2024年は8万人超が来場した日本グランプリ

画像: 以前、小椋の応援席になったことで小椋ファンの聖地と化している90度コーナー「Z」応援席

以前、小椋の応援席になったことで小椋ファンの聖地と化している90度コーナー「Z」応援席

年に一度のビッグイベント、MOTUL MotoGP 日本グランプリが終了しました。天気のはっきりしない、小雨が降ったり止んだり、太陽が出ると暑いなんていう中途半端な金曜と土曜から、朝からぐずついて曇りが続くなか、夕方の最終レースだけがハッキリと晴れた日曜、というモビリティリゾートもてぎでしたが、3日間合計で8万0131人のお客さんが来場くださいました。
ちなみに2023年は、日曜の最終レースが豪雨で終わるという、今年とは正反対の天候で、3日間合計7万6125人の観客動員。4000人増えた要因は、16-23 ZERO円パスが認知されて利用者が広がったのと、秋葉原や浅草寺での事前イベント、それにMoto2クラス小椋藍のチャンピオン争いや、MotoGPクラス中上貴晶の日本グランプリラストランが注目されたからでしょうか。
23年はコロナ禍の残る22年と比べて1万8000人の観客増、今年は昨年よりもさらに4000人の観客増でした。3日間、もっと秋晴れでカラッと晴れたら、すぐに動員10万人行くイベントになりますね!

画像: Z席の名物となっている「79」大フラッグ!

Z席の名物となっている「79」大フラッグ!

4万2000人を集めた日曜日の決勝レースですが、いちばん盛り上がったのはメインレースのMotoGPクラスではなく、Moto2クラス、そのスタート直後だったんじゃないでしょうか。テレビ観戦の方にはなかなか伝わりにくい瞬間でしたが、まず時系列で。
日曜の決勝日は曇り空のなか、朝9時前からIDEMITSUアジア・タレント・カップ(=IATC)のレース2が行なわれ、続いてMoto3クラスでダビド・アロンソが4レースを残してワールドチャンピオンを決めると、12時からMoto2クラスのスタート進行が始まりました。
この時はまだ曇り空ながら、モビリティリゾートもてぎの場所によっては、小雨がポツ…ポツ、という感じ。それがMoto2ライダーたちがピットからコースイン、グリッドに向かうサイティングラップで、ポツ…ポツ…ポツ、という感じで少~しだけ雨粒が増えては来ていたのです。
「まだ大丈夫かな」 金曜も土曜も、こんな感じで、結局いつの間にか降らないまま、ということが多かっただけに、このままMoto2クラスもスタートするかな、と思っていた頃でした。

当然、全車スリックタイヤを装着したMoto2マシンたち。スターティンググリッドでのライダー紹介が終わり、ライダーが1周してさぁスタート、というウォーミングアップラップを終えると、雨粒はポツ…ポツ…ポツ…サーッと、霧雨のカーテンが降りてきたような降りになったのです。
ちょうど中の人がいたヘアピン付近は、すっかり路面もしっとりしたなか、レッドシグナル消灯で決勝レースがスタート! しかしその頃にはコースほぼ全周で路面はしっとりと濡れ、トップグループがコース後半に差し掛かる頃には、スリックタイヤでは危険だというので、トップを走るライダーたちがアピールのために挙手。このままレースはレッドフラッグで中断となりました。タイミングが良かったですね、数周した後に急に降ったりしたら危険ですし、ウェット路面でスリックタイヤ、という組み合わせで転倒したライダーもいませんでした。

画像: 赤旗中断後、ほとんどのライダーがレインタイヤでコースインするなか、スリックタイヤで出走した小椋 写真はサイティングラップ バイクを寝かさないようにそーっと走っていた

赤旗中断後、ほとんどのライダーがレインタイヤでコースインするなか、スリックタイヤで出走した小椋 写真はサイティングラップ バイクを寝かさないようにそーっと走っていた

レースディレクションは、仕切り直しのレースは12周で、と発表。全車ピットインして、ライダーはヘルメットシールドをクリア+アンチフォグのものに替えたりするなか、メカニックたちはスリックからレインへのタイヤ交換を急ぎます。こんな局面では、チームはきちんとタイヤウォーマーをかけて熱を入れ終わったレインタイヤを用意しているもので、全車レインタイヤへ……と思われたんですが、ここでレインタイヤを選ばずに、スリックタイヤのままで出ていくことを決意したライダーがいたのです。
それがジェレミー・アルコバ、シャビエル・アルティガス、ゾンタ・Vd・グールベルグ、フィリップ・サラック、マニュエル・ゴンザレスといった面々。言っては悪いんですが、この中ではゴンザレスがポイントランキング最上位の9位にいる、いわばチャンピオン争いには絡んでいないメンバー。あわよくば――という「タイヤギャンブル」をしたんですね。日本のロードレースには、古くから「迷ったらスリック」という言い伝えがありますが(笑)、迷うまではいかないほど、それくらい路面はウェットだったんです。

しかし! このスリック組に、あろうことか現在ランキングトップの小椋藍がいたのです! たとえば小椋が僅差のチャンピオン争いをしていて、ランキング上位まであと一歩、なんて位置にいるなら、このタイヤギャンブルもわかりますが、小椋はランキングトップで日本グランプリを迎えているんです。シリーズタイトルを争っている、チームメイトのセルジオ・ガルシア、アーロン・カネット、アロンソ・ロペス、ジョー・ロバーツ、フェルミン・アルデゲルらは軒並みレインタイヤ。レース中断中の時間では、他ライダーがどっちのタイヤを履いているか、ってわかりにくいのでしょうが、チャンピオン争いをしているライダーたちは、ふつうはギャンブル回避で横並び、が当たり前。

それなのにこの中で、よりによってランキングトップの小椋だけがスリックでピットを出たのです! いやぁ大事件! 場内放送で「ちょっと待ってください! 小椋がまさかのスリックタイヤでのスタートのようです!」ってピエール北川さんが叫んだ時、場内がザワザワザワッと、中の人がいたヘアピンあたりの観客席の皆さんも「えええええええ」って反応が大多数でしたね。だってそれくらい路面が濡れているのを、観客席のみんなは見ているんだもの。

履くタイヤを決めるのは、ライダー自身かチーフメカ、またはチーム監督。この時、小椋のピットでスリックタイヤのままのままでいく、と自信満々に決めたのは、小椋がチームアジア在籍時代から信頼する、チーム移籍にも同行してくれたチーフメカ、ノーマン・ランク。

画像: 常に小椋に寄り添うノーマン・マンク 日本でも小椋ファンに知られた存在

常に小椋に寄り添うノーマン・マンク 日本でも小椋ファンに知られた存在

「ノーマンがスリックで行く、って(笑)。正直、内心えええええ、って思ったしビビッてましたけど、レインにしようよ、なんて反論するほど、タイヤ選択に僕は自信がなくて。そういう時は、ピット内でいちばん自信のある人に乗ろう、と。それがノーマンだった。再開を待っている間とかサイティングラップで、ブーツの底で路面をザッザッと擦ってみても、ガガッと引っかかってくれて、つるつるつる、って感じじゃなかったから、あイケるのかな、って。雨足はそんなに強まってないし、路面もすぐ乾くんじゃないかな、って。サイティングでわかるんですよ、アイツはスリック、こっちはレインだって。何人かスリック勢がいたんで『同志よ、ありがとう、オレはおまえたちを信じるぜ』って気持ちでした(笑)」

それでも同じピット内、小椋のマシンの隣にある、チームメイトのガルシアのマシンのタイヤウォーマーが外された時、出てきたのはレインタイヤ! 小椋、その時は「え?セルジオは違うんじゃん!」って。ピットから出ても、まわりがみんなレインタイヤで「ええええ……」ってびっくりしたんだって言っていました(笑)
もちろん、びっくりしたのは会場のファンもほとんどがそうだったでしょう。かく言う私も。

--あちゃー、やっちゃったー、って思ったぞ
「えへへへへ」
笑ってました、藍さん。

画像: 決勝レーススタートの1周目ヘアピン レインタイヤを履いた#3ガルシア、#16ロバーツが小椋の前へ

決勝レーススタートの1周目ヘアピン レインタイヤを履いた#3ガルシア、#16ロバーツが小椋の前へ

そしてレースがスタート。赤旗中断前には、3列目9番グリッドから、一気に2コーナー出口には2番手まで浮上するロケットスタートを見せた小椋も、ウェット路面にスリックタイヤの今回は慎重に。1コーナーへは12~3番手で進入し、様子見のオープニングラップへ。レインタイヤでのスタート勢も、1周目ということでそうペースが上がらず、濡れた路面にスリックタイヤの小椋が次々とポジションを落とす、というシーンは見られませんでした。

「1周目は様子見で、よーしこれなら大丈夫だって。それからはもう不安なくいきました。今のうちにリードしておかないと、また降ってきたらスリック勢は終わりだぞ、って思ったんです。あと、スリックがどれだけいるかわからなかったんで、ガルシアとかカネットがレイン勢最上位でゴールしたら、あんまりポイント開かないなぁ、って。とにかくラスト4周くらいまでは、いつ降るかいつ降るか、ずっと不安でした」

画像: 2番手すら見えないほどの独走状態だった3周目あたり この後、ゴンザレスが追い上げてくる

2番手すら見えないほどの独走状態だった3周目あたり この後、ゴンザレスが追い上げてくる

画像: レース中盤にはゴンザレスが小椋の背後に その追い上げはすさまじかった

レース中盤にはゴンザレスが小椋の背後に その追い上げはすさまじかった

結局、1周目を14位で終えた小椋は、2周目には7番手、3周目にはトップに立って、最大5秒近く2番手以降を引き離しました。5秒差なんて、もうブッチギリの領域。
しかしその頃、小椋と同じようにぐいぐいとポジションを上げてきたライダーがいました。それが、予選14番手スタートのゴンザレス。ゴンザレスも小椋と同じようにタイヤギャンブルに出て、オープニングラップはなんと20番手以下、下から数えて6番目。しかし、3周目に13番手まで上がると、4周目には一気に3番手までジャンプアップ! 次の周には2番手に上がって、4周をかけて背後に迫られ、パッシングを許してしまいました。

「トップに立ってからは、とにかく後続との差を広げようと走っていて、後続の音も聞こえないし、これは独走してるな、ってわかったんですけど、4~5周でエンジン音が聞こえてきて、サインボードでゴンザレスが3秒5、次は1秒9って、速いなぁ、って。これは抜かれる、抜かれてから考えよう、スキがあったらいったん前に出してから仕掛けようとも思ったんですが、なにもできないスピード差だし、なにもしませんでした。2位でいいなんて考えないけど、2位を受け入れなきゃかな、と思いましたね」

小椋は、ゴンザレスに先行されてからも大きく離されることはなく、2秒5差で2位フィニッシュして貴重な20ポイントを加算しました。チャンピオンシップライバルたちは、ガルシア14位=2ポイント、カネット16位=ノーポイント、ロペス9位=7ポイントに終わり、タイトル争いは、ランキング2位のガルシアに60ポイント差をつけて小椋がランキングトップの座をキープしました。

画像: 「調子はいいですよ、うまくバイクに乗れてると思う」と小椋 残り4戦、このまま!このまま!

「調子はいいですよ、うまくバイクに乗れてると思う」と小椋 残り4戦、このまま!このまま!

これでシーズンは残り4戦。次のオーストラリアGPで、もしガルシアに15ポイント差をつければ、なんと早々と小椋初のワールドタイトルが決定します。15ポイント差だと、小椋優勝でガルシア6位、で成立。小椋2位でガルシア11位でもOKです。ここのところ6レースで8ポイントしか獲っていないガルシアだけに、可能性は大きいですね。
けれどそうすると、チャンピオン争い対象者がロペスにかわり、小椋はオーストラリアでロペスに10ポイント差をつければOKということになります。
だれも正解が分からない難しいコンディションで、ギャンブルと呼ばれるタイヤ選択で20ポイントを獲得した小椋のレースは、ライバル勢がことごとく下位に沈んだこともあり、100点だったと思います。

画像: 小椋ファンでいっぱいのZ席にご挨拶 今大会用に用意された小椋藍グッズは、金曜午前中にはほぼ完売していました

小椋ファンでいっぱいのZ席にご挨拶 今大会用に用意された小椋藍グッズは、金曜午前中にはほぼ完売していました

「いや、それでも勝たなきゃいけないレースだったと思います。こんなにたくさんの人が応援に来てくれた母国グランプリですから」

勝って兜の緒を締めた!――小椋は残り4戦のチャンピオン街道を、着実に走り始めています。

写真・文責/中村浩史

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