430km移動なのでフェリー乗船時間までの余裕を持っていたはずなのに……。トリップメーターは180kmを表示し、高速を降りた街はリゾート地で夏季はガソリンスタンド休暇中とのこと。しかも人里もない。隣町まで28km。この時の精神状態を表現するなら、『ホーム・アローン』のマコーレー・カルキン氏のギャーーッ! のツラでしかない。
しかも、緩やかだが山岳エリアときたもんだ。全てのルートを私の先導に付いて来てくれる、副編集長のCB1100Fも200km走行でリザーブになるという。アタフタしない。焦らない。なかった様に振る舞う。これ大人の先導者のたしなみ。
すでに1500kmほどカドヤZ1-Rで走行していたので、18km/L前後という好燃費であることは知ってはいたものの、そこに至るまで好燃費走行だったとは胸を張れない。そして件のヌラヌラトンネル路面である。ちなみに補足、ここまで300km以上ずっと雨の中を走行してきて、がっつり気が滅入っていた。
迫り来る乗船時間、ガス欠→時間ロス→乗船間に合わず→帰宅できず→このページの入稿間に合わず! と、ノホホンとアホ面ぶら下げてガス欠放心状態になるワケには絶対にならない。そんな状況での、ヌラヌラですよ。
当然のことながら、ほぼアイドリング状態に近いエンジン回転数で巡航し、力まず全身脱力しヌラヌラに立ち向かう。エンジン回転1千回転ほどのアイドリングは、スロットル操作をしなくても丁寧なクラッチワークでスルスルと停車状態から発進することができるといった、とても太いトルクを備えているのだ。なので、進行はほぼアイドリング領域の太いトルクに任せ、余計なスロットル操作をせずに、いなす。
車体は左右にカントが掛かった地面に対し直角に保つ為、全神経を車体に通わせコントロールする。人生イチといっても過言ではない極度の緊張感に苛まれた精神状態と燃料残量(軽くてむしろ良かったか? )と路面状況であっても、カドヤZ1-Rとの一体感は格別で、良い意味で神経質なほど路面状況を把握することができる。ダルさをスポイルしつつ、重厚なショック耐性を湛える車体造りが窮地で大いに味方になってくれ、恐ろしい程に頼もしいのである。
足を出し路面に擦ると、予想通りのツルツルに磨かれ抵抗値ゼロの氷上の様だ。足出しに頼っても、滑ること請け合いなので、腹を括って足はステップの上! 眼は半眼! 茶は左! 何本か同じ様なトンネルを抜け、後方を走る副編集長の存在を確認すると、今にも一節唄い出しそうなロック面で淡々と問題無さげに走行していた。さすが32年の愛車とのコンビは、ちょっとやそっとじゃ動じぬ硬い絆を感じさせるロック面だった。
問答無用に説得力ある佇まいに宿る、イチから磨き上げられたこその風格
4年ほど前に突如、革ジャンのカドヤ浅草本店に展示されていたZ1-R。革ジャンやカドヤをイメージしたフルカスタムのZ1-Rを、ブルドック和久井さんに深野社長がオーダー。ベースとなるイメージを伝え、あとは和久井さんのセンスに委ねられたという。深い信頼関係があってこそ、具現化された逸台といえよう。
私は、20年以上前にブルドック和久井さんを取材したことがあり、当時から一貫した自社完結型の物造りをしていて、「高い信頼性」と「高性能」を追求する思想と、具現化する技術を前に驚愕した覚えがある。
深野社長とZ1-Rの話になると、「とっても良いバイクだから乗ってみなよ! 」と、気さくに声を掛けていただいていた。10代の頃から一緒にミニバイクの耐久レース等に参戦していたりとなにかと懇意にしていただいており、私のことを理解した上でのお声がけだったと思うが、圧巻の仕上がりを見せるZ1-Rを前に丁重に断り続けていた。
ただし今年の夏は暑すぎて気分が開放的になったのか、ブルドックのコンプリートマシンに乗れるチャンスは早々ないだろう! と、気持ちの変化と勢いで「乗らせて下さい! 」と懇願すると二つ返事で承諾を得ることが出来た。もちろんその後に小声で「北海道まで~」と付け加えたが、聞こえていたかは定かではない。
お借り受けした際のオドメーターは400kmチョイ。俗にいう慣らしも終わっていない状態だったが、慣らし運転はお任せと意気揚々に北海道に漕ぎ出すのであった。フルカスタムの、しかも長距離走行には不向きといわれている燃料容量13Lタンクで、不安はなかったかというと、これが不思議となかったのだ。それは、Z1-RがブルドックのGT-M(ジュニイン・チューニング・マシン)コンプリートマシンであり、その物作りの現場を拝見させていただいた事が最大の要因だった。また、「低速や街乗りでも乗りやすく」というオーダーや、乗りやすいという感想を聞いていたので、身構える必要が一切ない純粋に憧れのバイクに乗れる楽しさで大興奮冷めやらぬのだ。
走りはじめの200km程(都内から箱根へ燃費テストのため)はショックの動きに、「娘さんをボクにください」と結婚の挨拶に行く彼氏ばりに強張っていたものの、徐々にショックの慣らしが終わり本来の動きを発揮し始め、しっとりと良く動く様に。
乗車時にショックの沈み込みは深いものの、一定の姿勢を維持する「はじめ柔く、あと剛し」といった解りやすいプログレッシブ効果が活きている。その「剛」の領域ではかなり硬質感とレーシーな雰囲気を醸し出すが、実際には車体姿勢や身体は無駄に上下運動や突き上げがあるワケではなく、ショックは幅広い可動域を有効的に利用し絶妙かつ良好な仕事をしてくれるのである。
さらに、「薄っぺらシートオリンピック」があったら間違いなく表彰台に登れるほど、硬質&長距離不向きシートを装備しているものの、問題なしである。平均して給油時のタイミングで休憩していたのだが、その間150~180km続けての走行でも、我がおケツに悲鳴を上げさせることはなかったのだ。合わせて1800kmほど走行しても、表現は可笑しいが「おケツはピンピン」である。しかも、関東近郊ではあまり見られない、雪国ならではの路面の粗さやうねり、波打ち、補修パッチの山等々、思いもよらぬ障害をいくつも超えてきたのにも関わらずなのだ。
いやはや、40年以上前のベース車両でフルカスタムコンプリートマシンが、こんなにも快適に飽きず、そしてヘルシーでいられるとは、帰路に就きその隙のなさに再びマコーレー氏ばりにギャーーッと声を張り上げ驚愕するのであった。あとは、ガソリンスタンドの位置や営業時間の下調べさえしてあれば、完璧な旅だったといえよう(←大いに人間の問題)。
カドヤ×ブルドック カワサキ「Z1-R」|車両紹介
足まわりは総入れ替えされ、それに合わせフレームにも手が入る。エンジンは排気量をそのままにフルオーバーホールが施され、高性能かつ耐久性に富んだ部品がバランス良く組み込まれる、正しく新車として生まれ変わったコンプリートマシンとなっている。
Z1-Rを知り尽くすアイディアとして、秀逸といえるのが顔ともいえるビキニカウルだろう。かなりの重量物でネガとなるビキニカウルやメーター類をオリジナル製品や軽量メーターに交換する事で、フロント周りの軽快さを損なわず、しっかり防風機能を果たす構成となっている。
GT-Mはユーザーの好みやカスタムの方向性をヒアリングし、唯一のカタチに仕立てるというコンプリートマシンとなっている。
カドヤZ1-Rは、前後18インチホールを採用し、足まわりをブラックアウトで引き締め、差し色を排除したシックかつ普遍的な佇まいとなる。
Kawasaki Z1-R 1978年<STD主要諸元>
■エンジン:空冷4ストローク直列4気筒DOHC4バルブ
■総排気量:1015cc
■ボア×ストローク:70×66mm
■圧縮比:8.7:1
■最高出力:90ps(66kW)/8000rpm
■最大トルク:8.7kg-m/7000rpm
■全長×全幅×全高:2235×800×1295mm
■軸間距離:1505mm
■シート高:815mm
■乾燥重量:246kg
■燃料タンク容量:13L
■変速機: 5段リターン
■タイヤ(前・後):3.50H-18/4.00H-18
■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式ディスク
文:山口銀次郎/写真:鈴木広一郎/協力:カドヤ、ブルドック
※この記事は、『ミスター・バイクBG』2024年9月号に掲載したものを一部編集して公開しています。